落ちこぼれ魔法使いはリズム感がない

竹間単

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2 幼馴染は優等生

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「今日は、前回の授業と同じく浮遊魔法を行ないます」

 『基礎魔法実践』の先生が、杖を指示棒代わりにしながらそう言った。

 『基礎魔法実践』は、今のところ私が一番好きな授業だ。
 音楽やダンスなどリズム感を必要とする授業では落ちこぼれの私も、この授業では普通の生徒になれる。
 いくら魔法にリズム感が必要とは言っても、基礎的な魔法にリズム感はそれほど重要でもないのだろう。
 その証拠に、この私が落ちこぼれじゃない!
 …………自分で言っていて悲しくなってきた。

「この授業では基礎魔法を使用しますが、今日は少し難しいかもしれません。使用するのは前回の授業と同じ浮遊魔法ですが、今回浮遊させるのはニワトリの卵です」

 先生は教卓の下から、たくさんの卵が入ったカゴを取り出した。
 そして卵に杖を向ける。

「よく見ていてくださいね。“汝、浮き、重力、忘れよ”」

 先生が浮遊魔法の呪文を唱えると、中に入っていた卵が生徒の机の上へと飛んでいく。
 勢いよく飛んで行った卵は、机の真上まで移動すると、今度はゆっくりと音も立てずに机の上に着地した。

「浮遊魔法は基礎的な魔法ですが、浮遊させるものが卵となると話は変わってきます。力の加減を間違えるとすぐに割れてしまいますからね」

 すぐに割れると言いながらも、先生は簡単そうに卵を生徒たちの机に飛ばし続けている。
 そして一分とかからずに全員の机の上にニワトリの卵が置かれた。

「さあ、みなさんも浮遊魔法を使ってみましょう。魔力量を上手に調節して、決して卵を無駄にしないようにしましょうね」

 先生が笑顔でプレッシャーをかけてくる。

 だけど浮遊魔法なら私でも平気なはずだ。
 基本の魔法だし、何度も使ったことがある。
 前回の授業でも問題なく使用することが出来た。
 しかし。

「“汝、浮き、重力、忘れよ”……あれ。あれれ」

 先生の説明通り、飛ばすものが卵では話が変わってくるようだ。
 割らないようにそっと魔法を掛けると卵は飛ばない。
 だからと言って多めに魔力を流すと、卵がミシミシと音を立て始める。

「……魔法で卵を飛ばす機会なんてそうそう無いわよ。卵は手で持って移動させればいいわ」

「あらあら、レクシーさん。これは卵の浮遊を通して、魔力の調整方法を学ぶ授業ですよ。実際に卵を浮かせる機会があるとか無いとかの話ではありません」

 浮遊魔法が上手く使えず開き直る私に、教室を歩いて見回っていた先生が声をかけた。
 もっともな注意をされて、恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまう。

「……すみません。頑張ります」

「それでよろしい。急がず慌てず、丁寧な魔法を心がけてくださいね」

「はい」



 再び私が卵の浮遊に苦戦していると、教室の後ろの方で先生が嬉しそうな声を上げた。
 何かと思って声のする方を見ると、そこには卵を浮遊させて自由自在に飛び回らせているジェイデンがいた。

「素晴らしいわ。ジェイデンくんは浮遊魔法を完璧にコントロール出来ているわね」

 ……悔しい。

「私だって出来るわ。“汝、浮き、重力、忘れよ”」

 しかし悔しい気持ちが魔法に出てしまったのだろうか。
 私の浮遊魔法を受けた卵は、木っ端みじんに砕けてしまった。

「あら。ニワトリさんの新たな命が……」

 木っ端みじんになった卵を見た先生が、悲しそうに呟いた。


   *   *   *


「逆に才能だと思うぜ。浮遊魔法で卵を破裂させるのは!」

 授業が終わるなり水道で顔を洗う私に、ジェイデンが笑いながら話しかける。
 言い返そうにも卵を割ったのは事実なので、私は黙って顔を洗い続けた。

「お前の他には卵を割った奴すらいないってのに、お前は割るどころか木っ端みじんだもんな。すげえよ!」

 ゲラゲラと笑い続けるジェイデンが恨めしい。

 しかしここで言い返しても負け犬の遠吠えにしかならないので、ひたすらに顔を洗う。
 顔を洗っている間にジェイデンが去ってくれることを願ったが、相変わらずジェイデンは私の近くで笑い続けている。

「お前が魔物討伐コースに進んだら、魔物を倒すどころか仲間を木っ端みじんにしちまうんじゃねえ?」

「いくら私でも、そんなことはしないわよ!」

 さすがにこれには洗ったばかりのビショビショの顔で言い返す。
 すると水滴を飛ばされることを嫌がったジェイデンが、私の顔にタオルを押し付けた。

「落ちこぼれのくせに、本気で魔物討伐コースに進むつもりなのかよ」

「そうだって何度も言ってるでしょ!」

「…………そうかよ」

 ジェイデンは突然機嫌を悪くすると、この場から去ってしまった。


   *   *   *


「レクシーは選択コース何にするのー?」

 私の授業希望表を覗き込みながら、友人のキャロルが驚いた声を上げた。

「嘘でしょ。魔物討伐コース!? 一番厳しいコースじゃん!?」

「私は本気よ」

「えー。一緒に魔法教育学コースに進もうよ。先輩曰くこのコースが一番楽らしいよ」

 私もキャロルの授業希望表を覗き込むと、「魔法教育学コース」が大きな丸で囲まれていた。

「そんな理由で教育学を学ぶのはどうかと思うわ」

「レクシーったら頭が固いぞ。人生経験を積むと思えばいいんだよ」

「人生経験ねえ」

 案外、十六歳の選ぶ進路なんてそんなものなのかもしれない。
 自分に合わなかったら、まだまだ方向転換の出来る時期だ。
 キャロルを見習って、私も魔物討伐コース以外に目を向けてもいいのかも。

 そんなことを思いながらも、私は「魔物討伐コース」に丸を付けたまま、授業希望表を提出した。


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