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【第二章】 たとえ悪役だとしても
第32話
しおりを挟む原作ゲームでは今日も全校集会が開かれ、そこでウェンディが『死よりの者』を退治したとして表彰されていた。
しかし今日、全校集会は開かれなかった。
昨夜犠牲となった生徒がいなかったからかもしれない。
『死よりの者』も灰と化し消えてしまったから、昨夜の出来事の物的証拠は無い。
あるのは昨夜あの場にいた私たち三人の証言だけだ。
ゆえに不確かな証言だけで全校集会を開くことはしなかったのだろう。
「ではまた明日。予習復習は大切ですが、夜更かしをせずに良い子は早めに寝てくださいね」
「先生、私たちは小学生ではありませんわ」
「それもそうね。では、お肌が荒れないように早寝してくださいね」
「それも少し違う気がしますわ」
担任の少しズレた発言でホームルームは終了した。
昨夜の魔物の話は、全校集会どころかクラスでも何も告げられなかった。
* * *
「さて、次の事件が起こるのはかなり先ね」
廊下を歩きながら、独り言を呟いた。
二つの『死花事件』が起こった後、ゲームは思い出したように乙女ゲームと化す。
いきなり攻略対象たちとのほのぼの日常生活が始まるのだ。
ゆえに次に『死よりの者』が現れる夏頃までは平和な学園生活が続くはずだ。
それならばこの隙に攻略対象たちを味方につけておきたい。
「ローズ様。今日はどこの部活見学に行かれますか?」
「私はどの部活でもお供いたします」
私の思考を遮るようにナッシュとジェーンが話しかけてきた。
どうやら二人ともこの後の私の行き先を把握したいらしい。
攻略対象たちを味方につけたい……が、常にこの二人が一緒にいるのでは少し難しいかもしれない。
「あなたたちは自分の入りたい部活を見学した方がいいわ」
「私が入りたいのはローズ様と同じ部活です!」
「お嬢様のお傍にいること以上に大切なことなどございません」
二人とも頑なだ。
……まあいいか。好かれるのは正直いい気分だから。
原作ゲームではナッシュは園芸部に入っていた。
確か園芸部で育てた花畑にウェンディを案内するイベントもあったはずだ。
それ以外にも、ことあるごとにウェンディに花を贈っていた。
ナッシュが園芸好きなら、一緒に部活見学に行ってナッシュが園芸部に入るきっかけを作ってあげるのも悪くない。
「今日は園芸部の見学へ行くわ。剣術部はまた明日にしようかしら」
「剣術部が本命ですか?」
「本命というか、少しでも剣術を学びたくて」
昨日のルドガーの模擬試合を見て、部活見学の期間だけでは剣術の上達が難しいのは理解した。
私は剣術をあまりにも舐めていたようだ。
まずルドガーのように剣を軽々と扱えなければお話にすらならない。剣術を学ぶ以前の問題だ。
そして今の私は木刀すら満足に振ることが出来ない。
部活見学の期間すべてを剣術部に費やしても、やっと素振りが出来るようになるレベルだろう。
「でも剣術部へ行くことが無意味なわけではないわ」
剣術部へ行けばルドガーに会うことが出来る。
もしルドガーと仲良くなることが出来れば、個人的に剣術を教えてもらえるかもしれない。
「焦りは禁物よ、私。目下必要なのは、剣術よりも攻略キャラの好感度よ。次に魔物と戦うのは夏なんだから」
「好感度? 何の話ですか、ローズ様?」
「声に出てた!? えっと……今度好きなお花を交換するのはどうかしらって言いたかったの。交換どう、って」
「わあ。とっても素敵なアイディアですね!」
慌てて駄洒落で誤魔化したが、ジェーンは目を輝かせて喜んでいる。
先程の発言を怪しんではいないようだ。よかった。
「お嬢様は昔からお花が好きでしたよね」
「そうだったかしら」
ナッシュが懐かしい思い出に浸っているような、柔らかな微笑みでそう言ったが、当然のことながら『私』はローズの昔のことは分からないので曖昧な返事をしておいた。
原作ゲームでローズルートをやっていれば知っていたのかもしれないが、残念ながら未プレイだ。
「ええ。お嬢様はよくシロツメクサの咲いている花畑でお昼寝をしていたではありませんか。緑と白の花畑に、お嬢様の真っ赤な髪が映えて美しかったことを覚えております」
それはさぞ可愛らしかっただろう…………真っ赤な髪?
