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12 私の気持ち
しおりを挟むこの状況を改めて整理したいと願うが、どうも頭が動かない。そもそもどうしてその手紙を殿下が持っているのか、考えても答えなど出るはずがない。
心配させてしまって、悲しませてしまった幼馴染に。悩んだ末に書いた本心を、まさかこの人に見られるなんて。
「俺も最愛の人に手荒い真似はしたくないんだ」
にこりと笑った殿下が私の腕をグッと掴む。その力が強くて、部屋の隅に控えているバルトに助けを求めようとしたが、ユリウスに顔を掴まれた。
「俺以外を見る必要ないよね?バルト、外に出ていろ」
「…はっ、承知しました」
どこまでも主人に忠実な側近は礼を取って退室する。その姿を横目で追いながら、シルヴィアは泣きそうになった。
「あぁ、涙ぐむ君も可愛いね」
「…あの、殿下」
「なあに?婚約解消ってどういうことか説明してくれる?」
にこにこと底なしの笑みがとんでもなく怖いと感じる。最近は幼馴染に会えたこともあってふわふわと幸せな気分だったのに。
「違うんです、それは」
「いいから言えよ」
目の前に近付いた顔に、心臓がバクバクと高鳴る。あぁもうダメ、ユリウス様眩しすぎてっ…!
王道物が好きだった私の推しは勿論ユリウスだった。サイドストーリーや他の攻略者なんて目じゃないくらいだったのに。
(俺様な強引ユリウス本当にやばいっ…!)
なんて、考えている場合じゃなかったようで。
「何ならここで無理矢理聞いてあげようか?俺が君と婚約者だということを証明しようか」
「な、なにをっ…」
「俺は婚約を解消する気はないからね。子供を作るのも一種の手かもしれないね」
そう言いながら殿下が意地悪く笑う。どうすればいいのか。浮気した証拠でも掴まれた心地になる。いや、殿下からすればそうなのだろうけれど。
「…あら、ユリウス殿下…?」
声がした方を見て、一瞬でシルヴィアは頭が冷えた。ホールの階段を降りてきたのはお母様だ。
「まぁ、いらしていたのですね。このような遅くに何かありましたか…?」
「…えぇ。実はシルヴィアが、」
「殿下!!?」
お母様の前で一体何を言い出す気なのだろうか。
不敬に当たると分かっていても、シルヴィアはユリウスの口を手で押さえてしまった。
「シルヴィア、殿下になにをっ…!」
慌てたお母様の声にすぐに手を離そうとしたが、その手をユリウスに取られてしまう。
「そんなに私との秘密にしたいかな?なら、ゆっくり話そうか」
ねぇ?
目を細められ、シルヴィアは曖昧に頷くことしか出来なかった。まさかお母様の前で手紙を読まれるわけにもいかないし、殿下と、上手く行っていないことを言えるはずもなかった。
しかも最終的には婚約破棄される未来なんて。
「夫人、申し訳ないがシルヴィアと少し話しても良いだろうか?城には遅くなると連絡している」
「勿論それはよろしいのですけれど…」
困ったように私を見るお母様になんとか笑顔を返す。
「大丈夫ですわ、お母様。婚約者ですもの、最近は忙しくて顔を合わせていられませんでしたし…風も涼しいですから、庭でお話などどうですか?」
家の中だと使用人が聞いているかもしれない。それに庭なら、まぁ怒った殿下がそういうことをする確率はなくなるはず…と信じたい。
「けれどシルヴィア、もう暗いわよ」
「そうだね。私は部屋でいいんだけれど」
にこにこ、相変わらず怖いほどの笑顔を見せるユリウスに、背中に汗が伝った。
「お、お兄様が来るかもしれないでしょう?今夜は晴れていて月が綺麗ですし、外でゆっくり話しましょう?」
「それもそうね。あの子、本当にシルヴィアが好きだもの」
「…ならそうしようか。夫人、また後で」
「えぇ、ごゆっくり」
家の庭に出る扉の前には、やはりバルトが立っていた。何かあった時に殿下を止められるのは彼しかいない。
「…それで?誰かに聞かれて困ることでもあるから外へ出したのかな?」
昼間に家族でティータイムを過ごすベンチにユリウスが腰掛ける。その時にはもう真顔になって、手紙を握り締めていた。
その様子を少し離れたところからバルトが見守る。
「そうですわね。さすがの私も、その手紙を他の誰かに読まれてしまうとどうしようもありませんので。…返して頂けますか?」
「それは出来ないね。婚約者の浮気の証拠を易々と渡すわけにはいかないだろう?」
その言葉にほんの少し苛立ってしまうのは、これは今の私にとってゲームではなくリアルだからだ。
「では殿下は、婚約者の浮気を許す方ではないと?」
「…それは認めたという風に受け取っていいのかな?」
「違います。そもそも何故その手紙を」
「言い訳や御託はいいから、婚約解消の意味を教えてくれる?」
何を問うたところで結局はこの話に戻る。もう避けられないのだと分かると、シルヴィアは隠すこと自体が意味なく思えてきた。
「分かりました、では言います」
正直、他の女に寝取られる前に婚約をなかったことにしたい。そうすれば新しい道も拓けるかもしれないし、少なくとも悪役令嬢として生涯を終えるルートを回避できるかもしれない。
所詮は理想論だけれど、私は平穏に生きたいのだ。周りから後ろ指を差されるのなんてごめんな訳で。
(…待って。今私が事実を言ったって、彼が理解してくれる?)
前世の話、ゲームのストーリー。妄想だと笑われてしまえばそれまでだし、上手く説明出来るかも分からない。
「…待ってください」
「なに?」
「少し考える時間を下さいませんか」
「なにを考えることがある?君は俺が聞いていることに答えればいいんだよ」
彼が何を聞きたいのか分からない。ーーいや、考えなくとも分かることだ。彼はヒロインと出会ったのだ。ヒロインに惹かれ始めた今、私の有責ということで婚約をなくしたいのだろう。
だからこうしてこんな時間に、そんなものを持って足を運んだのだ。私を確実に潰すために。
(…そんなことをしなくても、ちゃんと別れるのに)
ここまでされると段々と虚しくなるじゃないか。胸がズキズキと痛むし、頭も麻痺したように動かない。
「言いたいことをまとめる時間を下さい。明日には私の方から会いに行きますから」
「そんなまどろっこしい事をせずにここで言えよ」
「…何から言えばいいのか分からないのです」
そう言うと、しばらくの無言の後、ユリウスがゆっくりと息を吐いた。
「……明日だ。待つ代わりに、俺のことを愛していると言え」
ルシウスの目がこちらを突き刺す。王子に愛を囁きながら浮気した婚約者という像を作りたいのだろうか。
長年の婚約者だというのに薄情だと思うけれど、彼もきっとヒロインと結ばれるために必死なのだ。
私はあのゲームが大好きだった。だから彼の邪魔はしないつもりだし、あくまで前世の私の『推し』として応援するつもりだったけれど。
「愛しています、ユリウス殿下」
口にしてしまえばもう、駄目だ。この人が好きだと思った。どれだけ女と遊ぼうが、ゲームのシナリオだから仕方ないと一人勝手に納得して、理解したふりをして。
結局傷付くのが怖かっただけだ。
「…馬鹿だな」
そんな言葉がぽつりと呟かれて、顔を上げる。私のことを言っているのかと思ったけれど、どうやら違うようだ。ユリウスはこれ以上ないくらい、泣きそうな顔をしていた。
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