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【第2章】
第30話 シリウスの過去②
しおりを挟む「このまま地上の都合で、冥界の秩序が乱されていいと思うか」
ある日、冥界の地区長が、やっと休日を貰った俺とマリアンヌの前に現れた。
現れるなら休日ではなく仕事中にしてほしいというのが本音だが、現状仕事中に長話をすることが不可能だからこそ休日に現れたのだろう。
「もう無理です」
「勘弁してほしいです」
俺もマリアンヌも弱音を吐いた。
平常時なら虚勢を張ったかもしれないが、もうそんな気力は残っていなかった。
「どうやら地上での戦争は終わったようですが、今度は敗戦国の人間を罪人として次々に処刑しています」
「辛うじて命を繋いでいた怪我人も、次々に力尽きています」
終わりが見えない。
それが今の冥界の仕事の、正直な感想だ。
「我もこのままでは問題だと思い、対抗策を講じることにした」
俺たちの意見に深く頷きながら、地区長がゆっくりと言葉を紡いだ。
その言葉に、俺もマリアンヌも、疲れで虚ろだった目を輝かせた。
「これからは魂が冥界へ来る前に、地上で数を調整する」
それはありがたい!
……が、どうやって?
俺とマリアンヌは顔を見合わせた。
マリアンヌの目にはハテナマークを浮かべた俺の顔が映っている。きっと俺の目にも同じ表情のマリアンヌの姿が映っていることだろう。
「そして調整役に、君たち二人を任命しようと思う。ここでの働きに対する褒美だ」
俺とマリアンヌはどう反応していいのか迷い、再び顔を見合わせた。
褒美というからにはいいことなのだろうが……。
俺たちの微妙な表情を見た地区長が、さらに言葉を付け加えた。
「激務の現場から楽な現場への部署移動だ」
これに、俺とマリアンヌは思わず抱き合った。
やっと激務から解放されるのだ。
「よって、これから君たちの勤務地は、地上となる」
「勤務地が地上!?」
思わずオウム返しをしてしまった。
まさか、冥界で生まれ冥界で育った俺が、冥界から出るとは思わなかったのだ。
「君たちには、予定外の魂が大量に冥界に来ることになった場合、またその逆の場合の、調整役を頼みたい」
「どうやってですか?」
「君たち二人には、“死を司る能力”と“生を司る能力”をそれぞれ授ける。それらの権能を活用して、冥界に来る魂の数を調節してほしい」
なるほど。
地区長の案は、冥界に来てしまった魂をどうこうするのではなく、その前段階で魂の数を調節するというものだ。
予定外の戦争で大量の人間が死んだ場合、“生を司る能力”で人間を蘇らせ生き永らえらせることによって、一気に魂が冥界に送られることを防ぐ。
人間によって理不尽に森を焼かれて死んだ動物たちも、生き永らえらせて、冥界に一度に大量の魂が送られることを防ぐ。
もちろんそれらが予定されている死の場合は、何もしない。
「“生を司る能力”の使い道は分かります。ですが“死を司る能力”の使い道は何でしょうか?」
マリアンヌが俺の聞こうと思った質問を、一足先に地区長に尋ねた。
「冥界が空いているときであれば、死ぬに死ねない者の魂を冥界に送ることを許可する。あとは“生を司る能力”で永らえさせた者の魂を、時が来たら冥界へ送るのも権能の使い道だろう」
冥界が空いているときに魂を冥界へ誘導することが、“死を司る能力”の使い道のようだ。
「二人のうち、どちらが“生を司る能力” を得、どちらが“死を司る能力”を得るかは、君たちで決めてほしい」
地区長は最後にそう言い残して去っていった。
残された俺とマリアンヌはお互いの顔を覗いてから、無言で考え込んだ。
ここ最近の激務で荒れてはいたものの、俺もマリアンヌも基本的には魂が好きだ。
必死に生きてきた魂の記憶を見ることが好きだ。
冥界で働きつつも、いや、冥界で働いているからこそ、「命」に強い興味を持っている。
“生を司る能力”なら、欲しい。
悔しい思いをしながら死んでいった者の魂をいくつも見てきたから、その魂を救える能力があるなら、ぜひとも欲しい。
調整役だから勝手に生かしたい者を生かすことは出来ないが、それでもこの手で誰かの命を救えるのなら、それは幸せなことだ。
一方で、“死を司る能力”は、正直言って怖い。
目の前の人間を、自分の手で殺さなければならないのだから。
冥界で暮らしている俺たちはたくさんの魂を扱っているが、一度たりとも自身の手で誰かを殺したことは無い。
憎い相手でも嫌いな相手でもない誰かを、仕事と割り切って殺す。
どう考えても簡単に出来ることではない。
地区長は、死ぬに死ねない者に慈悲として死を与える、のような言い回しをしていたが、だからといって割り切れるものでもないはずだ。
それに“生を司る能力”で生き永らえらせた者を時期が来たら殺す、というのもきつい。その場合、死を望んでいない相手を殺すことになる。
マリアンヌも同じことを考えているのだろう。あからさまに表情が曇っている。
彼女もまた“生を司る能力”を得ることを望んでいるに違いない。
出来ることならマリアンヌに“生を司る能力”を譲ってやりたいが、だからと言って自分が「誰かを殺すこと」に耐えられるとも思えない。
俺たちはそのまま、無言で立ち尽くしていた。
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