上 下
19 / 102
【第一章】 乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!

第19話

しおりを挟む

 剣術部は学園の修練場で部活動見学を行なっていた。
 見学に来ているのは見事に男子生徒ばかりだ。
 女子生徒もいるにはいるが、剣術を学びに来たと言うよりは剣術部にいるお目当ての男子生徒を見に来ているようだった。

「ローズ様、私たち場違いではありませんか?」

「そう思うなら帰っても構いませんよ。お嬢様は私と一緒に部活動見学を致しますので」

「誰が帰りたいと言ったのですか。付き人のくせに耳が悪いのではありませんか?」

 また始まった。
 犬猿の仲というかなんというか。

「平気よ、ジェーン。少なくとも木刀を抱きしめているあなたは、場違いには見えないわ」

「そういえば私、木刀を持ったままでしたね」

「自分が木刀を持っていることにも気付けないなんて。だんだん可哀想な人に見えてきました」

「あなたの方がずっと可哀想な人だと思いますけど」

 木刀を抱きしめるジェーンにまたナッシュが嫌味を言っていた。
 もちろんジェーンも負けていない。

 それにしても短い停戦だった。
 数時間でまた戦いが始まるなんて。
 ……まあいいや。この隙にルドガーに接触しよう。

「こんにちは」

 近づいて話しかけると、ルドガーはこちらにチラリと目を向け、そしてまた視線を剣術部の稽古に戻した。

 ウェンディルートでプレイしたときは、ルドガーは一番攻略の簡単なキャラクターだった。
 会うたびに勝手に好感度が上がるため、嫌われることの方が難しいほどだった。
 ルドガーとウェンディは幼馴染で、ルドガーが元々ウェンディに対して良い感情を持っていたからだろう。

 しかしルドガーは、ウェンディ以外の女子生徒に対しては興味が薄いようだった。
 いつも仲のいい男友だちと一緒にいて、女子生徒と話しているところは見たことがない。

「私はローズ。以後お見知りおきを」

「あんたも男を漁りに来たのか」

 ……はあ?
 第一声がそれ?

 いくら今が好感度の低い状態だからって、いきなりその言い草は人としてどうなの。

「俺は真面目に剣術部を見学している。邪な目的で邪魔をするな」

「私だって真面目に部活見学に来たのよ。あなた、自意識過剰なんじゃない?」

 正直なところ剣術部に入るつもりはないから、真面目かと聞かれると怪しくもあるが。
 けれど剣術を学びたいという気持ちは本物だ。
 決して男漁りのために来たわけではない。
 私は、剣術部の仮入部期間に剣術を学べるだけ学んで、『死よりの者』との戦いに備えたいのだ。
 まさか仮入部期間だけで剣術が身に付くとは思っていないが、経験ゼロよりはマシになるはずだから。

「その、剣を振るうどころか剣を持つことも出来なさそうな細腕でか?」

 ルドガーが私の腕を凝視した。
 そんなによく見なくても、肉体労働の経験すらないお嬢様の細腕なことは一目瞭然だろう。
 しかし、だからと言って、剣術に興味を持ってはいけないなんてことはないはずだ。

「誰だってはじめは初心者よ。それを馬鹿にして初心者を委縮させるのは、褒められた行為ではないわ!」

 私が憤慨すると、ルドガーは少し考えてから、気まずそうに口を開いた。

「……あんたの言う通りだな。誰だって初心者からのスタートだ。俺、あんたに、さっき別の女子生徒に部活見学の邪魔をされた八つ当たりをしちまったみたいだ。悪かった」

 こう素直に謝られてしまっては、受け入れるしかない。

「別にいいわ。私も強く言い過ぎたもの。ごめんなさい」

 そのとき、剣術部の部員が新入生に向かって声をかけた。

「これから模擬試合をするが、俺と手合わせしてみたい新入生はいるかぁー?」

 これにルドガーがスッと手を挙げた。

「嫌な気分にさせたお詫びに、いいもの見せてやるよ!」



 ゲームでもルドガーの模擬試合シーンは印象的だった。
 新入生のはずのルドガーが、先輩である剣術部の部員に勝ってしまうのだ。
 負けた部員は役職の無い平の部員だったが、それでも新入生が先輩を負かしたことは剣術部に大きな波紋を起こした。

「実際に見ると迫力があるわね」

 目の前のルドガーは、力強い剣捌きで剣術部部員を翻弄している。
 とはいえ相手は腐っても剣術部。手にした木刀を落とすことなく応戦している。
 剣術については詳しいことは分からないが、ルドガーが押しているようだった。
 部員はひたすら防戦をしているように見える。
 けれど防戦から隙をついて反撃する場合もあるだろうから、押しているからと言って絶対に勝つとは限らない。
 原作ゲームの通りなら、押していようが何だろうがルドガーが勝つのだが。

 そのとき、修練場に人の来る気配がした。
 振り返ると、ウェンディが修練場にやって来ていた。

 ゲームでは、修練場にやって来たウェンディが模擬戦を行っているルドガーを見ているシーンのスチルイラストが表示されていた。
 きっと今のこの状態がそのシーンだ。
 ……ということは、このウェンディはルドガー狙いだろうか?

