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【最終章】
第104話 作戦当日のクレア
しおりを挟む私はジャンをまいた後、別の道を使って広場に向かっていた。
「またあそこに戻らないと……念のため、今とは違う道を使って……」
全力疾走をしたせいで息が切れていたが、気にしている場合ではない。
「とんだタイムロスだ……時間は限られてるのに……」
私は自身の脚を叩いて自分に活を入れながら、広場への道を歩き続けた。
やっと辿り着いた広場では、イザベラお姉様がピーターの怪我を治していた。
どうやらシャーロットは広場に出てきてはいないようだ。
私は広場に背を向けて……広場から死角になる位置へ行くと、王城の外壁を登り始めた。
このために、外壁を登る際に使う『オノボリさん』をリュックに忍ばせてきたのだ。
シリウス様と確認しておいたシャーロットの部屋まで外壁を登った私は……シャーロットが広場での騒動を聞くために開けていた窓から部屋に侵入した。
そのため窓が開いていなかったら割ろうと思って持って来ていた果物ナイフは使わずに済んだ。
「はあ!? なんで窓から……というか、あんた誰よ!?」
突然の侵入者に、シャーロットは面食らっているようだった。
似顔絵では見たことがあったが、実物のシャーロットは似顔絵よりも美人だ。悔しいことに。
「私は……『冥界の住人の件を知る者』と言ったら、通じますかね?」
城の警備を呼ぼうとしたのだろう、部屋の扉に手をかけたシャーロットは、私の言葉を聞いて扉から手を離した。
そして扉を開ける代わりに部屋に鍵をかけた。
「“死を司る能力”の持ち主であるシリウス様の、未来の恋人でもあります」
「……あの男に何を頼まれて来たの?」
「別に何も頼まれてませんよ。私が勝手に来ただけです」
「広場にいる聖女とやらもあんたたちの仲間? 何がしたいわけ?」
「死者を生き返らせる“生を司る能力”を乱用して、地球に『魂の調整』を起こさせたあなたを、糾弾するつもりです」
「……ずいぶんと事情に詳しいのね。あの偏屈な男が仲間を作るとは思わなかったわ」
シャーロットは余裕の表情でソファに座ると、懐から取り出した杖をくるくると回し始めた。
「あんた、魔法が使えないの?」
「さあどうでしょう」
「誤魔化しても無駄よ。相手が杖を取り出したら、自分も杖を出すものよ。魔法使いならね」
「……魔法使いではなくても会話は出来ます」
シャーロットはくすっと笑うと、杖で私を指し示した。
「じゃあその会話とやらをしましょうよ。ほら、糾弾をどうぞ」
すぐにでも攻撃を放てる点で優位なシャーロットがこの場の主導権を握り、私に話を促してきた。
主導権を取られたことは残念だが、話が出来るならこの際どちらでもいい。
「あなたは“生を司る能力”を乱用しています。“生を司る能力”は、あなたの承認欲求を満たすためにあるわけではありません」
「そんなこと、もちろん知っているわ。“生を司る能力”は、地上と冥界の魂のバランスを調整するための能力よ。冥界の住人が仕事を遂行するために持たされた能力。私は能力をお母様から受け継いだの」
「そうです。そのための能力です。ですので、魂のバランス調整が必要にならない限り、あなたは何もするべきではなかったのです」
「私は頼まれたから生き返らせただけよ。泣きながら子どもを生き返らせてほしいと頼まれて、自分にそれが可能な力があったら、助けたいと思うのは当然じゃない?」
「立派な心掛けです。その人助けに、犠牲が出ないのであれば」
私はシャーロットをキッとにらんだ。
「あなたも『魂の調整』の件はご存知ですよね。あなたが死者の蘇生を繰り返すことで何が起こるか、知らないはずはありませんよね」
シャーロットの眉がピクリと動いたが、私は構わずに続けた。
「何もするべきではなかったのに、あなたは自分の承認欲求を満たすために、“生を司る能力”を乱用してしまった。結果として、あなたは死者を蘇生する代わりに罪の無い別の人間を殺しました」
「ちょっと死ぬ順番が入れ替わっただけじゃない」
「ちょっと順番が入れ替わっただけ、で殺されてはたまりませんよ」
「私にとっては、どっちもよく知らない他人だもの。どっちが先でも構わないわ」
「それがあなたの答えなんですね、シャーロット」
「呼び捨てにしないで。私を誰だと思っているの」
「あなたは、死者を蘇生する力を使うと代わりの者が死ぬことを把握していながら、力を使い聖女と崇められて喜んでいる、シャーロット様です」
「敬称を付けた点だけは褒めてあげるわ。それ以外は腹立たしいことこの上ないけれど」
「……あはは。あなたが根っからの善人じゃなくて良かったです」
私は心から感謝をした。
これなら良心は痛まない。
まあ、私の良心なんて、ほんの小さなものだけど。
「ふん。聖女だからって善人でいなくちゃいけないなんて法律はないわ」
「それはそうです。あなたと違って、本物の聖女であるイザベラお姉様は善人ですが」
「私に喧嘩を売ってるの?」
「いいえ。ただ、私も善人ではないというだけです」
私は、シリウス様のために聖女を引きずり降ろす作戦に参加した。
隣で見張っていないと、シリウス様は自分を犠牲にするから。
だから……本気で問題意識を持って取り組んでいるわけではない。
「正直なところ、私の個人的な意見を言うなら、誰が死んで誰が生きようとどうでもいいんです。どちらも赤の他人なら」
「なによ。あんただって私と同じじゃない」
「そうですね。私もあなたと同じ悪人側なのかもしれません」
「でも。それなら、演説している聖女とあなたは別の勢力なわけ?」
「同じ目的を持った仲間ですよ。あなたを聖女の座から引きずり降ろすという同じ目的を持った、ね」
違うのは、綺麗な心を持っているかどうか。
「ただ目的は同じですが、考えが全く同じわけではありません。イザベラお姉様やシリウス様は、蘇生した人の代わりに罪無き人の命が奪われる事態を防ぎたい。そんな美しい志を持っています」
「ふーん。じゃあ、あなたは?」
「私はそれについてはどうでもいいんです……嫌われたくないので、シリウス様にはそんなこと言いませんが」
私の目的は一つだけ。
「私はただ、シリウス様が傷付く姿を見たくないだけです」
優しいあの人が二度と傷つくことがないように。
私はそのために行動している。
「あなた……好きな男を守るためだけに、こんな大それた作戦に参加したの?」
「その通りです」
「あなたって、頭も倫理観も狂っているのね」
「そうかもしれませんね」
私はシリウス様とは違って善性の生き物ではない。
人間らしい汚い心の持ち主だ。
「でも大丈夫です。潔癖なくらい美しい倫理観で生きているシリウス様が隣にいますから。私と足して二で割ればちょうどいいですよ、きっと」
「……で? 好きな男が傷付くから“生を司る能力”を使うなって、私を説得するつもり?」
「説得をしてもあなたはやめないでしょうから、これを民衆に聞かせようと思います!」
私は隠し持っていた『まねっこちゃん』を取り出した。
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