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再会2
しおりを挟む「ではさっそく、聖獣様へお目通りいたしましょう。ああ、手袋はつけないでくださいね。紋を隠すなど、不敬ですよ」
(なにがさっそくだ。余計な儀式を挟んでおきながら)
ヨアンが紋を隠す理由を知っていながら、不敬と言いつつ笑いをかみ殺せていない。
まったくの茶番だ。ヨアンは移動しながら、ちらりと周囲を窺った。
手入れされた庭を両脇に見ながらさらに奥へ。聖堂から離れれば立ち入りが制限された区域だ。巡回警備はあるようだが、人の気配は少ない。
振り切って逃げることも考えたが、前後に二人ずついる男たちがどんな魔法を使うか判断がつかない。ちらりと確認すれば、二画紋と三画紋持ち。ケビンの持つ四画紋はハッシュマークのように現れる。五角紋からは星形になるため角数で数える。
現在世界で確認されているのは六角紋まで。過去には十角紋があったとする説もあるが、史実として証明されているのは八角紋なので、十角紋は想像上の紋といわれる。
星形で現れることもめったにないため、四画紋は騎士団でも主力の多くが持つ紋だ。この状況では、紋なしのヨアンが逃げるのは難しい。
「新しい世話役をおつれした」
「どうぞお通りください」
到着した建物が神聖堂らしい。
厚い石壁と緻密な柱頭彫刻、ドーム状の天井に彫られた彫刻も美しく重厚感がある。聖堂の造りと似ているが、敷地面積のわりに建物部分は少ない。中央には広大な内庭があり、噴水やガゼボまで備えられていた。
聖獣は風の特性を持つというから、庭を好むのだろうか。そう思って姿を探そうとするが、男たちはそちらには目もくれず回廊を進んでいく。
辿り着いた部屋の扉を三度ノックし、一呼吸おいてから開け放った。
「聖獣様。本日からおそばにお仕えする者をお連れしました」
部屋は侯爵家当主の私室ほどの広さがある。庭に通じる大きな窓、テーブルセットに暖炉、調度品のすべてが一級品だ。奥にはベッドがあり、手前のソファでは本を読む一人の男が。
(……男?)
ヨアンは首をかしげる。ケビンは「聖獣様」と呼びかけた。にもかかわらず室内にいる男に慌てる様子もない。
つまり彼が聖獣なのだろうか。ヨアンはすっかり獣だと思い込んでいたが、まさか人の姿をしていたなんて。
伏せた横顔でも端正な顔立ちと想像できる。見覚えがあるような…と考えを巡らせていると、隣からケビンの探るような視線が向けられていることに気がついた。
目が合うとふんと逸らされ、澄ました表情でヨアンに告げる。
「では、ヨアン・オルストン卿、ご挨拶を。我々は外で待機していますので」
「え?」
そう言うと、ケビンたちは聖獣に深々と礼をして出て行ってしまった。
残されたヨアンはぽかんとするしかない。祝福に感謝を、などと言っていた彼らが、感謝するはずのないヨアンを残していく矛盾。
つまりそれほど聖獣の存在を恐れ、近寄るのも避けたいということだろうか。
(まさか、今この場で殺されたり、しないよな?)
さすがにそれはないだろう。日々の食事並みに神殿騎士が消費されれば、入れ替わりが激しいどころの話ではない。あっという間に国が滅びてしまう。
ヨアンは恐る恐る室内を振り返った。
膝の上に本を閉じ、男が顔を上げてこちらを見ている。
その姿をはっきりと認めて、ヨアンはひゅっと息を飲み込んだ。
短い白銀の髪。額に影を落とすくせのある前髪。そこから覗く、晴れた空のような青い瞳……。
(──あの人だ)
どくん、と心臓が大きく音を立てる。
前世で出会った、あの人に間違いない。コートは無造作にソファに掛けられているが、クラバットをつけて刺繍が織り込まれたベストを着ている。王様のような恰好だと思ったそれも、この世界では違和感のない貴族服だ。
広い肩と組んだ足の長さから、体格のよさが窺える。少年の目線で見上げても大きかったが、ヨアンと比べても頭一つ分は大きいかもしれない。
思いがけない再会に騒ぐ心臓を落ち着けるのに、三度の深呼吸が必要だった。
ヨアンは聖獣に向かってゆっくり敬礼し、頭を下げる。
「……ヨアン……オルストンと、申します。本日から聖獣様のおそばで……お世話を……」
「祝福を拒絶した者が?」
「拒絶では……!」
言いかけて、はっと息を呑む。
あの声だ。ヨアンを──少年を「宝」と言った声。その声でヨアンを否定する。心臓が竦みあがる思いだった。
この世界では、紋が現れる左手の甲を見せる形で敬礼を行う。そのうえ聖獣には祝福の効果も感じられるようだ。
咄嗟に左手を隠すように握りしめるが、それで事実が隠せるはずもない。
ヨアンは祈るように聖獣を見つめた。あの頃とは顔も名前も違うが、彼が世界を超えることもできる神の子なら。
けれど男は不快そうに眉を寄せ、ふいと視線を逸らしてしまった。
「……っ」
愛しげに細められる眼差しを何度夢想したことか。そのたび挫けそうな心を奮い立たせてきた。
それは前世だけではない、今世こそはと決意したヨアンも同じだ。
(俺では、あなたの宝になれない? あの子じゃないから……)
前世を他人のようには感じない。誰かの夢であり自分でもあるような。遠くにありながら目線は自分で、感覚があるし感情もある。
それは彼であり僕の記憶で、ヨアンの過去だった。
けれど聖獣は気づかない。覚えていないだけだろうか。
あの人と別人とは思えない。それともやはり、ヨアンではだめなのか。
(でも……俺はこの人の言葉に救われた)
聖獣が忘れても、あるいはあの少年でなければだめだったとしても、ヨアンの思い出が消えるわけではない。
前世でなら、夢ではなかったと証明する指輪があった。さすがにその指輪を探すことはできないが、言葉は今も息づいている。
期待するのはお門違いだ。以前のヨアンは失敗したのだから。
落胆して思い出ごと捨て去る理由もない。
今でさえ、こんなにも切なく尊い気持ちになるのだから。
聖獣はこちらを拒絶するように、再び本に視線を落としてしまった。紋なしを疎んでも、追い出そうとまではしない。興味がないだけかもしれないが。
それならば、ヨアンがすることは一つだった。
「……誠心誠意、お仕えします。何なりとお申し付けください」
過去のヨアンを救ったこの人に感謝を捧げる。どんなことでもいい、役に立ってみせる。
自己満足でかまわない。一方的に感謝するのはヨアンの勝手だ。
もはや逃げようという気持ちは、完全に失せていた。
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