【完結】祝福をもたらす聖獣と彼の愛する宝もの

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自覚

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 あれからほどなく、聖獣の容体は落ち着いたらしい。
 らしい、というのは、五日過ぎた今も会えずにいるからだ。

 ヨアンは聖獣に危害を加えたとして、自室で謹慎させられている。

 まず真っ先に疑われたのは、紅茶に毒を入れたのではということだった。
 紅茶はヨアンが自ら湯を沸かし、時間を数えていれている。毒など入れるわけはないが、それを主張するのがヨアンだけのため分が悪い。
 ただ実際に調べれば毒は出ないうえに、聖獣には人の毒など通用しない。
 神殿上層部でも「多少は影響があるのでは」、「証拠隠滅したのでは」と意見が割れたが、ではなぜ逃げずに人を呼びにいったのかという話だ。
 神殿騎士団の隊長はヨアンに悪意があったと主張し、神官長は後ろ盾を持たないヨアンの犯行に懐疑的。
 神殿長は慎重な態度を示しているが、結局は前代未聞の事件のため、原因は『紋なし』にあるのではと判断されたようだった。

 それらを教えてくれたのは、初日にヨアンを迎えに来た平民出身の神殿騎士だ。
 メナールと名乗った男はヨアンの一つ年下で、半年ほど前に神殿入りしたという。

「準備金目当てですよ。実家は小さな鍛冶屋を営んでいますが、近年は隣町の工房に仕事を持っていかれてしまって……。打開しようにも、先立つものがなければ手が出せませんから」

 よくある話です、とメナールは苦笑いする。
 王宮神殿内には様々な施設があるのに、本来下働きを任せるはずの神官見習いは一人もいない。
 聖獣の近くに作法を知らない未熟な者を置かないためとされ、代わりに神殿騎士がすべてを担っているのだ。その神殿騎士にも貴族と平民がいるならば、おのずと役割は明確に分けられる。
 つまり国は『準貴族位』という爵位にも満たない称号を言い訳に、金を出して使用人を確保しているようなものだった。

「今はメナール殿が聖獣様のお世話をされているんですか?」
「はい。実はヨアン様がおみえになる以前も、私が担当していました。何かされるわけではないのですが、どうにも恐ろしく……。正直ほっとしていました」
「水汲みや洗濯を押し付けられても?」
「そのくらい、苦にもなりません」

 二画紋の彼には、聖獣の気配はかなり重く息苦しいものだという。
 通常であれば世話役には選ばれないはずだが、何が気に障ったのかケビンたち貴族騎士に目をつけられてしまったようだ。

「メナール殿は」
「あの、それ。どうぞ私のことは、メナールとお呼びください」

 メナールは困ったようにそう言った。貴族と平民には越えられない壁がある。
 たとえヨアンが紋なしでも、貴族というだけで気を遣うらしい。

「神殿では身分差はないんでしょう?」
「その建前を実行しているのはヨアン様くらいですよ」

 まじめですね、とメナールは好意的に評したが、ヨアンはきまり悪く視線を逸らした。
 言い換えれば融通がきかないとは、マリウスにもよく言われることだ。
 思い込んだら曲がらないというのも良し悪しで、どれほどマリウスにフォローされても劣等感を打ち消せなかった最大の理由でもある。
 前世の価値観が混ざって解消した部分もあるが、性格そのものが変わるわけではない。

「……メナールは、聖獣様と話をしたのか?」
「あ、はい」

 あっさり頷くメナールに、ヨアンは胸の痛みを感じていた。
(きっとあの人は人間が好きで、人と話すことも好きなんだ)
 ヨアンだったから会話するのにひと月もかかってしまった。けれど存在自体が不愉快なのだから、それでも十分な成果といえる。

「ですが、今回はじめてお声を聞きました。これまでは、まるでいないもののように関心も向けられませんでしたから」
「え?」
「お名前は出されませんでしたが、ヨアン様はなぜ来ないのかと尋ねられましたよ。恥ずかしながら動揺してしまい、神官長を呼んでまいります、などと答えにもならないことを……」
「……」

(俺を……気にかけてくれた?)

 どきどきと騒ぎだす心臓が抑えられない。
 聖獣がヨアンの不在に気づいてくれた。どうしているのかと思い出してくれた。
 会わなくなれば忘れるのではなく、なぜ来ないのかと疑問に思ってくれたのだ。

(それとも、これが錯覚?)

 ぐっと堪えるように息を止める。
 思わずメナールを睨むように凝視すれば、彼は戸惑いを隠さずに身を縮めた。これが意地の悪い罠だというなら効果覿面だ。

「あの、何か、ご不快になることを言ってしまいましたか?」
「いや……」

 否定して、ヨアンは重いため息をもらした。
 彼を責めるのはお門違いだ。謹慎中のヨアンは人との接触を禁じられている。食事を運んでくれたメナールも、本来なら会話に応じてはいけない。
 けれど規則に反すると知りながら、彼は毎日少しずつ神殿の様子を教えてくれる。人目は気にしても、脅されているようには見えなかった。

(……それに、もう遅い)

 これが悪意でも、メナールが重度のお人好しなだけでも。
 どちらであっても、一度芽吹いてしまったものはもう消すことができないのだから。

(あの人の特別に。……もう一度、俺のことを宝と言ってほしい、なんて……)

 メナールの言葉を聞いた瞬間から、ヨアンは分不相応な思いを抱いてしまった。
 あの人が好きだ。役に立ちたいのもそばにいたいのも、ただ好きだから。そして自分のことも好きになってほしい。

 願ってはいけない。求めるなど論外。その名を口にすることすら許されない相手に。
 決して叶わないと知っているのに、優しさに縋りつきそうになる。
 きっと何人もこの誘惑に負けたのだ。理性だけで抑えつけることのできない思いに、ただ途方に暮れるしかなかった。

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