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【第4章】
第90話 優しい三人
しおりを挟む「聖女はなぜ疲れて……あ。茶も出さずに立ち話をさせて申し訳ない」
ハッとしたシリウス様が、テーブルにお菓子と紅茶を準備したことをきっかけに、全員が席に座った。
「話が横道に逸れちゃったわ。さっさと本題に入るわよ。のんびりお茶をしていられる状況でもないんだから」
のんびりお茶をしている状況ではないと言いながら、イザベラお姉様はちゃっかり紅茶に砂糖とミルクを入れている。
状況が状況でも、出された紅茶は愉しむつもりのようだ。
「あんたたちの作戦、あたしとアンディーも乗るわ」
「言質頂きました!」
「買収の成果か!」
私とシリウス様が同時に叫んだ。
「あんたたちねえ……買収ではないわ。あたしはあたしの意志で決めたのよ」
イザベラお姉様はそう言い切ったが、一方でアンドリューさんは未練のこもった目で、シリウス様がイザベラお姉様に押し付けようとした品々を見ていた。
「……あの、そのドレスやアクセサリーは貰ってもいいものなんですか?」
「ちょっとアンディー!?」
「だって俺はこれから実家にお金を入れられないから……両親は俺がイザベラと運命を共にすることを了承してくれたけど、やっぱり親不孝過ぎると思うんだ」
「だから買収の品を貰って実家に贈ろうって言うの? それじゃあ作戦をお金で引き受けたみたいじゃない。アンディーにはプライドが無いの!?」
「……やっぱりイザベラは貧乏を知らないんだな」
アンドリューさんは眩しいものを見るように目を細めながら、イザベラお姉様を見つめた。
「俺の稼ぎが無くなるっていうのは、実家にとっては大問題なんだ。俺の家族は、明日から一日一食で暮らしていかないといけなくなるかもしれない」
「そんな……」
「それなのに両親は俺を送り出してくれたんだ。そういう親なんだ。だから俺のプライドを捨てることで楽をさせてやれるのなら、プライドなんかいくらでも捨てるつもりだ」
「ごめんなさい。あたし、想像力が足りなかったわ」
「イザベラは貧乏を知らないんだから仕方ないよ。これから知ることになってしまうだろうけど……」
途端にイザベラお姉様もアンドリューさんも暗い雰囲気をまとってしまった。
しかし、それは早とちりというものだ。
「あのー、暗くなっているところ申し訳ないのですが、これはあくまで買収の品でして……ね、シリウス様?」
「無論だ。作戦が成功しようと失敗しようと、報酬は別途渡すつもりだ」
シリウス様に確かめたわけではなかったが、やはり二人に報酬を渡すつもりのようだった。
シリウス様ほど律義な人なら、当然報酬を渡すだろうと思っていた。
それに、もしシリウス様が報酬を渡さないつもりなら、私のお古で申し訳ないが、私の持っているドレスやアクセサリーを二人に渡すつもりだった。
こんなにも危険なことを善意だけでやってもらおうなんて、いくらなんでも虫が良すぎると思ったからだ。
「本当ですか!?」
シリウス様の言葉を聞いたアンドリューさんの表情が、ぱあっと明るくなった。
「報酬は二人に直接渡すつもりだったが、二人の実家に渡した方が良いか?」
「はい。実家にお願いします」
「了解した。そなたの実家に報酬の宝石を確実に届けよう」
シリウス様は、アンドリューさんからイザベラお姉様に視線を移した。
「あたしは報酬が目当てで引き受けるわけでは……だからアンディーのご家族に報酬が届くならそれでいいわ」
「では、侯爵家には、娘を二人も家から引き離した詫びとして宝石を贈ろう」
「え? 私は自分で逃げて来ましたけど」
「細かいことは気にするな。アクセサリーの加工に飽きたゆえ、宝石を宝石のまま誰かに引き渡したい気分なのだ」
シリウス様が本当にアクセサリーの加工に飽きたのか、それとも二人が恩義を感じ過ぎないようにする方便なのかは分からないが…………いや、シリウス様の場合は本当に飽きたのだろう。
とはいえ、宝石を採掘に行って研磨する作業は必要なわけだから、いらない物を押し付けるのとも違う。
私はあらためて三人を見た。
シリウス様に、イザベラお姉様に、アンドリューさん。
三者三様に優しい人たちだ。
「……報われてほしいなあ」
世界が理不尽なことは知っているが、どうかこの優しい人たちには、酷いことをしないでほしい。
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