はて、とあごに手を置いた。
ローズの髪は漆黒だ。
原作ゲームでも無表情に漆黒の髪が、ローズの美しさと不気味さを増長させていた。
ナッシュはローズと誰かを混同しているのだろうか。
しかし髪色についての確認をすることで『私』がローズではないと疑われてしまう恐れもある。
どうしたものか。
「髪が赤? ローズ様の髪はカラスの濡れ羽色ですよ?」
頭を悩ませていると、無邪気な様子でジェーンがナッシュに質問をした。
ナイスだ、ジェーン。
「お嬢様の髪は、昔は赤かったのです」
「そう言われても、今は赤色の名残も無いですが……染色魔法の類ですか?」
今日のジェーンは私の聞きたいことを的確に質問してくれてとってもいい子!
あとでお菓子をあげよう。
「いいえ。染色魔法では伸びてくる地毛の部分までは染めることが出来ません。小まめに染色魔法を掛け続ければ地毛の色に見せかけることも出来ますが、お嬢様はそのようなことは行っていません。私にも原理は分かりませんが、もっと別の要因でしょう」
そう言ってナッシュがいきなり私の目の前で片膝をついた。
「そしてお嬢様は真っ赤な髪が薔薇のように美しかったことから、『ローズ』という名前になったのだと伺っております。髪が何色であろうともお嬢様はお美しいですが」
ナッシュは戸惑う私の手をとり、手の甲にキスをする。
さすがは乙女ゲームのキャラというべき振る舞いだが、照れるからさらっとそういうことはしないでほしい。
「私は、お嬢様の髪が黒くなった瞬間から、お嬢様に忠誠を誓っております。私の命はお嬢様のためにあります」
「…………そう」
この言い方からするに、ローズの髪は何かの瞬間に突然黒くなったのだろう。
ナッシュも染色魔法ではないと言っているし、原作ゲームでもローズが髪を染めている描写もウィッグをかぶっている描写も無かった。
怖い目にあった人の髪が真っ白になってしまう類のものだろうか。
ナッシュにも髪が黒くなった原理は分からないらしいが、黒くなった瞬間から忠誠を誓っているということは、そう思わせる大きな出来事があったのは間違いないだろう。
そしてその出来事にナッシュは立ち会っていた可能性が高い。
もしかするとナッシュのトラウマはその出来事に起因しているのかもしれない。
そうなるとその出来事について詳しく聞きたいところだが、当のローズからそれを聞くのは怪しまれてしまう……というか、早く手を離してほしい。
しれっとナッシュは私の手を握り続けている。
『私』はこんな扱い慣れていないから、羞恥で手汗がどんどん分泌されてしまう。
「もっ、もういいから! とっとと園芸部に行くわよ!」
私は顔を真っ赤にしながら手を離し、二人を置いて歩きだした。
当然、二人は早足でついてくる。
「ちょっとあなた、ローズ様になんてことをするのですか! やっぱりあなたは付き人の皮を被った害虫ですね!」
「私は己の忠誠心を示したのです。誰にも慕われていないあなたが分からないのも無理はありませんが」
「害虫に慕われるなんてローズ様が可哀想です」
「可哀想なのはあなたの頭…………いえ、それよりも」
そう言ってナッシュは自身の手を眺めた。
「…………お嬢様が私ごときに、手汗?」
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