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マリウス1

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 五日後、神殿区にある図書館で調べものをしていたヨアンの元にマリウスがやって来た。
 彼の耳にもついにヨアンの配属先が届いたようだ。
 神殿図書館は、申請を出せば許可の範囲で立ち入ることができる。正式に申請を出してきたマリウスの行動を阻むことはできない。
 
 ヨアンは険しい表情のマリウスに苦笑いして、「連絡ができず申し訳ありません」と謝罪した。
 
「手紙なども禁じられているんだろう。ヨアンが謝ることじゃない」
 
 マリウスの言う通り連絡手段は制限されている。だが軟禁状態を覚悟したヨアンからすれば、拍子抜けするほどだ。
 聖獣があの人でなければ、これ幸いとその日のうちに逃げ出していた。
 ただしそこは当然警戒もされていたようで、三日ほどは引き継ぎの名目で監視役が張り付いていた。けれどヨアンが一日の大半を聖獣の元で過ごすため、早々に離れていったのだ。
 機嫌を損ねた聖獣の重圧に耐えかねて逃げ出した者も多いらしく、ヨアンについていたらとばっちりを食らいかねない。特にヨアンは紋なしで、存在自体から不愉快にさせてしまっている。
 彼らは何より自分の命が大事なので、むしろヨアンに対して「正気かこいつ?」と完全に異常者扱いだった。
 
 しかしそのおかげで、神殿区内でなら自由に動けるようになった。
 どうせオルストンには戻れないし、逃げたところで頼る人もいない。マリウスといえど今さら手出しはできないだろう。
 そう皆が知っているから、この程度はかまわないと判断されたようだ。
 
「俺の隊に配属されるよう掛け合っていたんだが……、こんなことになるなんて」
「マリウス様が気にされることはありません。私の落ち度です」
 
 今回ヨアンは、『侯爵家の名を振りかざし下位の者を委縮させた』という、その一点のみで問題行為と判断された。
 そのつもりがなかったとは言わない。除籍覚悟だったので、あえて強気に出たところはある。
 とはいえ不当といえるほどの圧力はかけていないし、オルストンの名が侮辱されたのも事実。
 証拠はあるのだから、まさか死ねと命じられるとは思わなかっただけだ。
 
「オルストン侯爵も酷なことをなさる。紋なしというが、円は出たんだ。正しく無紋ではないのに、こうも情がなくなるものか」
「……ありがとうございます。ですが魔法が使えないのも事実。名門オルストンには受け入れがたい落ちこぼれです」
 
 マリウスはヨアンを否定しない。昔からそうだった。
 まだヨアンが紋なしと発覚する前、記憶の中でもっとも幼い時代からマリウスとの思い出がある。
 兄は優秀なマリウスを嫌っていたが、ヨアンは強く頼もしい幼馴染みが憧れだった。会えばあとをついて回り、なんでも真似をしたがったものだ。
 マリウスもヨアンを邪魔にせず、幼い子どもの遊びによく付き合ってくれた。紋なしが発覚して距離を置こうとするヨアンを真剣に怒り、荒みかければ優しく厳しく諭してくれた。
 今世のヨアンの幼少期を支えたのは、間違いなくマリウスだ。
 
 言葉で言うだけなら容易いと反発したこともある。結局は解決のない慰めばかりで、自分を納得させることはできなかったから。
 それでも彼に見捨てられないことに安堵して、何度も煩わせたことはそう遠い記憶でもない。ヨアンはマリウスに甘えきっていた。
 
「ヨアン。俺のものになるか?」
「…………は?」
 
 また自分を卑下するなと叱られるかと思ったのに、マリウスの口から出たのはまったく想像もしない言葉だった。
 じっとこちらを見つめて答えを待つマリウスに戸惑ってしまう。意図が掴めない。
 
「……私はすでに、王宮神殿騎士として働いてますが……」
「所属の話じゃない。俺はおまえ一人を抱えることなどわけもないからな。逃げてもいい、ということだ」
「それは、……」
 
 ヨアンを囲うと言っているように聞こえる。
 彼がどこまで想定しているかわからないが、さすがに公爵家に養子入りなんてあり得ない。この場合はおそらく念弟とでもいうのか、愛人になることを提案されたのだろうか。
 男色はこの国でも一般的ではないが、後ろ指を指されるほど忌避すべきことでもない。
 特に女性が少ない騎士団では公然の関係があると聞くし、貴族社会でも公にしている者はいる。道楽のひとつに挙げる者もいるほどだ。
 
 ヨアン自身は考えたこともない。
 友人と呼べる相手もいないのに、その先の恋愛なんて思い描きもしなかった。
 前世でもそうだ。あちらではそれほどの年齢に達していなかったせいもあるのだが。
 
「……あの、思いもかけないことで……、そんなつもりは……」
「そうだろうな」
 
 ふうと吐息して、マリウスは頷いた。突拍子もないことを言った自覚はあるようだ。
 
(心配、してくれているんだろうけど……)
 
 ありがたいとは思う。あまりにも想定外な提案ではあったが。
 同時に少し、息苦しくも感じてしまった。
 嫌悪感ではない。結局ヨアンは無力で無能、権力に守られなければ生きていけないのだと。そう言われたも同然だったから。
 それも仕方のないことではある。マリウスは、彼に頼るしかないヨアンをずっと見てきた。侯爵家に捨てられ、完全に後ろ盾をなくした自分の行く末を案じてくれているのだ。
 まさかヨアンが異世界の前世を思い出し、魔法にも身分にもこだわらなくなっているなんて想像できるはずもない。

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