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【第1章】

第25話 それでもリアは心配です

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 仕事も終わりみんなが寝静まった頃、夜のお喋り会が始まりました。
 今日のメンバーは、マリー姉さんとピーターとリアです。
 お喋り会は、美味しいおつまみを食べながらダラっと過ごして、一日の疲れを取る会です。

「この前のダンスパーティーはすごかったッスね。運動の時間にも思ってたッスけど、人間って身軽ッスよね」

「あれはクレア様だけだと思うわ。町にはどんくさい人間がいっぱいいるもの」

「クレア様、輝いていたのです」

 ダンスパーティーでのクレア様を思い出して、リアはうっとりしました。
 一人での身体能力を活かしたダンスはかっこよく、シリウス様と二人でのダンスは優雅で、クレア様はまさにダンスパーティーの主役でした。
 欲を言えば、あと少しクレア様の背が高いとシリウス様と背丈のバランス的にもちょうどいいのですが、それは数年後のお楽しみにしておきましょう。

 それにしても、ダンスパーティーでのクレア様は本当に楽しそうで…………ふと、気になってしまいました。

「この城に来て、クレア様の心の傷は癒えたのでしょうか」

 クレア様本人が楽しそうに見えるため忘れてしまいがちですが、クレア様はよくないお家から逃げて城へとやって来たのです。
 城に来る前は辛い生活をしていたはずです。

「平気なんじゃない? ダンスパーティーでも楽しそうに踊ってたし」

「……あのときは楽しそうでしたが、過去の傷はそう簡単に癒えるものなのでしょうか」

「リアの気にしすぎよ。クレア様はご飯もいっぱい食べてるじゃない」

 マリー姉さんの言う通り、リアの気にしすぎなのでしょうか。
 確かにクレア様は毎日ご飯をいっぱい食べて、すくすく成長しています。

「大丈夫ッスよ。だってクレア様、めちゃくちゃ明るいじゃないッスか」

「リアの気にしすぎ……ですかね?」

「そうッスよ。最近なんて、シリウスさまぁーって、毎日元気にベタベタしてるッスよ?」

 ピーターもマリー姉さんと同意見のようです。
 様子を見ることにした、クレア様の行なうシリウス様を好きな振りは、日を増すごとに激しくなっています。
 クレア様本人が楽しんで行なっているように見えるので放置していますが。
 ちなみに当のシリウス様は「ヒヨコが親鳥にくっついてくるみたいで可愛い」と考えているようです。

「虐待の影は微塵も見えないッスよね」

「むしろクレア様が虐待されていたっていうの、嘘情報なんじゃないかしら」

「……リアは、クレア様が城に来る前に、クレア様の兄が怖い顔で追いかけてくるのを見ました」

 それにクレア様はお腹を殴られていたと話していたので、クレア様の兄は痕が残らないように虐待をしていた可能性が高いです。

「でも怖い顔で追いかけてきただけでは、虐待されていたかは分からないわ。それよりもクレア様の今の性格が虐待されていない証拠よ」

「……ですが、シリウス様が手を貸したということは、クレア様はよくない環境にいたということです」

「いつもならそうだろうけど、クレア様のことはリアがシリウス様に頼んだのよね?」

「シリウス様はリアさんのお願いだから、特別にクレア様に声をかけたのかもしれないッス」

 二人の言う通り、クレア様に恩返しがしたいシリウス様に頼んだのは、リアです。
 シリウス様が自らクレア様を選んで救ったわけではありません。

「それに、オイラ、被虐待児は怯えていたり暗かったりするって聞いたことがあるッス」

「でしょう? でもクレア様にそんな様子はないわ」

 これは否定しようもありません。
 クレア様は、城では楽しそうに暮らしています。

「被虐待児は、笑うことも難しくなるらしいッス。影があるみたいな感じらしいッスよ」

「クレア様は、最初は少し人見知りをしていたけれど今はよく笑うし、この前のダンスだって陽気に踊っていたじゃない。影というよりも陽光だわ」

「それは、そうですが……」

「ほら。リアから見てもクレア様は楽しく暮らしているんじゃない」

 確かにクレア様は楽しく暮らしているように見えます。
 ですが、そうなのですが……。

「クレア様は城に馴染むのも早かったッスよね。被虐待児は反抗したり非行に走ったりするとも聞くッスけど」

「非行に走るどころか、問題行動も起こさないわ」

「シリウス様にベタベタしすぎるのはちょっと問題ッスけど、問題行動と呼ぶには可愛いものだと思うッス」

 ベタベタされているシリウス様本人に嫌がっている様子がないので、これに関してはリアも大した問題はないと思います。
 シリウス様は嫌なときは嫌とはっきり仰るお方ですので、言わないということは嫌ではないのでしょう。

「だからね、クレア様が虐待されていたという過去は、クレア様の作り話だと思うの」

「虐待の話は嘘ってことッスね。オイラも同意ッス」

 そうだとしたら、リアの見たクレア様の兄の鬼のような形相は何だったのでしょう。

「クレア様は過去に虐待をされていないから、楽しく生きているのよ」

「虐待されてたら、楽しく生きてるはずがないッスからね」

 その瞬間です。
 ホールの扉がものすごい勢いで開け放たれました。

「あっ」

「どうして」

「……クレア様」

 開け放たれた扉の先には、こちらを睨みつけるクレア様がいました。

「楽しく生きたら、虐待された過去は無かったことになるんですか!?」

 リアはクレア様と一緒に過ごす時間が長いですが、クレア様の怒っている姿は初めて見ました。
 両手で作った握りこぶしが震えています。

「虐待されたら、楽しく生きちゃいけないんですか!?」

 予想外の事態にマリー姉さんもピーターもそしてリアも固まってしまいました。
 そんな三人からクレア様は目を逸らさず、ずんずんと近付いて来ました。

「どうして虐待された上に、第三者に生き方を決められなくちゃいけないんですか!?」

 正直に言うと、リアは、クレア様が嘘つき扱いをされたから怒っているのだと思っていました。
 ですが、そうではないようです。
 クレア様は、被虐待児に対する偏見に怒っているようでした。

 被虐待児は、同情を買うような可哀想な生き方をするはずだという偏見。
 その偏見に当てはまらない人物は、虐待をされた過去が無いだろうという偏見。

 悪意の無いままに他人を傷付け、そのことに気付こうともしないのは、あまりにも残酷だとリアは思います。
 リアたちはその残酷な仕打ちを、クレア様に行なってしまったのです。

「私が虐待されていた過去は誰にも変えられません。そしてこれからの私の生き方も誰にも決めつけさせません」

 今やクレア様はリアたちの目と鼻の先まで近付いています。
 しかし、マリー姉さんもピーターもリアも、声一つ出せませんでした。
 クレア様の剣幕に気圧されてしまったのです。

「虐待されていた私は、怯えもせず暗くもならず、誰よりも幸せに生きます! 他の誰でもなく、私が、そう決めたから!」

 クレア様はそう言い残し、ホールを去って行きました。
 ホールの扉が閉まった瞬間、全員が力なくへなへなと崩れ落ちました。

 今夜、リアたちは、クレア様を深く傷付けたのです。
 このことを三人とも、永久に忘れることはないでしょう。





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