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聖獣と契約者2 ※
しおりを挟む聖獣の契約を奪った張本人である神殿長は死亡し、エニスは自失したまま意識が戻る気配はない。
魔法の神髄に触れたい──神殿長はそう言ったというが、実際に契約を奪うに至った背景はわからないままだ。
けれど誰がどんな思惑を持とうと、自身の油断が一番の原因だろうとベノアルドは言う。
「おまえと契約を交わしたこの地で、輪廻の巡り合わせが再び訪れるときを待っていた。契約は続いているのだから継承の必要もない。だが王家との関わりがないことで、実態を疑う余地が生まれたのだろう」
平常時であれば、たとえ眠っていても聖獣に近づくことはできない。
だがあのときは、世界を渡ったことで膨大な聖力を失ってしまっていた。
「俺のせいですね……」
「いいや。あれもまた、私が禁を犯したものだ。小さなおまえが毎日泣いている姿に、胸が痛んで仕方がなかった」
ベノアルドは転生のたびに、『彼』の様子を窺っていたのだと言う。魂の繋がりを通して見るだけなら、それほどの力は使わないらしい。
問題は、父神の庇護が及ぶ領域を超えて、まったく別の世界に干渉することだった。
「何度も見ていた。どの世界でも迷い悩み支えられ、幸福を感じるおまえを。そういえば魔素のない世界ばかりだったな」
「嫉妬はしなかったんですか?」
「しないわけはない。だがこれが私の罪なのだと思った」
彼はディエルに嘘をついて契約したことを気にしていた。けれど後悔だけはしなかった。失う以上の後悔はない。ディエルの未練は、ベノアルドにとっての希望だった。
嫉妬はしても、どの生でも彼の幸福を願った。せめて心安らかに輪廻を巡ってほしいと願うから。
それでも一人待つばかりの自分が寂しくて、覗き見るのは数十年おきに数日程度。以前の聖獣がほとんど眠っていた理由はこれだったようだ。
「……俺は過去を見ただけで、ディエルになったわけではなくて……。思い出すといっても断片だし、その、他の人生なんて、まったく……」
「かまわない。私はヨアンだから愛おしいと思う」
腕に抱いたヨアンのこめかみにキスをして、ベノアルドは慈しむように微笑んだ。
「性格も考え方も環境により変わるものだろう。だがおまえの心はいつも逞しかった」
どの人生も同じものはなく、けれど変わらない共通点を見つけると愛しさが増す。ベノアルドはそうしてずっと、一つの魂を見守り続けてきたのだ。
「今のおまえの声で、私の名を呼んでくれ」
名前を呼ばれたがるのも、契約を守るためだけではなかったのだと気づく。
一方的に見守るだけだったベノアルドの元に、ようやくヨアンは還ってきたのだ。
「ベノアルド様……」
「目覚めたときはベノアと呼んでくれたのに」
「あ、れは、だから、夢と混乱して……っ」
ヨアンの言葉遣いはもうだいぶ以前から崩れているのだが、ベノアルドはそのほうが好ましいと言う。
けれど過去を知ってもヨアンはヨアンで、強いて言えば前世の少年から地続きだと思う程度だ。
「他人行儀だな……」
「た、他人では!?」
ベノアルドがとても悲しそうな顔をするのだが、ヨアンはどう答えていいかわからない。ずっと身の程知らずだと思っていたから、ここに至ってもまだ実感が伴っていないのだ。
狼狽えるヨアンにベノアルドは意味ありげな笑みを浮かべ、その唇で撫でるように耳をくすぐった。
「私の伴侶がつれないことを言う。……では、ひとつになろうか」
「ひ……」
身を竦めて反射的に逃げようとしたが、すぐにつかまってしまった。
ベッドに運ばれる間も愛しくてたまらないと見つめられ、羞恥のあまり肩に顔を隠せば機嫌よく笑われる。
