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【第4章】

第92話 それでも、やると決めたのだから

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 私とイザベラお姉様がわちゃわちゃとしている中、アンドリューさんが手を上げた。

「俺は、民衆からイザベラを守ればいいんですよね?」

「はい。民衆が暴徒と化す可能性がありますので」

「イザベラを守るのは、シリウスさんと俺の二人だけですか?」

「いいや。余の城にいる使用人たちも民衆に紛れて待機する予定だ。彼らも聖女の警護を行なう」

 そういえば聞き忘れていたが、使用人を人間に変身させる魔法道具は完成したのだろうか。
 ……きっと完成している。
 あのときのシリウス様は若干ムキになっていたから、何としてでも完成させているはずだ。

「イザベラを警護する人数が多いのはありがたいですね」

「あと、聖女にはこれをつけてもらう」

「これは?」

「防御魔法の掛かった腕輪だ」

 シリウス様がイザベラお姉様に渡した腕輪には、とても見覚えがある。
 町で人さらいを吹っ飛ばした、あの危険な腕輪だ。

「イザベラお姉様。その腕輪は『攻撃は最大の防御』の考えで作られた代物ですので、くれぐれも扱いにはご注意ください」

「すごい腕輪なのね」

「はい。その腕輪は人さらい二人を簡単に気絶させましたからね。アンドリューさんも、イザベラお姉様が腕輪を付けている間は、気軽に肩を叩いたりしては駄目ですよ」

「防御魔法の掛かった腕輪というか、それはもう危険物の域じゃないですか?」

 そう、危険物の域だ。
 でも作戦内容を思えば、これくらい強力なものの方がいいのかもしれない。
 ……今考えても、追いかけっこで使う代物ではないが。

「気を付ければ大丈夫です……絶対に、気を付けてくださいね?」

「何だか危険物を持たされる気分だわ」

「当日はそなたも腕輪をしてくるのだぞ」

 シリウス様が、他人事のように腕輪の説明をする私に言った。

 やっぱり私もか。
 確かに私も危険といえば危険かもしれない。
 聖女を名乗るイザベラお姉様ほどではないにしても、イザベラお姉様の仲間だからと暴徒に攻撃される恐れがある。

「それと、当日は全員に防水魔法を掛ける。雨のせいで行動に制限がかかることを防ぐためだ」

「でも基本的には、傘を差しておいた方がいいと思うわ。傘を差さずに水をはじいている軍団がいたら、悪目立ちするもの」

「イザベラお姉様だけは傘を差さなくてもいいかもしれませんね。雨の中で濡れずに立っていたら神秘的に見えますよ、きっと」

「一理ありますね。民衆はそういった演出に弱いですから」

 防水魔法を知っている魔法使いは何とも思わないだろうが、魔法と無縁の一般人の目には、雨に濡れない人物は神秘的に映る。
 もし私が防水魔法の説明をされずに、一人だけ雨に濡れない人物を目撃したら、すぐに騒ぐ自信がある。

「あの……広場は王城の近くですよね? 城の兵士たちがやって来たらどうするんですか?」

 今度はイザベラお姉様が遠慮がちに手を上げて質問した。

「止める」

 シリウス様の答えは単純明快だった。

「止めるって、そんなことが出来るんですか!?」

「シリウスさん。今さらですが、広場ではなくもっと別の場所で演説をした方がいいのではありませんか?」

 イザベラお姉様とアンドリューさんは困惑しているようだった。
 その様子を見て、そういえば二人に広場で演説をする理由を説明し忘れていたことに気が付いた。

「実は、騒ぎを聞きつけたシャーロットに城から出てきてほしいんです。城の近くで演説をしたら出てきてくれる可能性が高まると思いまして」

「あたし、シャーロット様と直接対決なんて無理よ!?」

 焦るイザベラお姉様を見ながら、シリウス様が首を振った。

「対決など望んでいない。聖女を見分ける原石を、シャーロットに触ってもらいたいだけだ」

「……触らないんじゃないかしら。シャーロット様が触っても光らないんでしょう?」

「そもそもシャーロット様は城から出てこないと思います」

「民衆に紛れ込ませた使用人たちが、イザベラこそ本物の聖女だと騒ぎ立てる予定だ。そうなれば、正当性を主張するためにシャーロットが出てくる可能性が高い」

 そう、シャーロットは出て来ざるを得ない。
 城の目の前で「イザベラお姉様こそ本物の聖女だ」と宣言しているのに、現聖女のシャーロットが城から出て来なかったら、偽物だから出て来られないのだと勘繰られてしまう。
 相手にする必要がないから、などとそれらしい理由を付けたとしても、民衆の疑惑は完全には取り払うことが出来ない。

「シャーロットが城から出てこない可能性もありますが、それはそれで成功です。民衆にシャーロットへの不信感を植え付けられれば、私たちの勝ちです。小さな不信感は、すぐに大きな疑惑へと変わるはずです」

「ということは……あたしは当日民衆に聖女だと認められなくても、『本物の聖女かもしれない』という疑念を持たせられればいいのね?」

「はい。一番の目標は、当日シャーロットを聖女の座から引きずり降ろすことですが、それが叶わなくても私たちの勝ち筋はあります。だからイザベラお姉様は気負い過ぎず、気楽に聖女を名乗っちゃってください」

 イザベラお姉様は私の発言で、気持ちが軽くなったのか、笑い始めた。

「気楽に聖女を名乗っちゃえ、だなんて。とんでもないことをするのに、とんだ心構えね」

 私もつられて吹き出した。
 一世一代の賭けを気楽に行なおうだなんて、おかしな話だ。

「それでは、決行は明日でいいか? 準備はすでに出来ている」

「明日すぐに決行なのね……いいえ、事態は差し迫っているものね」

 イザベラお姉様は窓から外を見た。
 町には相変わらず強い雨が降り続いている。

 今日までの日常は、明日すべて崩れ去ってしまうかもしれない。
 日常どころか命さえ消え去ってしまうかもしれない。
 それでも、やると決めた。

「シリウス様。今日中に広場の下見がしたいです。ついでに、城にあるシャーロットの部屋の位置も把握しておきたいです」

「それなら空から確認するとしよう。雨のせいで誰も彼も傘を差しているから、空を見上げる者はいないだろう」

「あたしは、まっすぐ屋敷に帰るわ。演説の内容を考えないといけないから」

「俺も家に帰ります。最後に家族サービスをしたいので」

 私たちはお互いに顔を見合わせて、頷き合った。

「明日の朝七時に、この店に集合にするとしよう」



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