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【第一章】 乙女ホラーゲームの悪役なんて願ってない!

第8話

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「うわあ! ローズ様が私と同じ寮で暮らしているなんて信じられませんでしたが、これなら納得です!」

 私の部屋に来たジェーンは、まず部屋の大きさを見て驚きの声を上げていた。
 同じ寮とはいえ用意されている部屋には差がある。その差はもちろん上納金の差だ。

「すごいです! お部屋の中にトイレもバスタブもあります! これなら部屋から出ないでも暮らせますよ!?」

 だからこそジェーンを私の部屋に呼んだのだ。

 原作ゲームをプレイしているから、多くの生徒が暮らす寮の部屋の構造については知っている。
 彼女たちの部屋にはトイレもバスタブも無かった。きっとジェーンの部屋もそういった作りだろう。
 それではジェーンが夜中に出歩いてしまう可能性が高まる。特にトイレは本人の意志とは関係なく行きたくなってしまうものだから危険だ。
 だからと言って部屋にバケツを置いてその中でしろとも言えない。
 たとえ万が一その場では了承したとしても、実際にはこっそり部屋を抜け出してトイレに向かうに違いない。

 だったらいっそ、トイレがついている私の部屋に招いた方が良い。

 ジェーンのトイレ問題に頭を悩ませていたなどという話を本人にしない程度の配慮は出来るので、ジェーンはこのことを知らないし、今後も知ることはないだろう。

「ハッ!? ご挨拶が遅くなり申し訳ございません! 今日はお泊まり会にお招きくださってありがとうございました」

 私が自分のトイレ問題を心配しているなどとは露ほども思っていないだろうジェーンが深々と頭を下げた。

「固くならないで。今日はお友だち同士のお泊まり会よ。もっと気楽にしてちょうだい」

「お友だち同士……!」

 ジェーンは私の言葉を噛み締めるように繰り返した。
 他人のことは言えないが、この子も友だちがいないタイプのようだ。

「夜食も頼んでおいたから、一緒に食べながらお泊まり会をしましょう」

「夜食を食べてもいいのですか!? お泊まり会って最高ですね!」

 部屋に来るまでは「ローズ様のお部屋は高貴過ぎて目が潰れてしまいます」と、またわけの分からないことを言っていたジェーンだったが、大きな部屋にテンションが上がりすぎてそのことを忘れてしまっているようだ。

 なにはともあれ。
 このままジェーンを部屋から出さずに朝を迎えればミッションコンプリートだ。


「あの、ローズ様。実は私、お泊まり会で憧れていたことがありまして」

 ジェーンがおずおずと切り出した。目を合わせて話の続きを促す。

「お泊まり会では、恋バナをするものらしいのです」

 恋バナ。
 恋の話のことだろう。
 そうは言われても、異世界転生初日に恋の話などあるわけがない。

 というか、まだ初日なのか。
 元の世界でほぼ会社と家との往復しかしていなかった私と比べて、なんて一日が濃いのだろう。

「私と恋バナ、してもらえますか?」

「もちろんいいわよ。ジェーンは誰か好きな人がいるの?」

 問われたジェーンは顔を真っ赤にした。なんとも初心で可愛らしい。

「好きと言っても私がその方々とどうこうなろうと言うのではなくて、一方的にかっこいいなと思っているだけです。こう、その方々が幸せになるのを応援したいと申しますか」

 なるほど。現代で言うアイドルとファンのような関係性ということか。
 ……ん? その方々って、複数形?

「好きな相手は一人ではないの?」

「気が多くて申し訳ございません」

「いえ、別に責めているわけではないわ」

 責めるはずがない。
 なぜなら私は、乙女ゲームをする際には攻略対象全員とのエンディングを見る派だから。
 もちろん『死花の二重奏』でも全員分のエンディングを見ている。
 予算の問題なのか、ローズルートでプレイしても彼らの別パターンのスチルイラストやボイスがあるわけではないという情報を入手していたため、ウェンディルートのみでしかプレイしていない。何より原作のローズは嫌いだし。

「好きな相手が何人もいるなんて、おかしいですかね?」

「そんなことはないわ。ただ気になっただけよ。まだ入学初日なのに何人も好きな人を見つけられるのか、ってね」

 私はまだナッシュ以外の攻略対象とは一言も話してすらいない。
 ジェーンはいつの間にそんなに好きな相手を見つけたのだろう、と素朴な疑問を持っただけだ。

「前にも少しお話ししましたが、私はこの学園の中等部に通っていましたので、目立つ方々のことはすでに知っているのです。それに昨年卒業してしまいましたが、高等部には姉が通っていたので、たまに潜り込ませてもらっていまして……ここだけの話ですが」

 なるほど。これは学園の警備体制に問題がありそうだ。セキュリティが緩々なのは女子寮だけではなかった。
 さすがにこの国の第二王子であるエドアルド王子の周辺警備は万全だと信じたいが。

 私の懸念をよそにジェーンは目をキラキラとさせていた。

「やっぱり一番目を引くのはエドアルド王子殿下ですよね!」

 ジェーンは両手を握りしめて祈るようなポーズをしている。

「輝く金髪に海のような青い目。白馬が似合いそうです」

 言いながらうっとりとしていたジェーンが、いきなり私の両手を握ってきた。

「どうしたの?」

「ローズ様。王子殿下の婚約者がローズ様だという噂を耳にしたのですが、本当ですか!?」

「え、ええ。そういうことになっているわね」

 まだ『私』自身は一度も会話を交わしてはいないけど。
 関係上は婚約者だ。

「キャーッ! お似合いすぎます。人形のように美しいローズ様がエドアルド王子殿下のお隣に並んだら、それだけで絵画になります!」

 ジェーンは両手で顔面を押さえながら見悶えているが、だらしなく緩んだ口元が隠しきれていない。
 表情豊かで見ていて飽きない子だ。

「確かに王子殿下は人目を引く容姿をしているわね。声も透き通っていて聞き取りやすいし」

 なにせ原作ゲームではボイスに人気声優を起用している。
 人気なだけあって、聞き取りやすく耳が心地良い。
 キャライラストという名の顔面だって極上だ。
 『私』が好きでもないホラーゲームをパッケージ買いする程に整っている。

「この学園に美術部はありますかね!? お二人の並んでいる絵を描いてくれるのなら私、言い値で買います!」

「ふふっ。絵じゃなくて、直接見ればいいじゃない」

「……! 並んでくださるのですか!?」

「まあ、機会があったら」

 私の曖昧な応えにジェーンは希望を見出したらしく、輝いていた目をさらに大きく見開いて輝かせた。

「私、全力でお二人を応援します! 今日から私は、エドアルド王子殿下×ローズ様の過激派になりますね!!」

「過激派って」

「他の相手なんて考えられません! もちろんローズ様のお気持ちが一番ですが、それ以外のことで二人の仲を引き裂くような行為は私が許しません! 二人を邪魔する悪い虫は私が排除してみせます!」

 戸惑う私をよそに、ジェーンはよく分からないやる気の炎を燃やしていた。



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