ヨアンを抱えたままベッドに座り、ベノアルドは「顔を見せてくれ」と耳元で囁いた。その乞うような声に、切ないほどの愛しさが溢れ出す。
顔を上げたヨアンは手を伸ばし、形の良い頬の輪郭を辿るように指先で触れた。大きな手が重なって、深く口づけられる。熱い舌が歯列をなぞって口内を舐り、唾液を交換するような激しさに背筋がじんと痺れてしまう。
ヨアンはすっかり夢中になって、ベノアルドの頬を何度も撫でて縋りついた。男がふっと吐息のように笑ってみせるのさえ、心地よい快感だった。
(ああ……本当に、俺がこの人の伴侶になったんだ)
許される関係ではなく、互いに求め合う関係。
それでいいんだとキスをせがめば、望む以上の強さでむさぼられる。もっと、と強請るヨアンの首筋に吸い付きながら、服を乱したベノアルドの熱い手のひらが肌を撫でまわす。
剥き出しになった胸の尖りを摘んで弾き、舌で転がすように愛撫されるとぞくぞくと腰が痙攣した。
「ん、ん……っ」
「ヨアン」
ベノアルドは体中にキスをしながら、角度を変えるたびにヨアンの顔を覗き込んだ。目を離すなと言われているようで、彼の瞳を見るだけでどんどん熱が煽られる。
「ああ……っ」
ヨアンの陰茎に男の端正な顔が近づいて、見せつけるようにゆっくりと口に含んでいった。悶える腰を押さえつけ、後孔には深く指が潜り込む。
「あっ、だめ、どっちも……!」
同時に前と後ろを刺激されて、痺れるような快感に背が反りかえる。
浮き上がる腰は逃げるようでもあり、男に押し付けているようでもあった。逃げれば追い、求めればより執拗に。熱い粘膜に包まれて強く吸われ、竿を丹念に舐められると、ヨアンの若い体はあっという間に高められてしまう。
「あーっ! あ、や! い、くぅ……っ!」
がくがくと腰を震わせて吐精するのに、まだ離してもらえない。同時に奥の感じるところを硬い指先で捏ねられて、追い打ちをかけるようにまた絶頂した。
くたりと全身の力を抜いたヨアンから一度離れて上体を起こし、ベノアルドが自身の服を脱ぎ捨てる。広い肩と分厚い胸板。筋肉の陰影も濃く、均整の取れた美しい体だ。
この完璧な存在に愛されている。ヨアンはこくりと息を飲み込んで、そうっと男に手を伸ばした。ベノアルドは微笑んでその手を取ってくれる。
背を抱かれて持ち上げられて、汗ばんだ肌が触れあうとほっとした。たくましい肩にキスしながら何度も背中を撫でていると、まるで咎めるように耳たぶを齧られる。
「止まらなくなるぞ……」
「あ……っ」
尻を鷲掴んで持ち上げると、再び後孔に指が差し込まれた。広げるように内側を掻きまわして、向かい合う形でゆっくりと降ろされる。
「あっ、ふか、く、なる……っ」
「大丈夫。気持ちがいいだけだ」
そう言うと、ずずっと内壁を擦りながら、深いところに男の熱が沈み込んだ。
ヨアンは目が眩むような快感に嬌声を上げ、大きな体にしがみついた。迎え入れた奥が歓喜に疼いている。男の腕に閉じ込めるように包まれて、硬い腹筋に擦られた陰茎からはしとどに先走りが溢れていた。
「ああ……っ、おく、おく……っ」
下から突き上げ揺らされて、ヨアンは強い快感に背を反らせながら泣き喘いだ。カサの凹凸もわかるほどみっちりと埋め込まれ、敏感な襞を深く抉ってまた強く押し込まれる。
一突きごとに体の奥から湧き出る熱が、指先まで快楽に染めていく。
(溺れそう)
もがくようにベノアルドの髪をかき乱し、ヨアンは男の唇に吸い付いた。舌を絡ませ吐息を交換しながら、もうこの人なしでは息もできないと思う。
ベノアルドがヨアンの左肩に歯を立て、慰撫するように何度も舌を這わせた。
腰を掴む指の力は強く、きっと痣になるだろう。その余裕のなさと耳に吹き込まれる荒い息遣いが、確かに男も感じているのだと教えてくれる。
