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【第一章】 乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!
第12話
しおりを挟む「こんなときに授業なんて、と思うかもしれませんが、あなたたちが授業を受けている間に寮内を捜索する手筈になっているので我慢してくださいね。それに、こういうときは何かをして気を紛らわせていた方が精神衛生上もいいですから」
教師が笑顔を浮かべながらそう言った。
しかし笑顔も固ければ声も震えている。
昨日の今日だから彼女も事件の詳細までは知らないだろうが、寮内で起こった事件だ。被害者の亡くなり方については耳にしているのだろう。
きっと彼女も昨夜の奇怪な事件に恐怖を感じているのだ。
「今日は予定を変更して、『聖力』についてお話します」
教師はバレバレの作り笑顔を浮かべたまま授業を始めた。
「聖力は、奇跡の力とも呼ばれています。魔力が誰にでも備わっているものであるのに対して、聖力を持っている人間は数百万人に一人と言われています。そのことも聖力が奇跡の力と呼ばれる所以なのでしょう」
生徒たちはただ黙って授業を聞いている、ように見える。
しかし誰もが昨夜の事件のことを考えているのだろう。うわの空で教師の話を右から左に流している生徒が多そうだ。
「しかし聖力が奇跡と呼ばれる一番の理由は、聖力に不可能が無いからです。どんな刃物も通らない屈強な魔獣も、どんな魔法も効かない未知の生物も、聖力の前では無力です。どんな力にも勝つ力が、聖力です」
教師もろくに話を聞いていない生徒が多いことには気付いているだろうが、あえて注意することはしなかった。
「最強の力だからこそ、国は聖力を持つ者を丁重に扱います。もし聖力を持つ者がレジスタンスに利用されてしまった場合、国が揺るぎかねないからです。それほどの可能性を持つ力が聖力なのです」
原作ゲームでは、聖力を持つウェンディが町で連れ去られそうになるイベントがあった。
確かウェンディが休日に町へ出かけて、向かった先で『死よりの者』を倒した直後。
聖力の強さは全国民に周知されているようだった。
「さらに聖力を使えばどんな大病人も回復すると言われています。死者を蘇らせることさえ可能という噂まであるのです。これはあくまで噂の範疇を出ませんがね」
教師はひたすら授業を進めている。
もしかすると授業を聞いていない生徒たちをあえて注意していないのではなく、彼女自身が生徒一人一人の様子にまで気を配る余裕が無いだけかもしれない。
「とにかく。昨夜の事件が誰の仕業だったとしても、聖力を持つ者がいるなら心配は無いということです! では今日は、みなさんが聖力を持っているかどうかのテストをしてみましょう!」
得心がいった。
教師はウェンディが聖力を持っていることを知っているのだろう。
ウェンディが聖力を持っていることを示すことで、生徒たちを安心させようとしているのだ。
教師は教卓に大きな水晶玉を乗せると、一番前の席に座っている生徒の名前を呼んだ。
虚空を見つめて話を聞き流していたらしい生徒が、声を裏返らせながら返事をする。
「さあ、前に出て。この水晶玉に向かってこれから述べる呪文を唱えてみて。聖力の持ち主なら水晶玉が光を帯びるはずだから」
生徒が教えられた呪文を唱えたが、水晶玉に変化は無かった。
次の生徒のときも水晶玉には何の反応も無い。
もちろん私のときも、水晶玉は少しの反応も示さなかった。
「次、ウェンディさん。前に出て」
ウェンディが水晶玉に向かって呪文を唱えると、水晶玉がぱあっと光を帯びた。
その瞬間、教室内が歓声に包まれた。
ゲームではウェンディの可愛らしいスチルイラストが表示される印象的なシーンだ。
「まあ! このクラスに聖力の持ち主がいるなんて! ウェンディさんがいれば怖い事件が起こっても安心ね!」
教師が拍手をしながら白々しいことを言った。
ウェンディが聖力を持っていると分かっていたからこそ、このテストを行なったくせに。
とはいえ生徒たちを安心させようとした教師は職務を全うしているだけなので、責められるところは無い。
むしろ生徒たちの不安を取り除こうとした優しい教師なのだろう。
例に漏れず私もこの授業のおかげで朝のパニックが消えた気がする。
他の生徒とは違い、ウェンディが聖女だったからではなく、教師のあからさまな行動で冷静になっただけではあるが。
一方で先程までうわの空だった生徒たちは、一筋の希望を見つけたと言いたげな顔でウェンディを見つめていた。
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