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【第一章】 乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!

◆side story ジェーン

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 幼い頃から勉強が好きでした。
 学びは世界を広くしてくれます。

 ですが、そう考えている令嬢は少数派なようです。
 多くの令嬢たちは、頭に、遠い外国の言語や少数民族の文化についての知識を入れる要領があるなら、社交界で盛り上がる噂を入れた方が良いと考えています。

 それは、生存戦略として正しいことだと思います。
 令嬢が生きていくためには、社交界で上手く立ち回る必要があるからです。
 ですが、商人の娘である私には、令嬢たちの生き方は肌に合いませんでした。

 根っからの商人である父親も同じ考えで、勉強こそが成功への道だと豪語していました。
 外国語を覚えれば商談がスムーズになり、各国の文化を知ることで品物の価値を見極められる。世界情勢を学べば物の需給を予測することができ、広い知識を得ることで詐欺に騙されなくなる。

 そんな勤勉な父親のことを、私はとても尊敬していました。
 そして父親のように賢い人間になりたいと考えた私は、ハーマナス学園に入学したいと思うようになりました。

 女は勉強する必要がないと言われることの多い世の中ですが、私の家に限ってはそんなことはありませんでした。
 すでに姉はハーマナス学園に通っており、私も姉のように学園に通いたいと伝えると、両親はとても喜んでくれたのです。
 たくさん勉強して、姉とともに家を支えられる人間になってくれ、と力強く送り出してくれました。


 問題は、私が通うことになったハーマナス学園には、令嬢らしい令嬢がたくさんいるということでした。


 自分で言うのもなんですが、勉強では私の右に出る者はいませんでした。
 私にとって学ぶことは苦痛ではなく趣味のようなものだったため、飽きずにいくらでも勉強をすることが出来たのです。
 そして勉強をした分だけ、良い結果がついてきました。

 授業はもちろんですが、ハーマナス学園には大きな図書館があり、学びたいことをいくらでも学ぶことが出来ました。
 まさに天国だったのです…………人間関係を除いては。


「あなた、少し勉強が出来るからって調子に乗っているわね!?」

「いえ、そんなことはありません」

 私は少しではなく、だいぶ勉強が出来ます。

「私たちのことを馬鹿にしているのではなくて!?」

「馬鹿になどしていません」

 知識が足りないとは思いますが、それはあなたたちの生存戦略なので否定する気はありません。かなり知識は足りませんが。

「浅ましい商人の娘なのだから、もっと貴族を敬いなさいよ!」

「すみません」

 商人が浅ましいとは思いませんし、学園内では全員が平等のはずですし、そもそもあなたに敬えるところが見当たりません。

 このように、心の声を出さないようにはしていたのですが、態度に出てしまったのかもしれません。
 気付いた頃には、私は多くの令嬢たちから嫌われていました。



「どうしたの、ジェーン。また寂しくなっちゃったの?」

「……なっちゃいました」

「あらあら。それなら今日は、私の部屋でお喋りでもしましょう」

 勉強が出来ればそれでいいと思っていましたが、たまに一人ぼっちに耐えられなくなる日がありました。
 そんなときは、高等部に通っている姉の部屋に潜り込み、夜遅くまでお喋りをして過ごしました。

「実は高等部には、王子殿下が通っているのよ。初めてお顔を拝見したけれど、あの顔を思い出すだけでご飯三杯はイケるわ」

「さすがにそれは大袈裟ですよ」

「これが大袈裟じゃないのよ。輝く金髪に宝石のような蒼い目、甘く優しい声に柔らかな物腰。童話に出てくる王子様そのものなのよ」

「そんな人間が存在するんですね」

「あと、用務員の中にもカッコイイ人がいるの。毎日いるわけじゃないけれど、この時期はよく外で落ち葉を掃いているから発見しやすいと思うわ」

 勉強しか取り柄の無い私に、姉はたくさんの話をしてくれました。
 学園にいる素敵な男性の話、食堂で食べられるおすすめのメニュー、令嬢たちの間で流行っている最新のドレス事情、学園内で付き合っている生徒は誰と誰なのか。

 きっとこれが、他の令嬢たちが好むお喋りなのでしょう。

「お姉様がこんなに噂話好きだとは知りませんでした」

「いいえ、ジェーン。これは勉強の一環なのよ」

 姉は一人部屋にもかかわらず、声を落として言いました。

「勉強はもちろん大切だけれど、商人たるもの噂をキャッチするアンテナや、話術を磨くことも大事よ。都合の良いことに学園には練習相手になる人間がたくさんいるから、利用させてもらっているの。それにコネクションを作っておいて損は無いわ」

 私は、勉強しかしていなかった自分が恥ずかしくなりました。
 姉はこんなにも柔軟に物事を考え動いているのに、私は知識を頭に詰め込むことしかしていなかったのですから。

「……というのも、もちろんあるけれど。単純に友人とのお喋りは楽しいものよ。この私が損得勘定を無視したくなるほどにね」

「お姉様が、ですか?」

「そう。商人になるために生まれてきたような、この私がよ?」 

 姉のこの感情は……私にはまだ分かりません。
 いつか分かる日が来るのでしょうか。


「だからね、ジェーン。まずは、顔の良い男探しをしなさい」

「顔の良い男探し」

 姉の話を聞く前の私なら、あまりにも時間の無駄だと思っていた行為です。
 しかし、今は。

「分かりました、お姉様。私はこの学園にいる……いいえ、この町にいるすべての顔の良い男を見つけてみせます!」

「その意気よ、ジェーン!」

 顔の良い男の情報を取っ掛かりにして、私も姉のように、良い人間関係を築けるように頑張ります。
 そのうちに、価値観の変わるような出会いがあったら……私の人生は、もっと楽しいものになるかもしれませんね。



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