【完結】祝福をもたらす聖獣と彼の愛する宝もの

文字の大きさ
上 下
11 / 40

自覚

しおりを挟む

 あれからほどなく、聖獣の容体は落ち着いたらしい。
 らしい、というのは、五日過ぎた今も会えずにいるからだ。

 ヨアンは聖獣に危害を加えたとして、自室で謹慎させられている。

 まず真っ先に疑われたのは、紅茶に毒を入れたのではということだった。
 紅茶はヨアンが自ら湯を沸かし、時間を数えていれている。毒など入れるわけはないが、それを主張するのがヨアンだけのため分が悪い。
 ただ実際に調べれば毒は出ないうえに、聖獣には人の毒など通用しない。
 神殿上層部でも「多少は影響があるのでは」、「証拠隠滅したのでは」と意見が割れたが、ではなぜ逃げずに人を呼びにいったのかという話だ。
 神殿騎士団の隊長はヨアンに悪意があったと主張し、神官長は後ろ盾を持たないヨアンの犯行に懐疑的。
 神殿長は慎重な態度を示しているが、結局は前代未聞の事件のため、原因は『紋なし』にあるのではと判断されたようだった。

 それらを教えてくれたのは、初日にヨアンを迎えに来た平民出身の神殿騎士だ。
 メナールと名乗った男はヨアンの一つ年下で、半年ほど前に神殿入りしたという。

「準備金目当てですよ。実家は小さな鍛冶屋を営んでいますが、近年は隣町の工房に仕事を持っていかれてしまって……。打開しようにも、先立つものがなければ手が出せませんから」

 よくある話です、とメナールは苦笑いする。
 王宮神殿内には様々な施設があるのに、本来下働きを任せるはずの神官見習いは一人もいない。
 聖獣の近くに作法を知らない未熟な者を置かないためとされ、代わりに神殿騎士がすべてを担っているのだ。その神殿騎士にも貴族と平民がいるならば、おのずと役割は明確に分けられる。
 つまり国は『準貴族位』という爵位にも満たない称号を言い訳に、金を出して使用人を確保しているようなものだった。

「今はメナール殿が聖獣様のお世話をされているんですか?」
「はい。実はヨアン様がおみえになる以前も、私が担当していました。何かされるわけではないのですが、どうにも恐ろしく……。正直ほっとしていました」
「水汲みや洗濯を押し付けられても?」
「そのくらい、苦にもなりません」

 二画紋の彼には、聖獣の気配はかなり重く息苦しいものだという。
 通常であれば世話役には選ばれないはずだが、何が気に障ったのかケビンたち貴族騎士に目をつけられてしまったようだ。

「メナール殿は」
「あの、それ。どうぞ私のことは、メナールとお呼びください」

 メナールは困ったようにそう言った。貴族と平民には越えられない壁がある。
 たとえヨアンが紋なしでも、貴族というだけで気を遣うらしい。

「神殿では身分差はないんでしょう?」
「その建前を実行しているのはヨアン様くらいですよ」

 まじめですね、とメナールは好意的に評したが、ヨアンはきまり悪く視線を逸らした。
 言い換えれば融通がきかないとは、マリウスにもよく言われることだ。
 思い込んだら曲がらないというのも良し悪しで、どれほどマリウスにフォローされても劣等感を打ち消せなかった最大の理由でもある。
 前世の価値観が混ざって解消した部分もあるが、性格そのものが変わるわけではない。

「……メナールは、聖獣様と話をしたのか?」
「あ、はい」

 あっさり頷くメナールに、ヨアンは胸の痛みを感じていた。
(きっとあの人は人間が好きで、人と話すことも好きなんだ)
 ヨアンだったから会話するのにひと月もかかってしまった。けれど存在自体が不愉快なのだから、それでも十分な成果といえる。

「ですが、今回はじめてお声を聞きました。これまでは、まるでいないもののように関心も向けられませんでしたから」
「え?」
「お名前は出されませんでしたが、ヨアン様はなぜ来ないのかと尋ねられましたよ。恥ずかしながら動揺してしまい、神官長を呼んでまいります、などと答えにもならないことを……」
「……」

(俺を……気にかけてくれた?)

 どきどきと騒ぎだす心臓が抑えられない。
 聖獣がヨアンの不在に気づいてくれた。どうしているのかと思い出してくれた。
 会わなくなれば忘れるのではなく、なぜ来ないのかと疑問に思ってくれたのだ。

(それとも、これが錯覚?)

 ぐっと堪えるように息を止める。
 思わずメナールを睨むように凝視すれば、彼は戸惑いを隠さずに身を縮めた。これが意地の悪い罠だというなら効果覿面だ。

「あの、何か、ご不快になることを言ってしまいましたか?」
「いや……」

 否定して、ヨアンは重いため息をもらした。
 彼を責めるのはお門違いだ。謹慎中のヨアンは人との接触を禁じられている。食事を運んでくれたメナールも、本来なら会話に応じてはいけない。
 けれど規則に反すると知りながら、彼は毎日少しずつ神殿の様子を教えてくれる。人目は気にしても、脅されているようには見えなかった。

(……それに、もう遅い)

 これが悪意でも、メナールが重度のお人好しなだけでも。
 どちらであっても、一度芽吹いてしまったものはもう消すことができないのだから。

(あの人の特別に。……もう一度、俺のことを宝と言ってほしい、なんて……)

 メナールの言葉を聞いた瞬間から、ヨアンは分不相応な思いを抱いてしまった。
 あの人が好きだ。役に立ちたいのもそばにいたいのも、ただ好きだから。そして自分のことも好きになってほしい。

 願ってはいけない。求めるなど論外。その名を口にすることすら許されない相手に。
 決して叶わないと知っているのに、優しさに縋りつきそうになる。
 きっと何人もこの誘惑に負けたのだ。理性だけで抑えつけることのできない思いに、ただ途方に暮れるしかなかった。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

責任とってもらうかんな?!

たろ
BL
聖女として召喚された妹に巻き込まれた兄へ、「元の世界へ還りたいか?」と召喚した魔術師が問いかける。 還るために交わした契約。ただ、それだけのはずだった。 自由人魔術師×後ろ向き気味な一般人お兄ちゃん。 ※作者はハピエンのつもりですが、人によってはメリバかもしれないです。 ムーン・エブでも掲載中です。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた

マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。 主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。 しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。 平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。 タイトルを変えました。 前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。 急に変えてしまい、すみません。  

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

白い結婚を夢見る伯爵令息の、眠れない初夜

西沢きさと
BL
天使と謳われるほど美しく可憐な伯爵令息モーリスは、見た目の印象を裏切らないよう中身のがさつさを隠して生きていた。 だが、その美貌のせいで身の安全が脅かされることも多く、いつしか自分に執着や欲を持たない相手との政略結婚を望むようになっていく。 そんなとき、騎士の仕事一筋と名高い王弟殿下から求婚され──。 ◆ 白い結婚を手に入れたと喜んでいた伯爵令息が、初夜、結婚相手にぺろりと食べられてしまう話です。 氷の騎士と呼ばれている王弟×可憐な容姿に反した性格の伯爵令息。 サブCPの軽い匂わせがあります。 ゆるゆるなーろっぱ設定ですので、細かいところにはあまりつっこまず、気軽に読んでもらえると助かります。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

処理中です...