落ちこぼれ魔法使いはリズム感がない

竹間単

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8 偶然が多すぎる

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 今日も声楽の授業は散々だった。
 一人だけリズムが外れていると何度も注意をされてしまった。

「声楽に楽器学に作曲学、音楽科目だけで何教科あるのよ」

 私は半泣きで時間割表を眺めた。
 半分以上が音楽系の科目だ。

「レクシーって音は外れてないから音痴とまでは言えないけど、リズム感がね」

「音を外してる生徒が叱られないで、私だけ叱られるのは理不尽よ」

「音を外しててもリズムが合ってれば、ちゃんと魔法が使えるから。音痴でもリズム感があれば問題ないんじゃない?」

「解せない」

 キャロルはむくれる私の肩を叩くと、元気よく手を振った。

「人生なんて解せないもんだよ。じゃあ私は部活に行くから。また明日ねー!」

「雑なまとめ方。まあいいや、部活頑張ってね」

 キャロルは、このために学校に来ている、と言わんばかりの軽快な足取りで教室を出て行った。
 教室に残された私は、のろのろと荷物をまとめて、席を立った。


   *   *   *


「……で、何であんたがついてくるのよ」

「俺の家もこっちなんだよ。知ってるだろ」

 家への帰り道でジェイデンに会ってしまった。
 家が近所のため道が一緒なのは仕方がないが、どうして帰るタイミングが被ってしまうのか。

「私、授業が終わった後だいぶキャロルと喋って時間を潰してから下校したんだけど?」

「その間、俺は日直の仕事をこなしてたんだよ。この自意識過剰」

 自意識過剰と来たか。
 たった一回下校が被っただけでジェイデンが自分についてきたと思ったならそうかもしれないが、下校が被るのは今日が初めてではない。

「下校が被るの、今週に入ってもう何度目だと思ってるのよ」

「二度あることは三度あるってやつじゃないか?」

「ああ言えばこう言うわね!?」

 私がイライラを隠さずに言葉をぶつけると、ジェイネンもイライラした様子で言い返してきた。

「というか町に魔物が出るようになったから、下校は数人でするように言われてるだろ。どうしていつも一人なんだよ!?」

「いつもじゃないわ。キャロルの部活が無い日は途中まで一緒に帰ってるわよ」

「それ、あいつの部活がある日は一人ってことだろ」

 町に魔物が出るようになって以降、小学生と中学生は集団下校が義務付けられるようになった。
 高校生は集団下校が義務ではなく推奨されるだけにとどまっているが、複数人で下校する生徒が大半だ。

「そういうジェイデンだって一人じゃない」

「俺は魔物が出ても一人で倒せるからいいんだよ。落ちこぼれのお前とは違ってな」

 その通りなのかもしれないが、腹の立つ言い方だ。
 そしてジェイデンの腹の立つ言葉は続く。

「お前はもう魔物討伐隊に入るのは諦めた方がいいんじゃないのか? この前の授業で役立たずだっただろ。今ならまだコース変更も間に合うはずだ」

「どうしてあんたに、そんなことを言われなきゃならないわけ」

「……お前には向いてないんだよ」

 悔しい。
 何が一番悔しいって、ジェイデンの言う通りなことが悔しい。
 この前の授業で私は何も出来ず、ただの足手まといだった。
 こんな調子で魔物討伐隊に入ったら、命がいくつあっても足りない上に、私が足手まといなせいで仲間の命まで危険に晒す可能性がある。

 だけど、それでも。

「落ちこぼれには夢を見る権利も無いの……?」

 魔物討伐隊に入ることは、私の夢だ。
 誰にも譲ることの出来ない、強い希望だ。

「そうじゃなくて、俺はただ……」

 私が涙声になったことで、ジェイデンは動揺していた。
 自身の頭をガシガシとかいてから、吐き捨てるように言った。

「お前は落ちこぼれだけど、伸びしろがある。俺とは違って」

「そんな慰めはいらないわ」

「事実を述べただけだ」

 落ちこぼれを「伸びしろがある」と表現するのは、ジェイデンなりの最大限の優しさなのだろう。
 しかし慰められたからと言って状況が変わるわけではない。

「自分が落ちこぼれなことは分かってるわ。いくら努力しても、リズム感が狂っていて治らないことも。だけど、夢を諦めたくはないの」

「……そうかよ」



 それから私たちは家までの道のりを、つかず離れず、一定の距離を保ったまま歩いた。
 もちろん無言で。

 気まずいとは思いつつ、ここで道を変えたら負けの気がしたのだ。
 だから家までただひたすらに歩くことを選んだ。

 それはジェイデンも同じだったらしい。
 私の横を、数メートルの距離を開けたまま無言で歩き続けている。

 残念なことに、私の家もジェイデンの家も町の外れにあるため、木以外に何も無い道を私とジェイデンはいつまでも無言で歩き続ける羽目になってしまった。

「止まれっ!」

 今日は家に帰ったらどんな特訓をしようかと考えながらぼーっと歩いていた私の耳に、ジェイデンのささやき声が聞こえた。
 ハッとして前を見ると、目の前には魔物討伐実践の授業で扱った毒の棘を持つ魔物がいた。それも集団で。

「どうしてこんなところに……」

「分からない。とにかく気付かれる前にゆっくり後ずさって進路を変えるんだ。そして警備兵を呼びに行く」

「ええ、分かったわ」

 ジェイデンの意見に異論は無かった。
 授業ではたった一匹の魔物を相手に、生徒たちで力を合わせて戦ってやっと勝利したのだ。
 それなのに、ここにいるのは私とジェイデンだけ。対する魔物は複数。

 私とジェイデンがゆっくり後ずさっていると、最悪なタイミングでどこかからやって来た野良犬が吠えた。
 途端に魔物の集団がこちらに振り向いた。



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