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【第2章】
第50話 それって勝率の低い作戦なのでは?
しおりを挟む「……かねてから言っていた私への要求というのは、このあたりの話が絡んだことですね?」
「そなたはずいぶんと頭が良くなったな」
シリウス様が満足そうな表情で私を見つめた。
「えへへ。教養はこの城に来てからつけましたが、自頭の良さは元々です」
「自分で言うか」
「自分で言わないと誰も言ってはくれないので。どうです? 優等生の私に惚れました?」
真面目に聞き続けているとまた涙が出そうだったため、わざとおちゃらけてみせた。
辛いときこそ笑わないと。
それが人間の強さなんだから。
「……それで、私は何をすればいいのですか」
少し場を和ませたところで、直球で質問した。
直球の質問を受け取ったシリウス様もまた、直球で答えを返してくれた。
「本物の聖女を仲間にする手伝いをしてほしい」
「本物の聖女に、シャーロットを糾弾させるんですね」
これにシリウス様は深く頷いた。
「本物の聖女によって民衆の目を覚まさせ、本物の聖女を聖女の座に置き、聖女の座から外れたシャーロットに自省してもらい冥界の住人の仕事を真面目に行なってほしい、ということですか」
シリウス様はシャーロットを反省させることに一度失敗しているが、シリウス様のことを悪しき死神呼ばわりした愚かな民衆の耳にも、本物の聖女の言葉なら届くかもしれない。
本物の聖女なら……あれ。
本物の聖女には、何が出来るのだろう。
「シリウス様。本物の聖女は何が出来るんですか? シャーロットに勝てるような能力、あります?」
出来ることなら、民衆に本物の聖女だと信じ込ませることが可能な、派手な能力だとありがたい。
「聖女は重症患者を回復させることが出来るようだ。聖力を使用するため、回復魔法を使ったときのような代償も不要らしい」
「…………それだけですか? 死者を生き返らせたりは?」
「人間に出来るわけがないだろう」
「ですよねー」
正直なところ、死者を蘇らせるシャーロットに対抗するには弱い気がする。
「今そなたが何を考えているかは分かる。しかし人間の身でありながら、代償無しに重症患者を回復させるのは、奇跡に近い力だと余は思う」
「それはそうですけど……民衆はシャーロットのことも人間だと思ってますからね。人間の聖女だと」
本物の聖女とシャーロットの二人を、同じ人間の聖女として比べた場合、死者を蘇らせるシャーロットの方が奇跡の力を持った聖女に見えてしまう。
実際にはシャーロットはもう普通の人間ではないのだが、民衆はそのことを知らない。
「シリウス様の作戦が勝率の悪い賭けのような気がするのは、私だけでしょうか?」
「安心しろ。実はまだ本物の聖女にしか出来ないことがある」
よかった。
本物の聖女が出来ることは、代償無しに重症患者を回復させることだけではないらしい。
「その、本物の聖女にしか出来ないこととは!?」
誰もが本物の聖女だと信じるようなものすごい能力だと、作戦が楽になる。
しかし私の期待に反して、シリウス様の答えは拍子抜けするものだった。
「聖女を見分ける原石を光らせることが出来る」
「……それだけですか?」
「それだけだが?」
シャーロットと張り合うには、ものすごく弱いカードの気がする。
だって。
「シャーロットは聖女を見分ける原石を光らせることが出来ないのに、聖女の座を得てますよね?」
「そうだな」
「それなら、原石を光らせることは、聖女の条件として重要視されていないのではありませんか?」
途端にシリウス様は黙り込んでしまった。
「まあ、冥界の住人の能力がすごすぎて、本物の聖女かどうかを疑われることすらなかっただけかもしれませんが」
シリウス様が何も言ってくれないので、指摘した本人である私が助け舟を出す流れになってしまった。
「シャーロットはずる賢そうですから、上手いこと理由を付けて聖女を見分ける原石を触らないよう誘導した可能性がありますしね」
「ああ……聖女を見分ける原石を光らせる様子を見せれば、民衆は納得する、はず」
シリウス様は、若干、自信が無くなっている様子だった。
私に手伝ってほしいと頼む場面で、その態度は悪手だと思う。
「あとは、聖女の演説次第ですね。民衆の心を掴むような演説が出来れば、状況をひっくり返せるかもしれません」
先程からどうして私が助け舟を出しているのだろうと思いつつも、また助け舟を出した。
「そうだ、その手があった」
とはいえ、これは聖女任せの作戦だ。
聖女がシリウス様のような口下手の可能性もあるし、あまり期待はしない方がいいだろう。
「何にしても、まずは本物の聖女を探し出さないことには話が進みませんね。でも私、探索魔法とか使えませんよ?」
「探索魔法で聖女は見つけられない。それにそなたには聖女を探し出すことよりも、その後の説得を期待している」
「そうでした。聖女を見つけたら、私たちに協力してもらえるよう、説得しないといけないんでしたね」
確かにシリウス様は交渉や説得が苦手そうだ。
私も聖女を仲間に勧誘することなどもちろん初めてだが、シリウス様よりは上手くやれるような気がする。
「シリウス様の頼みなら手伝いたいです……が、今回ばかりは即決できません。すみません」
「だろうな」
「失敗したら、きっと私は処刑されます。私はシリウス様と違って不老不死ではないので、二度目のチャンスはありません。失敗したら人生終わりです」
シリウス様の望むことはすべて叶えたいが、そのためにシリウス様と一緒にいられなくなることを、簡単には決断できない。
成功させれば何の問題も無いとは言っても、成功の可能性は決して高くはない。
民衆はシャーロットのことを聖女だと信じ、崇拝しているのだから。
「正直なところ、シリウス様の作戦は成功率が低すぎます」
「……分かっている。じっくり悩んでから決めるといい。その結果、要求を断ったとしても、余がそなたを責めることはない。この城で身につけた教養を活用して自由に生きていくといい」
シリウス様はあくまでも私に選択をさせるつもりのようだった。
命令ではなく要求の形をとるのは、シリウス様の優しさであり厳しさだ。
教養が無く何も知らない頃の私なら喜んで協力しただろうが、今の私は無邪気に頷くには知識がありすぎる。
……ああ、そうか。
私が城を出ても自由に暮らせるようにしたのと同時に、きちんと考えて選択をさせるために、私に教養を与えたのか。
シリウス様は馬鹿だ。
何も知らない状態の私なら、すぐに承諾したのに。
その方が扱いやすいのに。
シリウス様は、馬鹿で優しくて厳しくて…………世界中の誰よりも大好きだ。
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