落ちこぼれ魔法使いはリズム感がない

竹間単

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1 魔法使いは芸術家

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 昔は奇跡の力のように言われていた魔法も、今では研究が進み、仕組みが解明されつつある。
 そして魔法使いたちは、奇跡の人ではなく芸術家と表現されるようになった。
 理由は簡単。
 魔法を出力する際に、コンマ一秒レベルのリズム感が必要になるからだ。

 そのため魔法使いの卵たちの通う魔法学校では、音楽の授業が極端に多い。
 私の通う魔法学校も、音楽学校かと錯覚するほどに音楽の授業ばかりだ。

「ストップ、ストーップ! レクシーさん、またあなたですか。みんなと音がズレていますよ」

 そして私は、悲劇的なほどにリズム感が無い。
 名指しで注意されることなんて日常茶飯事だ。

「すみません。頑張ったつもりなんですけど……」

 私は手の上のカスタネットを見つめながら、謝罪の言葉を述べた。

「何度も言っていますが、強力な魔法を使うには、完璧なタイミングで呪文を詠唱して杖を振る必要があります。たかが楽器の演奏だからと適当な態度では、将来困るのはあなたですよ!?」

 指揮棒を振っていた先生がお説教をしてきた。
 先生は、こんなにも簡単な演奏でリズムを外すのは、私が真剣にやっていないからだと思ったのだろう。

 しかし残念ながら、私は本気も本気。
 必死でリズムをとって、この結果なのだ。

「先生、こいつは適当な態度なんじゃなくて、本気でやってこのリズム感の無さなんですよ。信じられないことに」

 優等生のジェイデンが、私の思考を読み取ったかのように言った。
 すると周りからはくすくすと笑い声が聞こえてきた。

「ジェイデン!? ちょっと優秀だからって、他人を下に見るのは良くないわよ!」

 恥ずかしさを誤魔化すようにジェイデンを怒鳴ると、先生から厳しい言葉が飛んできた。

「レクシーさん。お説教の途中で他の生徒に喧嘩を売らないでください。今のあなたは、注意を受けている立場なんですよ?」

 先生が、ジェイデンに掴みかかろうとする私の襟首を持って、もとの位置に戻した。
 そして再びのお説教が始まる。

「魔法は楽器と同じなんです。いくら肺活量があったところで正しい吹き方をしなければフルートの音が出ないように、いくら魔力量が多くても正しいタイミングで出力しなければ強力な魔法は使えません」

「存じております……」

「だからこそ、リズム感を養うことが大切なのです。自分にリズム感が無いと理解しているのなら、他の生徒の何倍も努力をしなくてはなりません」

 努力でリズム感が身に付くなら、私はとっくに優等生だ。

 そう言いたかったが、お説教が長引くだけなのでやめておいた。


   *   *   *


「さっきのはどういうつもりなのよ、ジェイデン!」

「どういうつもりも何も、事実を述べただけだけど?」

 私は授業が終わるなり、ジェイデンに食ってかかった。
 しかし当のジェイデンは、涼しい顔で私のことを見下ろしている。

 澄ました態度も癪に障るが、サラサラの黒髪に琥珀色の切れ長の目で、やたらと整った顔立ちなことにも無性に腹が立つ。
 成績が良くて顔が良くて女の子にモテて、ジェイデンの人生はイージーモードに違いない。
 だからきっとジェイデンは、リズム感だけじゃなくて、不器用で可愛くもない私のことを、全体的に馬鹿にしている。

「どうせ私は垂れ目の癖っ毛よ!」

「急に何の話だよ」

「性格がキツイのに垂れ目で悪かったわね!」

「だから何の話だってば」

 ジェイデンはこれ見よがしに大きな溜息を吐いた。

「何なんだよ。せっかくフォローしてやったのに。お前は授業で手を抜いてるんじゃなくて全力でやってあれだ、って俺が伝えたおかげで、説教が短くなっただろ?」

「その代わりにクラスメイトに笑われたじゃない」

「お前が笑われないように気を遣う義理まではねえよ。お前と俺はただの幼馴染だし」

 そう、この生意気な優等生のジェイデンは、私の幼馴染なのだ。

 この魔法学校には全国から多くの魔法使いの卵たちがやってくる。
 そのため以前からの知り合いと一緒のクラスになることはかなり稀だ。
 それなのに、幼馴染の私たちは同じクラスになってしまった。
 確率の神様に恨み言をぶつけてやりたい。

