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【第3章】
第62話 そうだ、働こう!
しおりを挟む私が研究部屋へ顔を出しても、シリウス様は私を構う気はないようだった。
買ったばかりのガラクタを仕分けしている……のだろうか。
部屋が乱雑すぎて、仕分けをしているのか、さらに部屋を散らかしているのか、判断に迷う。
「この部屋に何の用だ?」
「部屋に用はありません。シリウス様に会いたかっただけです」
「そなたは毎日飽きないな」
「飽きませんねぇ」
シリウス様を追いかけまわすのが趣味だからだろうか。
いくら追いまわしても飽きることがない。常にシリウス様を見ていたい。
美人は三日で飽きるというが、あれは飽きっぽい人の戯言だ。
「足の傷は完治したか?」
「あんなすごい回復薬をかけられて、治らないわけがないじゃないですか。傷痕一つ残ってませんよ」
「それは何よりだ」
裸足で走ったことで出来た傷はもちろん、それとは関係のない靴擦れや肌の荒れすら治ってしまった。
むしろ前よりも足が綺麗になった気がする。
「いつもより足の調子が良いですよ。どこまでだって走れます」
「走るのは構わんが、城の外はそなたの味方ばかりではないことを肝に銘じておくように」
「前から思っていましたが、この森、熊でもいるんですか?」
私が冗談半分で尋ねると、シリウス様は私の質問に驚いているようだった。
「何をいまさら。何度も熊の肉を食べているだろう」
「そうなんですか!?」
気付かなかった。
どの料理が熊の肉だったのだろう。
料理の中には癖のある肉も多かったから、その中のどれかだったのかもしれない。
狩られた肉はしばらく城内の保存庫にしまわれているから、確認しようと思えば確認するタイミングはあった。しかし私はあえて確認しようとは思わなかった。
動物の生々しい死体を見るのは、ちょっぴり苦手だからだ。
侯爵家で料理をする際には動物の肉を捌いていたが、あえて見たいものでもない。
「気が済んだか?」
「そんなぁ。もうお喋りタイムは終わりなんですか?」
シリウス様は、私とのお喋りよりもガラクタの方に興味が向いているようだった。
悔しい。
「そういえば。町で、シリウス様がいない間に、イザベラお姉様と再会しました」
「……無事だったか?」
私がイザベラお姉様と会った話をすると、シリウス様はガラクタから顔を上げて私を見てくれた。
私のことを心配してくれるなんて、シリウス様ってば優しい。
でも心配されるようなことは起こらなかった。むしろ。
「イザベラお姉様、実はいい人だったんです」
再会したイザベラお姉様は……いや、昔から、イザベラお姉様はいい人だった。
ただものすごく不器用なだけで。
「イザベラお姉様は誤解されやすいタイプだったみたいです。私も長年誤解してましたし」
「そうなのか」
「はい。私が屋敷にいた頃も、私のことを助けようとしてくれていたみたいです。そんなの分かるわけがないでしょ、って方法で」
これを聞いたシリウス様は、心底同情しているようだった。
「不器用で可哀想だな」
「……シリウス様といい勝負だと思います」
イザベラお姉様も、シリウス様にだけは言われたくないと思う。
これまで私が見てきた中で、一番不器用なのがシリウス様で、二番目がイザベラお姉様だ。
二人とも、いいことをしても、その方法や伝え方が下手すぎて損をするタイプだ。
「まあいい。そなたを助けようとしていたのなら、結果はともあれ、姉は味方だったのだろう?」
「そうだったみたいですね」
「では礼をしなければ。何がいいだろうか」
シリウス様は乱雑に置かれたガラクタを漁り始めた。
ただでさえ散らかっていた部屋が、さらに散らかっていく。
「シリウス様って義理堅いですよね。でもイザベラお姉様にお礼をしなきゃいけないのは、シリウス様じゃなくて私ですよ」
イザベラお姉様に助けてもらったのは、シリウス様ではなくて私なのだから。
「そなたは、どういった礼をするつもりだ」
「それは…………あれ。私、お礼に渡すものがない?」
考えてみると、身一つでこの城にやって来た私は何も持っていない。
まさかシリウス様に貰ったものを、イザベラお姉様に渡すわけにもいかない。
さらに私は、絵が上手いわけでも、刺繍が上手いわけでもない。
身体を使うことは得意だが、それでどうお礼を生み出せばいいのだろう。
「余が礼を用意するから心配することはない」
「シリウス様にそんなことをしてもらうわけには」
「では、これは貸しだ。そのうち余に返すといい」
出世払いということだろうか。
しかし、他人に借りを作って捻出したお礼を、イザベラお姉様が受け取ってくれるだろうか。
イザベラお姉様は正しさゆえに融通が利かないところがあるから、微妙なところだ。
借りを作って手に入れた物ではなく、私が働いた報酬として手に入れた物なら、問題なく受け取ってくれるだろうが……。
「そうだ、思いつきました! 私、町にあるあの店で働きたいです!」
すぐに私は、ものすごく都合の良い店があることを思い出した。
商品もあってお客さんもいるのに、店員がいないせいで営業していない店。
あの店で働けば、私は賃金を貰ってイザベラお姉様に渡すお礼を用意できるし、店だって儲かる。
いいこと尽くめだ。
「あの店、せっかく上質な品物を置いているのに、営業時間が少ないのはもったいないと思うんです」
「ふむ」
シリウス様は私の提案に悩む様子を見せている。
少なくとも一蹴するような提案ではないと考えてくれているみたいだ。
「それに、あの店が開店している間は、聖女を見分ける原石を触る人間も来店しますよ」
「そうだな」
お、これはいけそうだ。
あと一押しすれば、きっと……!
「店で品物が売れれば、どんどん新しい商品が作れて、この部屋も片付きますよ」
「ああ、ちょうど新しい魔法道具を作りたいと思っていたが、置き場が無くて困っていた」
「それなら店で売ればいいんです。物が売れれば、商品棚が空いて、どんどん新しい商品を置けますよ」
私はシリウス様の目の前へ行き、まっすぐに瞳を見てお願いをした。
「私が店番をすれば、商品が売れてお金が入って、聖女を見分ける原石を触りに来る人が増えて、さらにこの部屋が片付きます。一石三鳥です。私をあの店で働かせてください!」
しかしシリウス様は、すぐに首を縦には振ってくれなかった。
「そなたは町で人さらいに遭ったばかりであろう。一人で店番をするのは危険に思える」
「大丈夫です。腕輪の防御魔法がものすごいですからね。むしろ相手の心配をするべきかもしれません」
例の腕輪を見せつつ、握りこぶしを作って見せた。
「それに、そろそろ私も社会勉強の一環として、労働を覚えないといけません。もう十八歳ですから」
「……そうか、社会勉強か」
「はい!」
こうして私は、気まぐれで開店するシリウス様のお店で働くことになった。
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