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6 傾国と呼ばれた私
しおりを挟む死んだはずの私は、またしても時間を遡っていた。
自分でも驚くほど時間逆行に順応した私は、すぐに魔法の習得を始めた。
「聖力で魔物は倒せても、人間の攻撃は防げないわ」
そして今回の人生では、絶対にルーベンに私が殺される話はしないでおこう。
その話さえしなければ、ルーベンは狂わずにいられるから。
「ようこそ聖女様。お待ちしておりました。俺はこの国の王子、ルーベンです」
「私は聖女です。ですので、聖女の仕事を全うします」
「ええと、お名前は……」
「呼び方は『聖女』で構いません」
「は、はあ」
森からやってきた魔物を浄化した私は、またしても王城に招かれた。
しかし今回の私は、過去の私とは違う。
「さっそく国中に結界を張りに行きます。馬車を出してください」
「もうですか!?」
「早くて困ることはありませんから」
挨拶もそこそこに、私は結界を張りに向かった。
今回の人生では、誰に何を言われようと私の思うままに、ひたすらに聖女の仕事を全うすると決めたのだ。
「聖女様はものすごいお方だ」
「問題が起こったら聖女様に助けてもらおう」
「聖女様に任せておけば何も問題ない」
「祈っていれば聖女様が何とかしてくれる」
「国民はただ祈ることだけをすればいい」
私の活躍により、国民の聖女に対する評価はものすごく高かった。
そして王宮は、私が行きたいと言えば、どこへでも自由に行かせてくれた。
そのため国民は問題があると私を呼び、問題の全てを私は解決した。
「聖女様のおかげで町に魔物は出なくなりましたし、作物もよく育つようになりました。ですが……」
「何か?」
「やりすぎではありませんか」
ある日、ルーベンがこんなことを言い出した。
「私は私に出来ることを全力でこなしているだけです。そのことに問題がありますか?」
「……聖女様の光があまりにも強いため、国民が自発的に働かなくなりました」
ルーベンは言いづらそうに、そう述べた。
「働く時間を減らしても作物が育つのなら、いいのではありませんか?」
「それだけではありません。問題があるとすぐに聖女様を頼るようになったのです」
「つまり?」
「自分の力で解決しようとしなくなってしまったのです」
私は少し頑張り過ぎたのかもしれない。
国民が、“聖女に頼めば何でも解決する”と妄信するほどに。
「……では、私にどうしろと?」
「少し力を押さえていただきたいのです」
働きすぎるな、ということだろう。
しかし私が有能なところを見せないと、他国が攻めてくるかもしれないし、国が魔物に占領されてしまうかもしれない。
魔法も使える強い聖女である私には、他国も簡単には手を出せないと思っている。
聖力が強くどんな魔物も浄化する私のいるこの国は、手出しが出来ないと魔物は思っている。
私が働かなくなることで、この状況を崩すのは悪手に思えてしまう。
「あなたが諸外国からなんて呼ばれているか知っていますか?」
ルーベンの言葉に頷かない私に、彼は質問した。
「さあ」
「“傾国の美女”です」
傾国。
国を傾かせる。
「私のせいで国が傾いていると、そういうことですか」
「はい」
今のこの状況は、その通りなのかもしれない。
何事も聖女頼みで、自分の力では成し遂げようとしなくなった国民。
そんな国民だらけの国には、滅びの未来しか待っていない。
そしてその状況を作ったのは、何でも解決してしまう私。
「勘違いしないでいただきたいのは、俺はあなたのことを評価しています。あなたは素晴らしい方です」
「傾国なのに?」
「あなたは国のために動いているだけです。それがこうなるなんて、誰も思いませんよ」
ルーベンは悲しそうに笑った。
その表情は、心から私に同情しているように見えた。
今回の人生ではルーベンと深い仲にならないように、冷たく接していたはずなのに、こんな表情をするなんて。
まるで私のことを気にかけてくれているみたいだ。
「私はあなたに冷たく接していたはずですが。ずいぶんと優しい言葉をかけてくれるんですね。何か理由があるんですか」
問われたルーベンは、不思議そうに首を傾げた。
「うーん、どうしてでしょうね。何だかあなたが無理をしているように見えて……本当は温かい人なのに頑張って冷たいフリをしているような……根拠はどこにもないのですが……」
「……へえ」
ルーベンには記憶を引き継いでいる様子は無いが、それでも心の片隅に残っているものがあるのかもしれない。
魚の小骨のように、別の人生の欠片が、ルーベンの身体のどこかに刺さっている。
「俺では頼りないかもしれませんが、何でも仰ってください。気を張ってばかりでは疲れてしまいますから。疲れたときに、ともに仕事をサボるのも大歓迎です。ぜひ一緒に城を抜け出しましょう」
「それって、あなたがサボりたいだけなのでは」
「バレましたか」
ルーベンは悪戯のバレた子どものように、へらりと笑った。
何度人生を繰り返しても、私はルーベンの笑顔に弱かった。
「どうしてこんなになるまで放っておいたんですか!?」
「聖女様が助けてくれるからです」
末期症状と見られる状態で、それでも患者はそう言った。
「……助けられませんよ。こんなに病気が進行していては」
然るべき処置で進行を遅らせていたならあるいは助けられたかもしれないが、この状態ではもう無理だ。
「医者はどこにいるんですか」
「この国に医者はいませんよ」
「はい!?」
「どんな傷も病も聖女様が治して下さるので、この国の医者は全員廃業しました」
国に医者がいない。
私のせいで、全員廃業した。
もうこの国は破滅に向かっているとしか思えなかった。
様子を見に行った家の誰もが、病気を放置していたのだ。
そしてこの患者たちと同じ考えは、王城にも広がっていた。
私が国を巡って治療が可能な疫病患者を探し回り、しばらくしてから城に帰ると、城内は悲惨な有様だった。
城内でも疫病が蔓延していたのだ。
そしてそれはルーベンも例外ではなく。
何の治療も受けなかったルーベンは、病気がかなり進行していた。
「よかった。最期にあなたに会いたかったから……」
「どうして医者に……いいえ。もうこの国には、城にすら医者がいないんですね」
「愛しています、ジェイミー」
ルーベンは虚ろな目でそう囁いた。
「私の名前、いつの間に知ったんですか」
「ふふっ。仕事をサボって散歩をしているときに、使用人たちの会話を聞いたのです」
「仕事はサボらないで下さいと何度もお願いしたのに」
そう言って軽く怒ってみせたが、ルーベンの目に私の姿は映っていないようだった。
「……私も愛していました。ルーベン」
「おや。あなたも俺の名前を知っていたのですね」
「当然です。あなたはこの国の王子ですから」
「……願わくば……次があるなら……あなたに、自分のためだけの人生を……」
「ありがとう。さようなら、ルーベン」
ルーベンは私の腕の中で安らかに息を引き取った。
それからしばらくして、私も同じ疫病で生涯を終えた。
傾国。
それは私を表現するに相応しい表現だった。
一度目は、他国が私を連れ去るために王城を襲った。
二度目は、聖女の仕事を全うせず国が魔物に襲われた。
三度目は、国民を腑抜けにして疫病を蔓延させた。
そんな私に時間を遡らせるのは何故なのか。誰なのか。
どう考えても、この国は私がいない方が幸せなのに――――。
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