「あんたの中途半端なフォローなんていらないわよ!」

 私が喧嘩腰でそう言うと、ジェイデンはやれやれと肩をすくめた。

「言っておくけど、フォローしたのは別にお前のためじゃないからな。お前のせいで、幼馴染の俺までやる気が無いと思われるのは困るんだよ。つまり俺は俺のためにお前のフォローをしたってことだ」

「……あんた、自分のために、私が笑われるようなことを言ったわけ?」

「結果的にお前のフォローにもなったんだからいいだろ」

 本当にムカつく。
 どうしてこんな奴と腐れ縁なのだろう。
 ジェイデンのせいで私はクラスの笑い者になったのに、ジェイデンは気にする様子もない。

「それより。お前、本気で魔物討伐コースに進むつもりなのかよ」

「悪い?」

「幼馴染のよしみで言うけど、お前のリズム感じゃ十中八九死ぬぞ。もっと安全なコースを選べよ。魔法道具制作コースとか、魔法経済学コースとか。それならお前でも死にはしないだろ。落ちこぼれにはなるだろうけど」

 自分でも分かっている。
 こんな私が魔物討伐コースに進むのは無謀だということを。
 でも。

「私は魔物を殲滅するためにこの学校に入ったの。これだけは譲れないわ」

「…………この馬鹿」



 この世界において、人間と魔物の争いは切っても切り離せない。
 毎日、世界のどこかで魔物による被害が出ている。
 その対策として編成された組織が、魔物討伐隊。
 彼らは魔物が町に入り甚大な被害が出る前に、魔物を退治しに西へ東へ出向く。

 魔物討伐隊だった父は、魔物との戦いで命を落とした。
 私は父の仇を取るために、この魔法学校に入学したのだ。
 この学校で魔物と戦う力を身に付けて、将来は魔物を退治しながら世界を回るつもりだ。

 もちろんそんなことを言うと母を心配させてしまうため「人の役に立つ魔法使いになりたい」と目的をぼやかしてこの学校を受験した。
 魔物の討伐も人の役に立っているため、嘘は言っていない。

 念願叶って私は魔法学校に入学することが出来た。
 しかし今となっては、どうして私がこの学校に合格できたのか分からない。
 入学時はリズム感が無くても、授業を受けるうちにリズム感を養えると思ってもらえたのだろうか。
 ……結果はご覧のありさまだが。



「わざわざ魔物討伐隊に入らなくても、彼らをサポートする職に就けばいいだろ。強力な武器を開発したり、魔物の生態を研究したりすることも、魔物討伐に役立つはずだ」

 幼馴染のジェイデンは、私の父が殉職したことを知っている。
 だからこそ私が魔物討伐コースに進むことに反対しているのだろう。

「私はお父さんの仇をとるためにこの学校に入った。でも今はそれだけじゃない。尊敬するお父さんと同じ道を歩みたいの」

「お前の親父さんは確かにすごい人だったよ。だけど……」

「大変! ジェイデンと無駄話をしてたせいで授業に遅れちゃう!」

 時計を確認した私は、教室移動のために走り出した。

「ちょっと待てよ。俺との会話を無駄話って言うなよな!?」

 後ろからジェイデンが文句を言いながら追いかけてきたが、私は振り返ることなく次の教室へと急いだ。







――――――――――――――――――――

ここまでお読みいただきありがとうございます。
竹間単と申します。

「落ちこぼれ魔法使いはリズム感が無い」は、魔法の出力にリズム感が必要となる世界のお話です。
なおこの作品は10話で終わる短編です。
短い作品ですが、楽しんで頂けたら幸いです。

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よろしくお願いします^^

(2024.4.10 全体的に内容を修正しました)
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