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7 本当に老婆なのか?

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【side ルーベン】

 まったくもって変な状況だ。
 弟の手下に暗殺されかけ、森で力尽きたら、老婆と添い寝をすることになった。
 こんな体験をしているのは、今この世で俺だけだろう。

 横で眠る老婆を見た。
 老婆からは、すーすーと規則正しい寝息が聞こえてくる。
 祖母が今も生きていたら、こんな感じだったのだろうか。

 丸まった背中は小さく、肌は透き通るように白く、銀の髪はツヤツヤサラサラで……あれ。
 昼間の老婆はもっとしわくちゃで、髪もパサパサだったような気がする。

 俺は上体を起こし、老婆の身体を乗り越えるようにして顔を見た。
 そして……叫び出しそうになる自身の口を慌てて噤んだ。

 そこにいたのは老婆ではなく、若い女だった。
 若い女が先程まで老婆の着ていた服を着て、身体を丸めて寝ていたのだ。

 一体これは、どういうことだ!?

 それに女の顔には見覚えが無いはずなのに、妙な懐かしさがある。

「俺が聞いた若い女の声は、気のせいじゃなかったのか」

 しかし何故この女は老婆に変装していたのだろう。
 若い女のままだと俺に襲われると思った?

 ……そんな馬鹿な。
 これだけの大怪我をしているのに、女を襲う元気があるわけがない。
 元気があったところで嫌がる女を襲うのは俺の趣味ではない……が、この女は俺の嗜好など知らないから関係ないか。

 とにかく、俺に襲われるから変装したというのはおかしな話だ。
 とすると、考えられるのは……この女は逃亡中の身か?

 それもどうだろう。
 逃亡中に森で倒れている俺を助けるだろうか。

 イマイチしっくりこない。

「…………うう……ん……」

 俺が見つめている前で、女は寝返りを打った。
 変装魔法が解けていることには気付いておらず、呑気に寝息を立てている。

「……城に帰ったら調べさせるか」

 気になることだらけだが、今の俺に出来ることは何も無いと判断し、再び布団に身体を潜り込ませた。
 しかし隣で添い寝をしているのが若い女だと知ったせいか、なかなか寝付くことが出来なかった。


   *   *   *


「若者よ、よく眠れたかい?」

 いつの間にか寝入っていた俺は、朝食の良い香りで目覚めた。
 見ると鍋をかき回す女は老婆の姿に戻っていた。

 いや、戻っていたというのは違うか。
 元々の姿は若い女の方なのだから。

「……あれ。どうして俺は、あっちが本当の姿だと知って……?」

「何か言ったかい?」

「いいえ、何でも」

 理由は分からないが、この女が自分の正体を隠そうとしていることは確かだ。
 それならば、昨夜見たことは言わない方が良いだろう。

「さあ、豆と木の実のスープが出来上がった。たんとお食べ」

 女は完成したばかりのスープを木でできたテーブルの上に置いた。
 俺と自分の二人分だ。

「あの……俺は病人なのでスープだけなのは分かるのですが、あなたもスープしか飲まないのですか?」

 女は一瞬顔を引きつらせてから、頬を揉み解して椅子に座った。

「年寄りになると胃が弱るんじゃよ」

 嘘だ。
 だって本当は、若い女だから。

「それにしたって、食べないと長生きできませんよ」

 他に食べ物は無いのかと部屋の中を見渡したが、果物がいくつか置かれているだけだった。

「腹が減っておるのか? デザートに林檎もあるから安心しなされ」

「俺ではなく、あなたが……」

 たった数日食事の量を減らしたところで何ということはないが、それが毎日となると話は変わってくる。
 この量の食料ではとても足りているとは思えない。
 この女の身体が細く小さいのは、そのせいだろう。

「気にしなさんな。平民の食事はどこもこんなものじゃよ」

 そう……なのだろうか。
 王宮で生まれ育った俺には、女の言うことが本当なのか嘘なのか判別できない。

「城に帰ったら、必ずあなたにお礼をします」

「礼が欲しくてお主を助けたわけではない。変な気は回さぬことじゃ」

 毎日の食べ物にも困窮する女が、王宮からの礼を断る理由とは何だろうか。
 相変わらず老婆に変装しているし、この女は分からないことだらけだ。

「では何か困っていることはありませんか? 俺に出来ることなら何でもします」

「片腕片足を骨折した者に出来ることなど、早く回復することだけじゃよ。胸の傷も酷いんじゃから、安静にしておれ」

「ですが……」

 俺が食い下がると、女は思い出したようにある提案をした。

「そうじゃ。来月王宮で行なわれるパーティー、あれをわしのような平民でも入れるようにしてはくれないかい?」

 王宮に誰でも入れるように……は、現実的に考えて無理だろう。
 セキュリティ面で問題がありすぎる。
 しかし命の恩人の頼みだ。なるべく叶えたい。

「どうにか平民でもパーティーに出られるように取り計らいます」

「ありがたいのう。そうと決まれば、ほれ、もっとたくさん食べなされ。お主には早く回復してもらわねばならないからのう」

 女は、俺の前からスープ皿を取り、空になった皿の中に、鍋に残っていたスープを追加した。

「ありがとうございます」

「ひっひっひ。礼などいらぬ。お主が早く回復すると、わしにも利があるからのう」

 どうやら女は、王宮のパーティーに参加したいようだった。
 命の恩人なのだから、そんなことをしなくても王宮に招くのに。

 そうだ。城に帰ったら、部下たちを使ってまずこの女を城へ連れて来よう。
 そして腹いっぱいに王宮の食事をご馳走する。
 それが命の恩人に対する最低限の礼だ。



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