 ウェンディを見ながらそんなことを考えていると、ワッと歓声が上がった。

「どうだ、見たか! ……って、見てねえのかよ!?」

 振り返ると、ルドガーがムッとした顔で私を睨んでいた。
 ここは見学に来ていたウェンディとルドガーの目が合うドキドキシーンのはずだったような気がするが……まあ誰と目が合ったかなんて小さな違いか。

「見てたわよ。バッチリ見てたわ」

「嘘つけ!」

 不機嫌そうなルドガーを見て思わず笑ってしまった。

「なっ!? 何がおかしいんだよ!?」

 模擬試合を終えたルドガーが私の元へとやってくる。
 ルドガーの額から流れた汗が首筋を伝って光っている。

「別に。年相応で可愛いなと思っただけよ」

「か、かわっ!? 馬鹿にしてんのか!?」

 きっとルドガーはこれまで可愛いなんて褒められ方はしてこなかったのだろう。
 可愛いとは対照的な鋭い目で、運動神経も良いワイルド系の男を褒める際、普通なら可愛いとは言わないものだ。
 しかし本物のローズはルドガーと同級生だが、今ローズの中に入っている『私』はルドガーよりもかなり年上だ。
 かっこいいところを見てもらえなくて拗ねる男子高生は、とても可愛らしい。

「本心よ。ムキになるところも可愛いわ」

「やっぱり馬鹿にしてんだろ!?」

「褒めてるのよ。私、年下属性は無かったはずなのに」

「はあ!? 年下!? お前は同級生だろうが!」

「えっ。私のことを知ってるの!?」

 驚いて質問すると、ルドガーも私の言葉に驚いていた。

「同じクラスのくせに何言ってんだ!?」

 ルドガーは他人に興味の無いタイプかと思っていたが、接触しないだけで、意外と他人を見ているらしい。
 まだ直接話をしたことがないのに、私の顔を覚えているなんて。
 クラスで行った自己紹介のときに覚えたのだろうか。

「やっぱり美人は記憶に残りやすいのかしら」

「自分で言うなよ!」

「でも覚えてたじゃない」

「お前だけじゃなくてクラス全員の名前を覚えて……は、いねえけど」

「あら素直」

 そのとき、私とルドガーの前にウェンディが現れた。
 その後ろには聖女を慕う生徒たちが控えている。

「ウェンディ!? 来てたのかよ。声掛けろよな」

「うふふ。うっとりしてて、声を掛けるタイミングを逃しちゃったの」

「俺の試合、見てくれたのか!」

「ええ。すごかったわ。ルドガー、かっこよかった!」

「お、おう。ありがとな」

 ルドガーは照れくさそうに下を向きながら頭をかいていた。

「やっぱり可愛いわね」

 ぼそっと呟くと、ルドガーが下を向きながら鋭い目だけを向けて私のことを睨んでいた。

「素敵。私が知らないうちにルドガーがこんなにも頼もしくなっていたなんて!」

 ウェンディがうっとりとした声を出した。

「そりゃあ十年近く経ってるんだから、変わりもするだろ。むしろ教室では、よく俺だと分かったな」

「幼馴染だもの。一目見た瞬間に分かったわ。あなたもでしょう?」

「それは…………俺は、昔からお前のことが気になってたから」

「え? 何か言った?」

「何でもねえよ!」

 ウェンディとルドガーは、聞いているこちらが照れてしまうような甘酸っぱい会話をしている。
 ウェンディのこのわざとらしいほどの、ルドガーの「お前のことが気になってた」のセリフだけを聞き逃す会話は、ゲームで聞いた憶えがある。

「うふふ。さっきの試合を見て、いつか私の騎士になってほしいな、なんて思っちゃったわ」

「……なってほしいなら、いくらでもなってやるよ」

「え? 何か言った?」

「何でもねえよ!」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした代わりに攻略対象の婚約者だったことを思い出しました

冬野月子
恋愛
ある日目覚めると記憶をなくしていた伯爵令嬢のアレクシア。 家族の事も思い出せず、けれどアレクシアではない別の人物らしき記憶がうっすらと残っている。 過保護な弟と仲が悪かったはずの婚約者に大事にされながら、やがて戻った学園である少女と出会い、ここが前世で遊んでいた「乙女ゲーム」の世界だと思い出し、自分は攻略対象の婚約者でありながらゲームにはほとんど出てこないモブだと知る。 関係のないはずのゲームとの関わり、そして自身への疑問。 記憶と共に隠された真実とは——— ※小説家になろうでも投稿しています。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) イラストブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結済】悪役になりきれなかったので、そろそろ引退したいと思います。

木嶋うめ香
恋愛
私、突然思い出しました。 前世は日本という国に住む高校生だったのです。 現在の私、乙女ゲームの世界に転生し、お先真っ暗な人生しかないなんて。 いっそ、悪役として散ってみましょうか? 悲劇のヒロイン気分な主人公を目指して書いております。 以前他サイトに掲載していたものに加筆しました。 サクッと読んでいただける内容です。 マリア→マリアーナに変更しました。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました

toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。 一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。 主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。 完結済。ハッピーエンドです。 8/2からは閑話を書けたときに追加します。 ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ 応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。 12/9の9時の投稿で一応完結と致します。 更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。 ありがとうございました!

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
第一王子と妹が並んでいる姿を見て前世を思い出したリリーナ。 ここは小説の世界だ。 乙女ゲームの悪役令嬢が主役で、悪役にならず幸せを掴む、そんな内容の話で私はその主人公の姉。しかもゲーム内で妹が悪役令嬢になってしまう原因の1つが姉である私だったはず。 とはいえ私は所謂モブ。 この世界のルールから逸脱しないように無難に生きていこうと決意するも、なぜか第一王子に執着されている。 そういえば、元々姉の婚約者を奪っていたとか設定されていたような…?

処理中です...