23 / 102
【第二章】 たとえ悪役だとしても
第21話
しおりを挟むドアをノックする音が響いた。
「お嬢様。ナッシュでございます」
「入って」
ナッシュが丁寧な動作で部屋に入ってくる。
「鍵を閉めて」
「かしこまりました」
部屋の中には私とナッシュのみ。
ジェーンには聞かせたくない話のため、修練場を出た後は解散にしてもらった。
しかし一方でナッシュにはとある任務を任せてあり、ナッシュはその報告のために私の部屋へやって来たのだ。
「早速だけど報告をして」
ナッシュは自身の胸に手を当て、深く礼をしてから話し始めた。
「頼まれた通りにウェンディ嬢の部屋番号を調べてまいりました。この部屋の一階下の211号室がウェンディ嬢の部屋のようです。頂いた資金の半分の金額で管理人が口を割りました」
女子寮の管理人はどれだけ金に弱いのだろう。
生徒の情報を簡単に渡していることがバレたら即刻クビになるだろうに。
「そしてお嬢様の仰っていた『透明マント』なるものは、目ぼしい書籍を確認しましたが存在を確認できませんでした。魔法具に詳しそうな先生方にもそれとなく尋ねましたが、知っている者すらいませんでした。もし存在しているとしても、申し訳ありませんが、今日中に手に入れることは不可能です」
なるほど。
この世界に透明マントは無いのか。
まあいい。これに関しては無いとは思いつつ、試しに聞いてみただけだから。
「そして鍵開けの魔法ですが、魔術痕が残るためおすすめは出来ません。それよりは実際の鍵を手に入れた方が良いと思われます」
「マスターキーはあるの?」
「存在はします。ですがマスターキーは特殊な金庫にしまってあるらしく、開けるには管理人だけが知っている解錠用の魔法が必要なようです。この寮もその辺はきちんとしているようです。悪者が簡単にお嬢様の部屋の鍵を手に入れることが出来ないという点で安心しました」
「今回は私が悪者だから、それだと困るのよね」
「悪者ですか」
「ええ。今日の私は極悪人よ」
これから私は、ウェンディの部屋の机の引き出しにしまってある図書館の鍵を手に入れる。
図書館の鍵を紛失させることで、図書館での恋愛イベントを強制的に起こさせないようにするのだ。
そしてその代わりにウェンディに、『死よりの者』が生徒を襲う前に現場に行ってもらう。
別にウェンディに処罰を受けさせたいわけではないから、『死よりの者』を退治した後で、図書館の鍵はそれとなく返すつもりだ。
無事に『死よりの者』の退治が成功したら、ウェンディへのお礼に、高級茶葉とお菓子を贈ろう。
ローズが金持ちの公爵令嬢なのは、こういう面ではとても便利だ。
「だけど、透明マントも無くて、ウェンディさんの部屋の鍵も無くて、鍵開けの魔法も使えないとなると……本人から奪うしかないわね」
しかし奪うと言っても私は盗賊ではない。簡単には奪えないだろう。
盗賊団のリーダーである攻略対象のミゲルなら、鍵を奪うことなど朝飯前だろうが、まだミゲルとは出会ってすらいない。
この学園には結界が張られているらしく、学園関係者以外は正規の手続きを踏まなければ、学園に侵入することが不可能なのだそうだ。
寮の管理人が割と簡単に生徒の部屋番号を教えてしまうのは、学園の結界ゆえの慢心なのかもしれない。
「お嬢様。つかぬことをお伺いしますが、もしかして……いえ、もしかしなくとも、お嬢様はウェンディ嬢の部屋に侵入しようとしていらっしゃいますよね?」
さすがにバレるか。
そしてそう思っていたのに、きちんと情報を集めてくるナッシュもどうかと思う。
「悪いことをしようとしているわけじゃないわよ。借りるだけだし、借りた物は後でちゃんと返すつもりだし」
「他人の部屋に侵入するのが悪いことではないと? 他人の物を勝手に持ち出すのが悪いことではないと?」
……悪いことですね。
弁明の余地もなく悪いことです、はい。
「これには話すと長いわけが…………ううん。悪いことだったとしても、必要なことなの」
本当に長い上に信じがたい理由なため、私は言いわけを放棄した。
「ウェンディ嬢の部屋の何が欲しいのかは分かりかねますが、必要なものならウェンディ嬢に頼んで貸してもらえばいいのでは?」
貸してもらえるわけがない。
私に図書館の鍵を渡すということは、エドアルド王子の厚意を踏みにじる行為になるからだ。
ウェンディが了承するとはとても思えない。
「……それは、出来ないの」
「では、お嬢様はどうしても盗みを働かれると?」
そう問い詰められてしまうと何と答えればいいのか分からない。
はい、と言えばさすがにナッシュが止めるのは目に見えている。
だからと言ってここで嘘を言ってもナッシュは信じないだろう。
無言でいる私を見兼ねて、先に口を開いたのはナッシュだった。
「お嬢様の欲しいものは、どうしても必要なもの、なのですね?」
「……ええ。人の命がかかっているの」
大きな溜息を吐いた後、ナッシュは決意したように言葉を紡いだ。
「お嬢様を犯罪者にするわけにはまいりません。全て私が行ないます」
「あなたが!?」
予想外の展開だ。
止められるとばかり思っていたのに。
だけどナッシュが手伝ってくれるなら、私がウェンディの部屋に侵入している間、ウェンディの足止めをナッシュに頼むことが出来る。
「それなら、計画の一部をやってもらおうかしら」
「いいえ。危険なことは全て私が行います」
「二人でやれば危険度が極端に下がるの。私の言う通りにしてくれないなら、全部私一人でやるわよ」
「……仰せの通りに」
ナッシュはまだ何かを言いたそうではあったものの、了承の意を示した。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました
冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。
家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。
過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。
関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。
記憶と共に隠された真実とは———
※小説家になろうでも投稿しています。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
悪役令嬢の生産ライフ
星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。
女神『はい、あなた、転生ね』
雪『へっ?』
これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。
雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』
無事に完結しました!
続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。
よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m
小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。
ここは小説の世界だ。
乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。
とはいえ私は所謂モブ。
この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。
そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
【完結済】悪役になりきれなかったので、そろそろ引退したいと思います。
木嶋うめ香
恋愛
私、突然思い出しました。
前世は日本という国に住む高校生だったのです。
現在の私、乙女ゲームの世界に転生し、お先真っ暗な人生しかないなんて。
いっそ、悪役として散ってみましょうか?
悲劇のヒロイン気分な主人公を目指して書いております。
以前他サイトに掲載していたものに加筆しました。
サクッと読んでいただける内容です。
マリア→マリアーナに変更しました。
【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~
イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」
どごおおおぉっ!!
5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略)
ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。
…だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。
それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。
泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ…
旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは?
更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!?
ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか?
困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語!
※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください…
※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください…
※小説家になろう様でも掲載しております
※イラストは湶リク様に描いていただきました
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる