【完結】祝福をもたらす聖獣と彼の愛する宝もの

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エニス登場3

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 渡された指輪をつまみ上げ、恐る恐る小指に嵌めてみる。節に引っかかって少し小さい。少年の頃は大きかったのに。

「聖力を失った理由としては、これ以上なく納得できる。その無防備なときに残りを奪われたと考えれば……油断したな」

 世界を渡るリスク。ヨアンには想像もできないが、彼が著しく力を落としてしまうほどの行動だった。そしてそのリスクの先にいたのは前世のヨアンだ。

「弱った状態の私から契約を奪うことはできても、簡単に書き換えることはできない。ただし奪われた私がそれを忘れてしまえば、いずれ契約自体が衰える」
「……そんな」
「おそらく一部干渉を許し、取り込むことができたのだろう。私の意思を伴わない不完全な契約ではあるが、それに耐えられる者がいるとすれば……祝福上位者、か?」
「!」

 はっと息を呑む。祝福が多く出た者ほど、聖力を受け取りやすい。下位の者は耐久力が足りないが、上位の者は畏怖という防御が働くため、ある程度は耐えられるのだそうだ。

「……彼は六角紋でした」
「六角か。その程度であれば、衰えた聖力といえども耐えられるとは思えないが」
「その程度って、現在の最高位ですよ」
「なにが最高位だ。中程度だろう」
「中程度……?」

 世界を見渡しても六角紋以上の祝福持ちはいない。過去に確認された最高でも八角紋。六角紋が中程度なら、まさか伝説の十角紋は現実にあり得るのだろうか。
 ヨアンは自分の紋なしを見下ろして途方に暮れてしまった。六角紋が一人いるだけで軍事力に十倍の差が出るとまでいわれるのに。これを彼の目に触れさせることすら罪深い。
 ベノアルドもヨアンの視線に気づいたようで、神妙に眉を寄せた。

「おまえの紋は歪だが……それは形のことではない。おまえ自身は無力なのに、私の祝福を拒絶するほどの抵抗力を持っていることが矛盾している」
「拒絶など……」
「そうだな。無意識のようだが、聖力に抵抗するのだから尋常ではない」

 聖獣に尋常ではないと断言されてしまった。
 ヨアンは複雑な気持ちで紋を見下ろした。恥ずべきものであったのに、今は得体が知れず不気味に感じてしまう。

「ま、魔物化したりは?」
「祝福同様、魔素さえも跳ねのけているようだから魔物化はしない。ただ、祝福だけ届いても魔法が使えない可能性はあるが……」
「そう、なんですか……」

 安心していいのか、なおさら不気味に感じるべきか悩んでしまう。
 ヨアンの昂っていた感情はすっかり勢いを失っていた。
 ベノアルドは悄然と項垂れるヨアンの手を開き、つまみあげた指輪を再び肩に触れさせた。

「ヨアン。私は契約を奪われたが、聖獣として生まれた意味や、神から与えられた知識まで失ったわけではない。これを持つおまえこそが契約者であり、私が求めるのはおまえしかいない」

 光の塊がするりと鎖骨付近に溶け込んでいく。じんわりと温かく感じるのは気のせいだろうか。
 ベノアルドにここまで言われて疑い続けることはできなかった。それでも喜びよりも自己嫌悪が勝るのは、自覚してしまった醜い感情のせいだ。

「……俺は、あ、浅ましいんです。伴侶と聞いて嫉妬した。貴方が誰かを思うことが耐えられないと思ったんです。……貴方が、世界を超えてまで会いに来たのは、俺じゃないから……」
「だが、私はそのことを覚えていない」

 だからそれが、と言いかけて、ヨアンは言葉を飲み込んだ。
 ベノアルドは契約を結ぶに至った過程を知らないままに、ヨアンを認めてくれた。契約の欠片という証拠はあるが、認めず取り上げて破棄してしまえばよかったのに。

「今の私がおまえと出会い、拒絶しながら感謝を捧げようとする不審なおまえを見守ってきたんだ」
「不審……」
「うるさいほどの視線でずっと私を見ていただろう。わずかな邪念もなく、その献身に偽りがないことはすぐにわかった」

 不審だったのか、とヨアンは熱い顔を隠すように俯いた。
 視線がうるさいと何度も注意されたが、思えばあの頃からとっくに浮かれ切っていたのだろう。
 そのくせ最も重要な祝福は拒むのだから、不審に思われても仕方がない。

「……貴方の祝福を、拒絶したいわけじゃないのに……」
「祝福が届かないなら、私が直接守ればいい」

 耳元で囁くように告げられて、ヨアンの心臓が大きく跳ねた。
 今さらながらに距離が近い。逃げようと身じろぐも、阻むように腰を抱かれて逆に引き寄せられてしまった。

「不足か?」

 重ねて耳に吹き込まれた声に、ヨアンの背がぶるりと震える。何を不足と言っているのだろう。混乱して何も考えられない。

「みっ、身に、余る……ご厚情を……」
「ヨアン。聞きたいのはそのような言葉ではない」

 顎の下を撫でられて、くいと上向かされる。暖かな晴天の瞳が、ヨアンのすべてを許すように見つめていた。ヨアンの浅ましさを知ったのに、その先を聞きたいと促してくる。
 逆らえるはずがなかった。
 ヨアンは観念して、懺悔するような気持ちで本音を口にする。

「……嬉しい、です……」
「ああ。おまえが喜べば私も嬉しい」

 愛しげに細められる眼差しが、ヨアンの胸を切なくうずかせた。

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