激しくなる動きに翻弄されて、ヨアンは何度も絶頂を繰り返した。
「あ……っ、ああ……っ」
「……っ、ヨアン……!」
男の長い吐精の間にも、ひくつく体は簡単に昂ってしまう。さらなる官能を誘うように背を撫でるベノアルドに、ヨアンは心が深く満たされていくのを感じていた。
体を繋げるのははじめてではないのに、ようやく結ばれた気がしたのだ。
「……ベノア……」
名を呼ぶと、ベノアルドは熱のこもった眼差しでヨアンを見つめた。その頬に自分の頬を摺り寄せれば、背を抱く腕に力がこめられる。
ずっとこうしていたい。けれど彼としたいことは、まだ他にもたくさんあるのだ。
「落ち着いたら……、旅に、出ましょうか」
「旅に?」
「はい。風を送るというのを、見届けたいなと思って。俺が一度、契約を破棄してしまったから……」
「ヨアンが気にすることはない」
「罪悪感だけ、でもなくて」
ヨアンは両手でベノアルドの頬をそっと包み込んだ。
『彼』の願いはヨアンの願いで、彼が望んだように、ヨアンもベノアルドには自由であってほしかった。
「鳥のように空は飛べないけど、ベノアルド様が大地を駆ける姿は見たいです」
「では私の背に乗せてやろう。ようやく巡り合えたのだから、離れるのはまだ早い。ともに駆ければいいだろう?」
愛しげに目を細めるベノアルドに頷いて、ヨアンは「約束ですよ」とその唇にキスをした。
祝福の風を追いながら、旅する隣には彼の大好きな宝もの。
それはきっと美しい景色が見られるに違いない。
◇◇◇完
◆本作を読んでくださりありがとうございます。なんとか無事に完結することができました。お気に入り登録やいいねや感想にも励ましていただきました。どこか少しでも好き!おもしろい!と感じてもらえたら嬉しいです。
◆こちらは第12回BL大賞に参加しています。ぜひ応援の投票をしていただけましたら幸せです。
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石崎芳光さん
完結お祝いありがとうございます!
最高って思っていただけて、最高に嬉しいです✨✨
楽しんで読んでもらいたい!の一心ですので、ご感想教えていただけると本当に幸せです🥰
最後まで読んでくださりありがとうございました!!
完結おめでとうございます!Xから知り一気に読んでしまいました!とても面白かったです!BL小説も小説サイトで小説を読んだことも殆どなかったのですが、これを期に沼にハマっていく予感がしています…笑
はさん、完結お祝いありがとうございます!
ひえ、え!もしやこのお話がBL小説デビューに近い感じでしょうか…!?それは大丈夫かな…!?💦
でもBL小説の神作品もめちゃくちゃたくさんあるので、この先とても楽しみな予感がしますね、羨ましい!😆
ぜひ沼ってください〜!そのキッカケ作りができたなら、とてもとても光栄です!!
嬉しいメッセージをありがとうございました💖
すごく面白くて毎日毎日読み返してました!
完結おめでとうございます♥
これで終わると思ったら…番外編とかないですか?( ;∀;)と思うくらい寂しい…
みみみみみさん、完結お祝いありがとうございます!
読み返しすごく嬉しいですー!
こちらは大賞参加作ですが月末まで引っ張らず早めに完結させようとしたものの(緊張が強すぎて…)終わると自分でもなんだか寂しい…💦なので読んでくださる方にも寂しいと思っていただけるの、とても幸せです☺️
主人公の家族や神殿生活その後とか気になることはまだあるけど、番外編としては今のところ書いてなくて…でも続きは?と気にしていただけるのも嬉しい!!
読んでくださる方が1人でもいるんだなーと思うと、うずっとして妄想膨らみます。
暖かいコメントありがとうございました!