【完結】祝福をもたらす聖獣と彼の愛する宝もの

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奪還2

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 ベノアルドが背を撫でる感触すら追い打ちになる。
 むすりとして腕を押し返すと、男は楽しげに笑いながら押されるままに手を離した。どうもヨアンの不機嫌が嬉しいらしい。
(こっちは本気で心配してるのに)
 ますます不貞腐れた気分になってしまうが、ベノアルドはそんなヨアンにますます笑みを深め、中空を掴むようにひらりと腕を振った。

「早ければ早いほうがいいな。今ならまだ人の気配が多い。懸念点は鍵と言ったか」

 そう言って差し出したのは、ブレスレットの形をした青い石。聖獣が作り出す魔法石だという。通常は魔素濃度の高い鉱石に魔法を付与するものたが、聖獣が作るのだからその純度は言うまでもない。
「ドアノブにかければいい。おまえの手から離れれば、周囲を風の斬撃で切り刻む」
「……」
 岩も砕くと言われて、思わず身を引いてしまった。
 確かに室内への突破手段は迷うところではある。どこかで武器を調達できればと思っていたが、ヨアンが思う以上にベノアルドの発想は豪快だった。

「神殿長は私が引き受けよう」
「!」

 恐る恐るブレスレットを手首につけたヨアンは、その言葉にはっと顔を上げた。
 神殿長は契約を奪った張本人なのに。だめだと言いかけるヨアンを制し、ベノアルドはさらに続けた。

「あれ自身は無力な人間だ。取り込むこともできない契約を持ち歩けるはずもない。そのうえ、干渉を受けたとはいえ、近づけば私に戻るだろうしな。おまえの障害にならぬよう、ここへ向かわせよう」
「……どうやって?」
 彼が動けば警戒される。そう聞いたばかりだ。
「騒動を起こすのだろう?」
「え」
「ここでも騒動を起こそう。聖堂はおまえたちに任せる」
「騒動って……」

 ベノアルドがとてもいい笑顔を見せるので、ヨアンは逆に不安になってしまった。ブレスレットといい、おそらく少なからず人と感覚がずれていると思うのだが。
(でも、黙っていくこともできないし……)
 本音では何も言わずに行きたかった。けれど難しいだろうなとも思っていた。ベノアルドは心の中までは読めないが、ヨアンの機微に敏感だ。誤魔化されてくれないかとの願いも空しく、結局は手を借りることになっている。
 とはいえ彼自身も当事者であり、ヨアン以上に怒りを抱いているのだ。これは当然の主張といえた。

 歯がゆい思いで項垂れるヨアンの首筋を、ベノアルドの指先がくすぐっている。反応してしまいそうな触れ方に、ヨアンは慌てて首を振ってじとりと男を見上げた。
 今はだめだと言うくせに、こうして触れてくるのだから意地が悪い。
 けれど揶揄っていると思ったベノアルドは、憂慮するような眼差しでヨアンを見つめていた。

「加護も届きにくいようだな……。表層だけだが、大抵のものは防げるはずだ」
 せっかく与えてくれた加護も、彼の満足のいく効果は出ていないらしい。
 祝福が届かないのと同じ理由だろうか。ヨアンは拒絶したくないのに、ベノアルドにはそう感じ取れてしまうようだった。
「……では、このブレスレット、もう一つください」
「ふ」
 だから欲しがった。決して便利そうだからではない。
 ヨアンのおねだりはベノアルドのお気に召したらしく、腕を取られて直接ブレスレットがはめられた。そうしてそのまま握った手を持ち上げ、指先にキスをする。

「離れるのは今回限りだ。次からはともに行こう」
「……はい」

 未来を約束する言葉が嬉しい。
 ヨアンはその指でベノアルドの唇に触れ、求めるようにそっと頬を引き寄せた。


◇◇◇


 聖堂のざわめきは、神聖堂までは届かない。
 そもそも神聖堂は頻繁に出入りがあるような場所ではないので、今日は特に人の姿を見なかった。迷い込む者がいないかと、外の巡回が強化されているのだ。
 ヨアンは厨房で食器類を片付けたあと、今度は酒を持って再びベノアルドの部屋を訪れた。
 その後は目立たないように神聖堂を離れて、騎士館へ向かう。そこで洗濯をしているはずのメナールを探した。量が多いため、いつも午前一杯かけているのだと聞いている。

 見つけたメナールは、一人でくるくると動き回っていた。大量の洗濯物を押し付けるくせに、時間をかけすぎだと叱られる。ヨアンと親しいがために、面倒ごとはすべて彼に集中しているのだ。
 学園と違って期限もないのだから、逃げ出したい気持ちは理解できる。

 彼を巻き込んでよかったんだろうか。今もまだ迷ってる。
 ヨアンのせいで身の置き所をなくし、ヨアンのせいで国を追われるはめになる。メナールは貴族や神殿騎士たちに嫌気がさしただけだと言うけれど、責任を感じないわけにはいかなかった。

「ヨアン様?」
 立ち尽くすヨアンの視線に気づいたのか、メナールが振り返る。その表情を見て、ヨアンははっと息を呑んだ。
 何か問題が起こったのかと深刻そうに眉を寄せるメナールは、ヨアンと同じくらい当事者の意識を持ってくれている。
 無関係な彼がそこまで覚悟を決めているのに、ここで自分が躊躇うわけにはいかない。
 ヨアンは迷いを捨て、まっすぐにメナールを見つめた。
「──このあと聖獣様のお部屋に火をつける。その後の作戦は前倒しに」
「!」
 近づいて小声で伝えると、彼は目を見張って口元を緩ませた。
「すぐに移動します。勝率が上がりましたね」
 メナールはベノアルドの協力を察したようだ。
 この作戦のため、彼にはすべてを打ち明けた。ヨアンが契約者であることも、聖獣が契約を奪われていることも。ヨアンが神殿長の部屋に忍び込む目的も。

「最後にやりがいのある仕事を任せていただいたこと、感謝します。ヨアン様」
「ありがとう……メナール」

 見届けられなくても、必ずどこかで耳に入る。それほどの大事件だ。メナールは話を聞き終えたとき、そう言った。
 きっとこれが最後だろう。敬礼して立ち去るメナールを見送り、ヨアンもまた感傷を断ち切るようにその場をあとにした。

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