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しおりを挟むお腹が空いたわ、などと呑気なことを考えながらカトリーナはパン屋へと入った。すぐに食べられるようにしてもらい、腹に納めてまた歩く。屋敷の外はこんなにも自由だっただろうか。最近は閉じ込められていたので、外の空気が美味しい。
念のために服を着替える。平民と変わらぬ格好をした方がいいだろう。勿論、探す者などいないだろう。旦那様もきっと私を探したりはしない。
都合よく、空の棺で葬式が行われるかもしれないーーなどと思いながら、私はまた歩き出した。
**
部屋ですることといえば、本を読むことだけだった。窓に鉄板を張られてしまった時から、外の世界がどんな風になっていたのか、思い出すことすらも出来なかった。
部屋に置いていた本の半数は、カトリーナがフェロンツ公爵邸の書庫の中から借りたものだ。古いものが多く、カトリーナに様々な考え方を教えてくれる。
そんな本に挟まっていた、屋敷の地図。
屋敷全体の地図ならば見たことあるけれど、まさか幸運にも、自分の部屋に隠し扉があったとは。
本棚を退けるのは苦労したけれど、外へ出たいという想いが一層強まっていた。多少無理にでも退けて正解だった。
一度目、私はそのまま抜け出してしまおうと思っていた。けれど久しぶりに見た空と、明るい陽の光りは私を落ち着かせてくれたのだ。その時に私は決めた。次に出るのは、全ての仕度が整ってからだ。荷物をまとめ、ダミーを作り、本棚の位置もしっかり戻す。
そんなことを考えて部屋に戻ろうとしたとき。
この屋敷に、綺麗な女性が来た。遠目に見た愛しい旦那様はその女性に笑いかけ、部屋へと連れていった。
やはりいたのだ、旦那様の心を占めた人が。私は邪魔になってしまったのだ。
確定した瞬間、私は屋敷を出ることを決意した。
しばらくして、街を憲兵が走った。罪人が逃げたらしい。
私には関係ないことだと考えながら、旦那様が婚約時にくれたダイヤの指輪を質屋で売り払う。旅費の足しにしようと思ったけれど、随分高価な物だったらしい。予想を超える額で買い取られた。
思い出などいらない。私は今日から平民として生きる。
後で人でも送って、離縁届けを渡そう。そんな計画を立てて、カトリーナはとりあえず宿に泊まることにした。
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