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【第2章】
第35話 そりゃあ嫉妬しますよ
しおりを挟む「今日はこのくらいにしておこう」
紅茶を飲み干したシリウス様が、静かに呟いた。
「こんなところで中断するなんて、新手のいじめですか!? どうしてシリウス様の口調が今と違うのか気になるじゃないですか!」
私は全力で文句を言ったが、シリウス様に話を続ける気は無いようだった。
「余は出掛ける。どうやら蒔いていた種が、芽を出し花開いたようだ」
「そんなぁ。せめてシリウス様にやたらと距離の近いマリアンヌって女が破滅するところまで聞かせてくれなきゃ嫌ですよぉ」
ダメ元でシリウス様にすがってみると、シリウス様はあからさまに面倒くさそうな顔を向けてきた。
美形がそんな顔をしても素敵なだけなのに。
「冷ややかな視線も魅力的なシリウス様、お願いです。マリアンヌの破滅まで話してくださいよぉ」
「……マリアンヌは破滅などしないが?」
「破滅しないんですか!? 私のシリウス様にベタベタしておいて!?」
シリウス様は無言でベルを鳴らすと、やって来たリアのお父さんに、私を押し付けた。
「こいつを何とかせよ」
「かしこまりました」
リアのお父さんは私を羽交い絞めにすると、引きずって執務室から引っ張り出してしまった。
そして私が廊下に出た途端に、無情にも執務室の扉が閉まった。
* * *
広いバスタブで身体を温めてみたものの、私の気持ちは一向にほぐれなかった。
それどころか、白い湯気が頭の中に侵食してくるようにすら感じてきた。
こういうときは、リアに相談するに限る。
「リアは、マリアンヌの話を知っていますか?」
「シリウス様が過去に一緒に暮らしていた方ですよね?」
「……知ってたんですね」
自分から話を振ったくせに、リアがマリアンヌのことを知っていると聞いて嫉妬してしまった。
私は、やっと今日聞いたところなのに。
「仕事と密接に関わってくる話でしたから、使用人はみんな聞かされています」
「仕事に必要だから、なるほど、仕事のために」
仕事だから、と何とか自分を納得させようと頑張った。
いつから私はこんなに嫉妬深くなったのだろう。
我ながら、醜くて嫌になる。
「それで、マリアンヌ様がどうかしたのですか?」
「どうって言うか……シリウス様の気持ちが分かりません。自分に惚れている相手に、初恋の人の話をする心境って何だと思います?」
シリウス様の話を聞いてから悶々としていた私はリアに尋ねてみたが、リアは私の髪を洗いながら首を傾げるばかりだった。
「初恋? マリアンヌ様はシリウス様の初恋の相手なのですか?」
リアは私の話にピンときていないようだった。
「はっきりは言ってませんが、あの話しぶりからして絶対そうだと思うんです」
「シリウス様もマリアンヌ様も、求愛行動はとっていなかったと、リアは聞いているのです」
「カラスの基準で考えないでください。見目麗しい男女が、朝から晩まで一緒にいるんですよ? 恋に落ちないわけがないじゃありませんか!」
まあカラスの生態についてはよく知らないが。
でもあの状況から考えて、若い二人に何も起きないはずもなく。
いや話の中のシリウス様とマリアンヌが若いのかもよく知らないが。
でも宿屋だって、きっと二人のことを夫婦だと思って宿を貸していたはずだ。
もしくは駆け落ち中の恋人同士とか。
悔しいけど、マリアンヌは美人だったようだし、シリウス様も超絶美形だし。
二人の間には恋心が芽生えていたに違いない。
それどころか何年も一緒にいたのだから、いくところまでいっている可能性も高い。
「大変申し上げにくいのですが」
いらぬ妄想をしてしまい、悔しさで震える私に、リアが本当に言い辛そうに切り出した。
「シリウス様はクレア様と同じ城で、朝から晩まで過ごしています。ですが、クレア様に恋心を抱いてはいませんよね?」
「それは言わないでください」
確かにシリウス様は、私に恋をしているようには全く見えない。
それよりは年齢の離れた妹か娘のように思っていそうだ。もしかすると孫だと思われているかもしれない。
当初の愛玩動物よりは関係が進んだような気はするものの、恋人には程遠い。
でも、自分でもそう思ってはいるが、他人の口からはっきり言われると辛い。
「……マリアンヌは、あざとい女です」
「地上での失敗の話ですか?」
「そうです。きっと『可愛い私』を演出するために、わざと失敗したんですよ。シリウス様は純粋だから、マリアンヌの罠にかかってしまったんです。可哀想なシリウス様は、肉食獣マリアンヌに食べられてしまったんです!」
そうだ、きっとそうに違いない。
本来のシリウス様は、一緒に暮らす年頃の可愛い私にさえ手を出せないほどの奥手だから、全部マリアンヌの仕業だ。
策士マリアンヌが可愛いふりをして、シリウス様とあんなことやこんなことを……。
マリアンヌ、なんて卑怯な女なの!?
「あの、クレア様。そもそも地上での失敗には、シリウス様も加担していましたよね?」
「シリウス様にはお茶目で愛らしい面がありますよね! とっても素敵です!」
私は狩猟大会を地獄絵図にしてしまったお茶目なシリウス様を思い浮かべて、くすっと笑った。
きっと相当慌てただろう。
シリウス様は普段は冷静だけど、予想外の出来事に弱いから。
動揺して目を白黒させていたかもしれない。
そうだとしたら、なんて愛らしいのだろう。
「はあ。どうやらクレア様の思考は、カラスには理解が難しいようです」
「いいえ、簡単なことです。シリウス様は素晴らしい、マリアンヌは苛立たしい。悪いのはすべてマリアンヌ!」
リアは私の身体を磨きながら、困ったように眉を下げた。
「クレア様が、マリアンヌ様に激しく嫉妬していらっしゃることだけは伝わりました」
恋は乙女を綺麗にするというけれど、嫉妬はどんどん私を醜くする。
シリウス様に愛される、綺麗で可愛い女の子でいたいのに。
それでも恋をしなければよかったとはならないのだから、本当に恋とは厄介だ。
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