【完結】祝福をもたらす聖獣と彼の愛する宝もの

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ケビン2

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「は……?」

 知らない言語を聞いたかのように、ヨアンは思わず呆けてしまった。

(唐突に何を)
 意味がわからず硬直している隙に、男の膝が股間に強く擦りつけられる。

「うわ、なっ、に」
「俺に縋って助けを求めろ。お情けをください、とな。そうすれば囲ってやるよ。うちは公爵家ほど品格を気にしない。『使える』体があれば十分だ」
「……っ」

 上から体重をかけて肩を押さえ込み、見下ろす顔はまるで捕食者のようだった。
 舐めるような眼差しに背筋が粟立つ。それが色欲の目だと気づいて、ヨアンは愕然とした。
 ベルトを緩めてズボンを下ろそうとする手を慌てて掴む。体勢が悪くて力が入らない。

「やめろ!」

 身を捩って暴れるが、舌打ちした男にガツンと頭を殴られる。
「うう……っ」
 くらりとして力が抜けた一瞬に、下半身が剥き出しにされてしまった。じたばたと暴れるが、絶望的に劣勢だ。

(こんな男のものになるなんて、冗談じゃない)

 同じ提案でも、マリウスはヨアンの選択に委ねてくれた。だがケビンは強引に奪おうとする。これは庇護でもなんでもない。ただの欲望だ。
 ぎらついたケビンの目が近づいてきて、顔を逸らす。首筋をべろりと舐める感触が気持ち悪い。吐きそうだった。
 男の顔面にこぶしを振るうが避けられる。下腹部に伸びる手を払って身を捩った。
 どこかにチャンスはあるはずだと、ヨアンは無我夢中に抵抗を続けた。

「この、おとなしくしろ!」
「するわけ…っ」
 ヨアンも厳しい訓練を受けた騎士なので、そう簡単には負けられない。徐々に苛立ちを見せるケビンは醜く顔を歪めて、ヨアンの襟を締め上げた。

「ちっ、懇切丁寧に説明してやったのに、まだ状況が理解できないのか? 楽しませてやろうと思ったが、調教が先だな」
「あ!? ……ぐっ」

 ばちん! と全身に痛みを伴う鋭い衝撃が走った。
 両腕がぱたりとベッドに落ちる。麻痺の状態異常魔法だ。痺れた体はひくひくと痙攣し、自力で動かすことができない。
 ケビンはにやりとヨアンを見下ろすと、ゆっくり体を起こした。焦らすように下着ごとズボンを取り払われても、声を出すことすら出せなかった。
 ヨアンの足を大きく開かせて、くたりとしたままの陰茎を握り込む。

(……また、壊されてしまう)

 ヨアンは茫然と、『最後の日』を思い出していた。
 あの人の宝ものが守れなかったと後悔したときと同じ。今度こそと思ったのに、また誰かの手で壊されそうになっている。

(でも、今の俺は、あの人の宝じゃないから……)

 聖獣に愛された宝でないなら、こだわることもないのだろうか。

「う……」
 後孔に指を突き入れられて、痛みに顔をしかめる。いやだ。耐えられない。
 どうしていつもうまくいかないんだろう。ひたすらに、できることをしてきただけなのに。
 彼らはいつも搾取する。都合のいいことばかり言う。思いは届かない。自分はただ──。

(……誰かにとって、たった一つの宝ものに、なりたかっただけなのに)

 じん、と左手の甲が熱を帯びる。
 その瞬間、ヨアンは状況を忘れて目を見開いた。何かを思い出しかけたような……。


「──何をしているんですか!」

 そのとき、大きな音を立てて扉が開かれた。
 続けて聞こえた声に視線だけ動かせば、バタバタと駆け込んできたのは三人の神官たちだ。すぐに状況を察したのか、一人が指示をして二人の神官がヨアンの上に跨るケビンを引き剥がした。

「違う…! これは誤解ですよ!」
「大丈夫ですか」

 騒ぐ男を背に、一人の神官がヨアンに声をかけた。
 麻痺のため身動きできないことに気づくと、眉を寄せて回復魔法をかけてくれる。少しずつ指先の感覚が戻ってきて、ヨアンはほっと息を吐いた。

「私は被害者だ! こいつ…っ、ヨアン様が私を誘惑したのですよ!」
 後ろ手に拘束されながら訴えるケビンを見上げ、ヨアンは呆れてしまった。苦し紛れにもほどがある言い訳だ。

