5 / 10
5 家での特訓
しおりを挟む魔法学校には部活動もあるが、私はまっすぐ家に帰ることにしている。
部活動をしていては、魔法の練習をする時間が取れないからだ。
……私の場合は、魔法というよりもリズム感習得のための練習だが。
「“汝、浮き、重力、忘れよ”」
呪文を唱えながら杖を振ってみる。
すると私の魔法によって浮いたフライパンがテーブルの上へと移動する。
決して失敗はしていない。しかし魔法が万全の状態で出力できている気もしない。
おかしい。今のリズムは完璧だったはずなのに。
「“汝、浮き、重力、忘れよ”」
「……ねえ、レクシー。魔法を使う練習の前に、正しいリズムを刻む練習をした方が良いと思うわ。呪文を唱えながら手を叩いてみるとか」
リズム感皆無の私を見兼ねた母親が、遠慮がちにアドバイスをしてきた。
自分では完璧だと思ったリズムは、周りから見るとちっとも完璧ではなかったようだ。
「お母さん。今の呪文のどこが変だったか教えて」
「うーん。今のは浮遊魔法のリズムよね? 間違ってはいないのだけれど、リズムが、何と言うか……ところどころでのんびり屋さんが出ているわ」
母はかなりオブラートに包んだ言い方をした。
要約すると、複数箇所が本来のリズムから外れている、ということだ。
……こんなに短い呪文なのに?
我ながら、ちょっと信じられないレベルのリズム感の無さだ。
「レクシー、よーく聞いてね。浮遊魔法の“汝、浮き、重力、忘れよ”のリズムはこうよ。タン、タタン、タンタン、タンタン」
「さっき私が唱えたのと同じよね?」
「全く違うわ。レクシーの呪文は、ところどころ遅れていたもの」
「そうだったかなあ?」
私が小首を傾げると、母は頭を抱えてしまった。
「やっぱり私のリズム感、ダメダメなの?」
「正直に言うなら、どうして魔法が成立しているのか不思議なレベルよ。レクシーが魔法を使うようになってから、案外魔法の起動条件は緩いのだということを知ったわ」
私のリズム感、ダメダメなんだ……。
「お願い、お母さん。教えて。リズム感ってどうすれば身に付くの? こんなに練習してるのに全然身に付かなくて挫けそう」
「ゆっくりだけど、上達はしているわ。最初はもっと聞くに堪えなかったもの」
聞くに堪えなかったんだ……。
母は言ってから慌てて自身の口を押さえた。
「いいよ。正直に言ってもらった方がありがたいもん。そっか、これでも一応成長はしてるんだ」
短い呪文の中で複数箇所のリズムが外れているのが成長している状態なら、最初はどれほど酷かったのだろう。
考えただけで恐ろしい。
* * *
「レクシー、これは提案なのだけれど」
夕食をパクつく私に、母が言いづらそうに切り出した。
「ジェイデンくんと一緒に特訓をするのはどうかしら」
思いもよらない発言で喉に詰まらせそうになったパンを水で流し込む。
「なんでジェイデンが出てくるの!?」
「だってジェイデンくんは優等生だって風の噂で聞いたから……彼に教えてもらえばレクシーももっと上達すると思うの。あなたたちは幼馴染で知らない仲でもないから、彼ならきっと協力してくれるわ」
ジェイデンに頼んだところで、彼が優しく指導してくれるとはとても思えない。
どうせ私の魔法を見ながらゲラゲラ笑うに決まっている。
学校でも散々笑われているのに、帰ってきてまでジェイデンに笑われるのはごめんだ。
「特訓は一人で出来るから、ジェイデンに協力なんてしてもらわなくていいよ。それにジェイデンだって放課後に私との特訓で時間を浪費するのは嫌だろうし」
「そう? ジェイデンくんは喜ぶと思うけれど」
確かにジェイデンなら、楽しそうに私を嘲笑いそうだ。
それが分かっていてジェイデンに頼もうと言い出す母も母だ。
「そりゃあジェイデンは私の滑稽な姿が見られて楽しいだろうけど、私は嘲笑されながら特訓をしたくはないの」
「嘲笑じゃなくて普通に喜ぶと思うわよ。だって傍から見て分かるくらいジェイデンくんはレクシーのことが……」
「ごちそうさま。ジェイデンのゲラゲラ笑いを思い出したら腹が立って来たから、シャワーを浴びて怒りを洗い流してくる!」
私は食器をキッチンへ持って行くと、すぐに熱いシャワーを浴びにバスルームへと向かった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人
白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。
だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。
罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。
そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。
切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

「白い結婚の終幕:冷たい約束と偽りの愛」
ゆる
恋愛
「白い結婚――それは幸福ではなく、冷たく縛られた契約だった。」
美しい名門貴族リュミエール家の娘アスカは、公爵家の若き当主レイヴンと政略結婚することになる。しかし、それは夫婦の絆など存在しない“白い結婚”だった。
夫のレイヴンは冷たく、長く屋敷を不在にし、アスカは孤独の中で公爵家の実態を知る――それは、先代から続く莫大な負債と、怪しい商会との闇契約によって破綻寸前に追い込まれた家だったのだ。
さらに、公爵家には謎めいた愛人セシリアが入り込み、家中の権力を掌握しようと暗躍している。使用人たちの不安、アーヴィング商会の差し押さえ圧力、そして消えた夫レイヴンの意図……。次々と押し寄せる困難の中、アスカはただの「飾りの夫人」として終わる人生を拒絶し、自ら未来を切り拓こうと動き始める。
政略結婚の檻の中で、彼女は周囲の陰謀に立ち向かい、少しずつ真実を掴んでいく。そして冷たく突き放していた夫レイヴンとの関係も、思わぬ形で変化していき――。
「私はもう誰の人形にもならない。自分の意志で、この家も未来も守り抜いてみせる!」
果たしてアスカは“白い結婚”という名の冷たい鎖を断ち切り、全てをざまあと思わせる大逆転を成し遂げられるのか?

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている
五色ひわ
恋愛
ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。
初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。
悪役令嬢エリザベート物語
kirara
ファンタジー
私の名前はエリザベート・ノイズ
公爵令嬢である。
前世の名前は横川禮子。大学を卒業して入った企業でOLをしていたが、ある日の帰宅時に赤信号を無視してスクランブル交差点に飛び込んできた大型トラックとぶつかりそうになって。それからどうなったのだろう。気が付いた時には私は別の世界に転生していた。
ここは乙女ゲームの世界だ。そして私は悪役令嬢に生まれかわった。そのことを5歳の誕生パーティーの夜に知るのだった。
父はアフレイド・ノイズ公爵。
ノイズ公爵家の家長であり王国の重鎮。
魔法騎士団の総団長でもある。
母はマーガレット。
隣国アミルダ王国の第2王女。隣国の聖女の娘でもある。
兄の名前はリアム。
前世の記憶にある「乙女ゲーム」の中のエリザベート・ノイズは、王都学園の卒業パーティで、ウィリアム王太子殿下に真実の愛を見つけたと婚約を破棄され、身に覚えのない罪をきせられて国外に追放される。
そして、国境の手前で何者かに事故にみせかけて殺害されてしまうのだ。
王太子と婚約なんてするものか。
国外追放になどなるものか。
乙女ゲームの中では一人ぼっちだったエリザベート。
私は人生をあきらめない。
エリザベート・ノイズの二回目の人生が始まった。
⭐️第16回 ファンタジー小説大賞参加中です。応援してくれると嬉しいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる