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聖獣と契約者1

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 途絶えた祝福に対しては、王家の名で各所に急ぎ伝令が送られた。
 戦時中でなかったことだけが唯一の救いか。医療関係を中心に、騎士団でも何らかの作戦を実行していた隊はあるのだろうが、深刻な問題は起こっていないと聞いている。
 ただ、聖獣ベノアルドの祝福範囲はアレイジム王国に留まらない。そのため関係諸国に向けても説得力のある言い訳が必要だった。宰相や外交関連の役人たちは、寝る間も惜しんで働いているらしい。

 ヨアンは王家に乞われて、自身の名前を出すことを了承した。正直に新たな契約者が現れたと説明するほうが、抑止力になると言われたためだ。
 過去の不完全な契約が引き起こした悲劇を見たヨアンも、それには納得するしかない。
 話を濁すだけでは、介入する隙があるのではと疑われる。神殿長の裏切りは認めながらも、より強固な絆で結ばれた契約者が現れたとなれば、それはすでに収束した出来事だ。
 王家の評判は落ちるだろうが、聖獣を抱える王国の立場は守られる。
 さらに相手が十角紋となれば、存在自体が脅威。迂闊に手を出すこともできない。

 もちろんこの言い訳を武器にするからには、『新たな契約者は王家に忠誠を誓った騎士である』と明言する必要がある。
 国民の支持が分かれるのは避けたいし、野心ある騎士と見なされれば、他国も何を言ってくるかわからない。
 ヨアンはこれらを含めたうえで、王家の提案を受け入れた。
 代わりにアレイジム王国は、『この忠誠に報いるため、契約者に手を出せば国として報復を躊躇わない』と宣言することになる。
 つまりヨアンを引き止めるため、実態としては王家こそがヨアンの守護者となるのだ。

 諸々の下準備のため、ヨアンの元には連日のように王家から使者がやってきた。
 ベノアルドとゆっくり話す時間さえ取れないが、自分が引き金になった混乱と思えば受け止めざるをえない。
 それらもようやく目途がつきそうだと、シルビオ殿下から面会の申し入れがあったのは、再契約の日から二週間が過ぎた頃だった。


「他国に向けては、明日正式に発表される。多少のパフォーマンスは必要になるだろうが……無理にとは言わない。形だけとはいえ、君に騎士の忠誠を強要すれば、即刻祝福が途絶えてしまいそうだしね」

 マリウスを伴って神聖堂を訪れたシルビオは、ヨアンを表舞台に立たたせるつもりはないと念を押した。
 王家と良好な関係であることを見せる必要はあるが、その機会も極力限定させる。もともと聖獣が人前に姿を見せないことは常識になっていたし、今後は神事の必要性や内容も見直されるだろう。騎士として求められる礼節を守っていれば、それで十分だという。
 ヨアンは今回の件を受けて、王国騎士団に転属となっていた。王家に最も近い第一騎士団所属だ。
 それに伴い、第五隊長だったマリウスも第一の副隊長に任命された。ヨアンの代理人のような立場だが、団の格が上がるため、彼自身も昇格になるらしい。

「祝福を人質のようには使いませんよ。……私たちは、静かに暮らしたいだけです」
「王宮神殿の人員はすべて入れ替える。住みたい土地があるなら手配しよう」
「そこまでしていただかなくても」

 所属は変わったが、ヨアンは今まで通り神殿騎士を兼ねて王宮神殿に暮らしている。ただしその生活拠点は騎士館ではなく、ベノアルドが暮らす神聖堂だ。
 彼の部屋は火事で焼けてしまったため、修復されるまでは別の部屋を仮住まいにしている。それでも特に不満も不足もない。
 今や神殿騎士たちと隊長は、ヨアンの顔色を窺うのに必死ですっかり大人しくなってしまった。神官たちはもともと差別的ではなかったが、聖獣に対するのと同じ態度で接してくる。人員を入れ替えたところで、これらは変わらないだろう。
 だからヨアンは、「メナールが希望するなら彼にだけは便宜を図ってほしい」と伝え、それ以外はマリウスに任せることにした。

「外出は自由ですか?」
「もちろんだ」
 マリウスは苦笑いし、ただし出かけるなら一言言ってくれ、と付け加えた。
「殿下。私をオルストンから除籍してください。もうされてるかもしれませんが」
「オルストン侯爵が君を連れ戻そうとしているらしい。王家とカヴァラス公爵家が盾となろう。君に新しく公爵位を与えれば、面倒ごとも減るかもしれないが……」
「貴族位などはもう、煩わしいだけです」

 ヨアンが首を振ると、シルビオもそれ以上は薦めずに「そうだな」と頷いた。
 侯爵が自分と接触を持とうとしていると聞いても、心が動くことはない。幼い頃には確かに愛情を与えられたのだろうが、もはや前世以上に遠い記憶だった。
 聖獣の契約者というだけで身分は保証されるので、爵位にこだわる貴族たちも文句はないだろう。

 その後もいくつか情報交換をし、ひとまず事態が落ち着くまでは王都を離れないことを約束して話を終えた。
 二人を見送るために席を立つと、マリウスが振り返って部屋の奥へ視線を投げる。
 少し離れたソファでは、会談中からずっと気配を消してベノアルドが読書をしていた。話に加わってこなかったのは、まるごとヨアンの判断に任せているからだ。もしこちらが不利になりそうだったなら、すぐに割り込んできただろう。
 マリウスは視線を戻し、ヨアンをじっと見つめた。

「ヨアン。俺はおまえの幸せを願っている」
「……はい。マリウス様。私も同じ気持ちをお返しします」

 ヨアンにとってマリウスは家族以上だ。
 彼がいるからアレイジムに残ると決めたようなものなので、王国にとってもマリウスの価値は上がったことになる。それが少しでも彼の力になるなら、ヨアンはマリウスにだけは利用されても構わなかった。
 マリウスは優しく微笑むと、まるで子どもにするようにヨアンの頭をぽんぽんと撫でた。そして背後に向けて深く一礼をする。
 立ち去るマリウスの背が扉の向こうに消えると同時、ヨアンは背後からベノアルドに抱きしめられていた。

「あの男は?」
「幼馴染みです。マリウス様だけは、ずっと俺の味方だったので……」
「なるほど。やはりあれが二人のうちのもう一人か」

 一人はメナールだと察しているようで、ベノアルドは納得したように頷いた。
 再契約の日からマリウスに気づいてはいたようだが、邪念はないからとあえて問い質すことはしなかったらしい。

「おまえが大切だと思う者なら、私も気にかけておこう」
「ありがとうございます」

 家族に似た愛情をベノアルドも認めてくれたようだ。感謝のキスを送ると、男は晴天の瞳を愛しげに細めてヨアンの体を抱き上げた。

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