【完結】祝福をもたらす聖獣と彼の愛する宝もの

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再会1

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 翌日の早朝、ヨアンははじめて王宮神殿に足を踏み入れた。
 神殿区にはメインとなる聖堂のほか、騎士たちが生活する騎士館や聖獣の住む神聖堂など、いくつかの施設が立ち並ぶ。
 礼拝施設である聖堂は誰にでも開かれているが、ヨアンはこれまで近づいたことがなかった。
 洗礼を受けたのもオルストン侯爵領にある教会だったので、本当の意味での初訪問だ。まさか神殿騎士になるとは想像もしなかったが。
 
「ヨアン・オルストン様ですね。お待ちしていました」
 
 私服で礼拝者のように向かえ、とだけ指示されたヨアンの元に一人の神殿騎士が近寄ってきた。
 神殿騎士の制服は薄いスカイグレーに黒のラインが入ったシンプルなものだ。王国騎士団にならって袖の色で階級を表すが、神殿騎士の場合は隊長以下に区別はなく揃って紺色。
 ただし平民騎士が増えてきたため、区別するため貴族騎士の肩には飾り紐が付けられる。迎えに来た男は平民上がりのようだ。
 声を落として挨拶する彼は、人目を気にしているようだった。私服を指示されたこともあるし、どうやらヨアンが王宮神殿に配属されたことを周囲に隠したいらしい。
 おそらくだが、マリウスの耳に入ることを警戒しているのだ。
 いくら公爵家嫡男といえども、神殿の決定を簡単に覆すことはできない。それでもごねられれば無視はできないので、「すでに本人了承のもと、神殿での暮らしを開始していますよ」と説明したいのだ。
 
 マリウスの助けを期待したわけではないし、すんなり王国騎士になれるとも思っていなかった。
 ヨアンを悩ませるのは、何一つ準備も下調べもできなかったことだ。
 王宮神殿騎士の行動はどれほど制約されるのか、外出は許されるのか、逃走に使えそうな魔法道具は……。
 考える余裕すらなく、ほとんど身一つで来ることになってしまった。
 
「ここで洗礼を受けていただきます」
「洗礼?」
 
 聖堂の奥にある小部屋に向かいながら、ヨアンは聞かされた説明に眉を寄せる。
 
 この世界の洗礼は宗教の考えではなく、『人間』として生きるために不可欠な儀式だ。
 生まれてすぐは肉体が不完全のため、五歳から八歳までの間に洗礼を受けるのが理想とされる。それまではうまく魔法を使えない代わりに、魔素も溜まらないらしい。
 聖獣がいない国は他国に頼るしかない。ただし洗礼は世界共通の義務。人から魔物化した場合はより凶悪になるといわれるため、国家間の駆け引きに洗礼の受け入れ拒否を含めることはタブーとされるほど。
 
 当然ヨアンも洗礼は受けている。そのために紋なしと蔑まれているわけだが。
 不審な思いで案内された部屋へ入ると、中には四人の神殿騎士が待ち構えていた。
 
(……なるほど)
 
 学園で何度も経験した状況と同じだ。よく見れば、見知った顔もある。
 たしか伯爵家子息のケビンという名だったか。ヨアンの一学年上で、不当な扱いを受けるヨアンを庇ってくれたこともある。だが結局は、自身が優位に立ちたいだけの男だった。
 にやにやと意地悪く口元を歪ませる彼らを見れば、これが本当に必要な儀式かも疑わしい。
 ヨアンは小さく息を吐き、ここまで案内してきた騎士を振り返った。
 
「私はもう洗礼を受けていますが」
「はい、あの、存じています。ですが、これも規則でして……。聖獣を得ようと潜り込む不届き者もおりますし、この洗礼ではそういった邪な思惑や、祝福に感謝を捧げる者であるかなども確認を……」
「では私は不適合者として帰されるかもしれないということですね」
 ヨアンが祝福に感謝するはずがない。呆れたように言えば、男は慌てて首を振った。
「あ、いえ、それは……。これはあくまで儀礼的なものですので……」
「その通り。オルストン卿の身分を疑う者はいませんよ」
 
 説明を引き取るように前に進み出たのはケビンだった。
 邪魔者を振り払う仕草に、案内役の男はそそくさと立ち去っていく。おそらく彼は平民出身で、言われた通りのことをしただけだ。
 この場を作るのは四人の男たち。特にケビンは周囲を動かし、いつも状況が整ってから姿を見せる。
 
「この聖物は聖獣様が直接息を吹きかけたもの。本体の間近にあり、効果の高い祝福でその人物を見極めるのです。今一歩開花しきらなかった素質が刺激され、画数が増えた者もいるのですよ」
 
 洗礼の方法は聖獣によって異なる。
 アレイジム王国にいる聖獣は『白狼』で、特性は『風』。
 直系二十センチほどのガラス玉のような聖物に手を触れると、風が包み込んで紋が現れる。方法はどこでも同じ。
 この場で洗礼を受ければ画数が増えるなら、例外なく誰もがこの神殿を訪れるだろう。だが名門オルストンの家族たちは、侯爵領で洗礼を受けている。
 
(……つまり、画数が増える前例は嘘ってことだ)
 
 希望を持たせて笑いものにしたいだけに違いない。
 そうと知っても、面倒なだけなのでヨアンは黙って手袋を外した。
 好奇の視線が突き刺さる。覗き込もうと首を伸ばす者もいて、どう考えても普段隠された『紋なし』を見たいだけだ。そうして周りに「気味が悪かった」と吹聴するのだろう。
 
 ヨアンは聖物にそっと指を触れさせた。
 ふわりと包み込む風は優しいのに、蔦が絡まる円がうっすら青白く光る以外に変化はない。
 最初の洗礼でもそうだった。淡い光とともに紋が浮かび上がったが、直後に内側に描くはずの線が醜く崩れ、円を縛りつけてしまったのだ。
 前代未聞の事態に場は騒然とし、そのときのヨアンは異常な紋よりも大人たちの顔のほうが怖かった。
 
「ははあ、これは……。ああ、かえって気の毒なことを。ははっ、ないものは増えようがないですよね。いや、申し訳ない」
 
 堪えきれない笑いに顔を歪め、ケビンは言葉だけで謝罪する。侮蔑の眼差しが煩わしい。
 以前なら恥ずかしくて俯いただろうが、今のヨアンはこれを恥ではなく現実として受け入れた。
 忌避されるものだとは理解しているが、誰に迷惑もかけるわけでもない。諦めて割り切るしかないだろう。
 
「祝福を受け取れないので、聖獣様にお仕えする資格もないように思いますが」
「いえいえ。それはご心配なく。最も高位なお方が聖獣様に侍る資格を持つのです」
 
 彼らはヨアンを揶揄うためだけにやっているので、貶したり持ち上げたりと忙しい。
 高位貴族ならどんな思惑があってもいいのだろうか。ヨアンは逃げるつもりしかないのだが。
 神殿騎士には身分差による序列はない、という建前がある。
 だから彼らは適当な理由を作って笑いものにするし、そのくせ侯爵家子息こそが聖獣のお傍へどうぞと遜ってみせるのだ。
 聖獣に侍る資格と言えば聞こえはいいが、今はそれが一番危険な役割といえる。
 彼らは何一つ譲歩せず、この状況を楽しむだけだった。

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