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 アンリがリグニス城へ戻ってから二週間。何故か毎朝義務付けられた朝の挨拶に、いつの間にか就寝前の挨拶まで付け加えられていた。
 偶に城内ですれ違う他の者ーー主に第十何ちゃら王子や側室殿に嫌味を言われるけれど気にしない。いちいち気にしていたらやっていられない。

 そして今日も面倒だと思いながら王への就寝前の挨拶に向かうと、何故か茶を出された。
「まぁ、話でもしようか」
 出された茶を見て、何か変なものでも入っているかと疑ってしまった。だが変な色はしていないし、そもそもこの人が自分に手を下す必要はないかと、そっと茶に口付ける。
「…美味しいですわね、これ」
「あぁ。…お前の母も好きだったな」
 そう言われ、つい驚いた声を出す。
「お母様の事などもうお忘れかと思っておりましたのに」
「……お前はどうやら猫を被っていた方がマシなようだな。…自分の妻を忘れたりするものか」
 確かにそうかもしれないけれど、側妃だけでも五十人は超えていたではないか。他の愛人や妾を入れてしまえばーーダメだ、数えきれない。
「…アルネスから聞いた。お前は離婚を悔やんではいないそうだな」
「えぇ、まぁ」
「……私としてもお前にはこのまま城に滞在してほしい。今更なにをと思うかも知れんが、私にはお前が必要だ」
「お父様…?」
 急にどうしたというのだろう。今まで挨拶すらさせてくれなかったというのに。何か私は特別なことでもしたのだろうか。
「…第一王女も第二王女もその次も、馬鹿で浅はかだった。だからお前も浅はかに違いないと、落胆を受ける前に避けていた。悪かったと思う。お前こそが、ずっと私の求めていた娘だと気付くまで、こんなに時間がかかってしまった」
「……お姉様達と私は何ら変わりありません」
「いや。本来ならばあの時ーーお前を嫁がせるときに気付くべきだった。政略結婚など嫌だと、王族の使命を自己的都合で破棄したあの者たちとお前は違ったと」
 ……何となく、嫌な予感が背中を伝う。私は離縁された傷物で、城中からの笑い者で。例え滑稽に見えても城を出て、今度こそ自分のしたいことをして、自由になるのだと。そう思っているのに。
「お前にアルネスを支えて欲しいと思う」
「お断り致します!!」
「……アルバスの手綱まで握れるのはお前だけだ」
「断固拒否致します!!」
 絶対に嫌だ。そもそも女が政治に関わったってロクなことが無い。
「どうせ数日の間だ」
「………数日の間?」
「あっ」
 しまったという顔を咄嗟にするお父様。待ってください、なにが数日なんですか。
「お父様。何を隠しておられるのですか」
 噂で聞くこの人はいつだって冷徹な男だった。けれどアルネスお兄様から聞くこの人は、間抜けで、打算的で、本当はお馬鹿な人。
「……マリシオンからの文書だ。読め」
 手渡してきた紙を開いていいのかわからなかった。いや、開きたくなかった。どうしても、ロクでも無いことが書かれているような気がしたから。
「何をしている。早く読め」
 促され、仕方なく折りたたまれた紙を開く。
 そして書いている文章に目を流した。
 先を読むにつれて、段々と何も考えられなくなっていく。大まかに纏めると、こうだ。

 私はどうやらアンリを見誤っていたようだ。やはりどうか、離縁の話は無かったことにして、アンリにまたマリシオン国妃としてうんたらかんたら。

 …ふざ、けん、な?

「…それで返事を書いたのですね。送り返すと」
「……」
「書 い た の で す ね ?」
「か、書いた…」
「…つまり?また意味のない政略結婚生活を送れと、そう仰っているのですね?」
「だ、だが、ちゃんと条件は…」
「条件?」
「お前が帰りたいと望んだのなら、帰してくれと伝えてある」
「……冗談じゃない…」
 やっと二年、耐えてきた生活が終わったのに。興味もない男に抱かれる屈辱ーー否、気持ち悪さが分からないのかしら。
 またあの何もない無機質な空間で、静かな日々を過ごすのか。出来もしない子作りに励み、虚像の愛を囁いて。
 ぬか喜びさせやがって、とアンリは忌々しげに文書を握り潰した。
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