「いつも、同じような手口で……。私が何も、対策してないわけがないでしょう」

 まだ痺れる腕をなんとか動かして、首元からネックレスを引きずり出した。
 アクセサリーにするには大きな魔法石、そこには収音具が取り付けられている。録音用の魔法道具だ。

「! きさま……っ」
「やめなさい!」

 暴れるケビンを神官たちが押さえつけている。さらに男の手首には太いブレスレットが嵌められた。魔力封じのアイテムは、監督以上の神官が持つことを許可されたものだ。
 ケビンは抵抗手段を封じられ、「これは間違いだ」とわめきながら二人の神官に引きずられていった。
 声が遠ざかると、ヨアンは全身の力を抜いてベッドに倒れこんだ。まだ混乱がおさまらない。
 自分が欲望の対象にされるなんて考えたこともなかった。ヨアンの意思を必要としない暴力に、今さらながらに恐怖が込み上げる。

「起き上がれますか」
 一人残った神官に声をかけられ、はっと顔を上げた。
 そういえばまだ礼も言っていない。手を借りて体を起こすと、ヨアンは証拠の録音道具を手渡しながら頭を下げた。

「ありがとうございます。……あの、メナールは」

 姿を見せないメナールはどうしただろう。彼がケビンに役割を譲ったとは考えたくないが、もしそうでないなら何か問題が起こったはずだ。
「厨房の冷蔵室に閉じ込められていました。あまり時間も経っていないようなので、おそらく軽症で済んだでしょう」
「そうですか……」
 やっぱり無事ではなかったらしい。それでも発覚が早かったのは、お互いに幸いだった。
 ただ、安堵するものの心は痛む。またヨアンのせいで彼を巻き込んでしまったのだ。

「申し訳ありません。お手数をおかけしてしまいました」
「謝罪の必要はありません。あなたを呼びに行くところでした。そこでケビンの不自然な行動を聞き、危険な魔法の行使も確認されたため、必要な対処をしたまでです」
「私を呼びに?」
「はい。聖獣様がヨアンを連れてくるようにと」
「聖獣、さまが」

 びくりと肩が跳ねる。それはどういう意味だろう。
 顔を見たいなどと好意的な理由で呼び出すはずはない。それよりも今は会うのが怖くて、心臓が竦んでしまう。
 自覚した感情の整理はまだできていない。そんな中でぶつけられた悪意と欲望。
 聖獣の無事な姿は見たいけれど、いろいろなことが起こりすぎて平静を保つ自信がなかった。

「その前に。これの他に害のありそうな魔法道具は所持していますか」
 ヨアンの困惑をよそに、神官は録音用の魔法道具を示して問いかけてくる。淡々と話を進める神官に溜め息をついた。
 彼らはケビンたちほどあからさまにヨアンを嫌わないが、メナールほど同情的でもない。録音道具を害というが、ヨアンにとっては効果の高い必需品だ。
「それは……よく言いがかりをつけられるので、自衛のために持っていたものです」
 今回のようなことははじめてだが、ケビンは学園でも神殿でも前科がある。部屋に訪れた瞬間に録音を起動させたのは正解だった。
 他でもないケビンが指摘したように、王宮神殿にヨアンの味方はいないのだ。この対策を責められるのは、あまりに理不尽すぎる。

「あなたの立場は理解しますが、わずかでも疑惑の元を作らないためにすべて没収します」
「それしか持っていません」

 準備する暇もなかったから、という言葉は飲み込んだ。
 この神官は録音の目的を正しく受け取めてくれたが、逆手に取る者もいるのだろう。だからこそ「疑惑の元」と言っている。
 今後は私物の検査も厳しくなるのかと思うと憂鬱だった。

「動けますか。聖獣様の御前に立つのですから、身なりをきっちり整えてください」
「あ、はい……」
「何も持たず、余計なことは言わないように。私たちは貴方に対する警戒を緩めていません」
「聖獣様に対する反意はありません」
「言葉では何とでも言えます。聖獣様のご厚情に感謝し、行動で示してください」

 取りつく島もない。だが立場上そう言うしかないようだ。ヨアンの疑いは晴れたわけではなく、聖獣が業を煮やして命令したのだという。
 嬉しいと思うには動揺が激しく、まるで断頭台の上に立つかのような気分だった。

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