異世界からしか開きません

さよ

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 実家に帰省して、爆睡する女が一人。タイミングが悪く、両親は昨日から二泊三日の旅行である。
 普段からろくに連絡もしない私には何も連絡がなかった。まぁ、休みが取れたからと急に帰った私も悪いけど。
 一日だけでも一緒に過ごせたのだから良いだろう。

「うう……」

 寝過ぎてだるい体をのっそりと動かしながら枕元に手を伸ばす。目を開けてみれば、暗い室内に照明のオレンジ色がぼんやり光って見えた。
 壁掛けの時計は七時を指している。昨日は夜十時に眠ったはずだ。一日中眠っていたということだろうか?
 スマホをつかみ画面を確認する。

「んー……?」

 目に入ったのはAMと表示される画面。時間は七時十三分。
 どういうこと? と窓に目を向けるがカーテンから光が漏れているわけでもない。夜じゃないなら暗すぎるよね、と異変を感じ飛び起きた。急いでカーテンを開け確かめてみる。

「何も見えないんだけど……何これ?」

 いつも見ていた景色は何もなく、暗闇だけが広がっていた。窓を開けて顔を出してみるが何もない。
 一階には大きな窓がある、と部屋を出て階段を降り電気をつける。二階にある自分の部屋は物置にされているので確認は難しい。

 窓に近づき鍵を開ける。開いた窓からそのまま外へ出るのは戸惑われ、座り込んで足だけを降ろした。
 すぐに地面に着くはずが、足はぶらぶらと宙に浮いたまま。言い知れない恐怖が襲い、すぐさま窓とカーテンを閉めその場に座り込んだ。手が少し震えている。

「ここはどこなの……いつもの家じゃないの?」

 しばらく考え込んでいたが、異常があるのは家の外。電気が使えているのなら他はどうなのか。
 もしこのまま暗闇の中で過ごさなければいけないのなら、色々と確認しておかなければいけない。

「水道は使えるし、ガスコンロも使えた。……トイレとお風呂……も、大丈夫」

 冷蔵庫の中身もまだある。なぜ使えるのかは不思議だけどありがたい。

 少し安心したらお腹がすいてきた。冷蔵庫に入っていたおかずと、冷凍していたご飯をレンジで温めて食べる。

「……あ、ゴミどうしよう」

 皿にかけてあったラップを捨てたゴミ箱を見つめる。近くへ行き蓋を開けてのぞき込むと、中は空っぽだった。

「ラップはどこへ?」

 試しに空のペットボトルを放り込んで蓋を閉める。再び開けると跡形もなく消えていた。
 ここは私の知っている家に似せた、全く別の空間なのかもしれない。

 他に今思いつく限りで確認したこと。テレビは観られないしインターネットも電話も使えない。
 窓は開けられるが、玄関のドアだけがなぜか開けられなかった。鍵を開けたら閉めることもできなくなって、壊れた……のかな?

「動かないし……諦めるか」

 それから数日経っても景色が変わることはなかった。
 一人きりで、一生ここにいなければいけないのだろうか。テレビで録画していた番組を繰り返し流す。新しく番組が追加されることはない。
 DVDも本もゲームも限りがある。ただ、食料は減った分が補充された。同じ物が同じだけ。生きることは、できる。

「……いつか、食べることすら嫌になりそう」

 気が滅入りそうだから、もう外は見ない。何度確認しても黒一色で何も見えず、カーテンを触ることすらやめてしまった。どうせ同じだ。

 一ヶ月、二ヶ月、カレンダーがめくれていく。やることがなくなってきた。

「う~ん……」

 ゴロゴロしながら本を閉じ机に置いた。天井を見つめていると、玄関の方でガタッと大きな音が聞こえる。

「な、何!?」

 誰もいないはずの家で、物音がするなんておかしい。武器なんてないのでなるべくこっそり移動していく。
 廊下の先にある玄関を見るため顔をのぞかせると、子どもらしき人がいた。八歳くらいだろうか? 意識はあるようだけど、しゃがみ込んで動かない。

「君は、誰……?」

 私の問いかけにその子はびくりと肩を揺らすと、こちらを凝視した。
 髪は長くボサボサで、服もボロボロ。靴は履いていない。目には警戒がにじんでいた。

(いや、警戒したいのはこっちなんですけど)

 これは近づかない方が良いのか、と男の子らしき子どもを見つめる。小さな棚は倒れているが、怪我はしていないみたいだ。
 どうやってここへ来たのだろう。

「私は加七子かなこ。……名前言える?」
「……」

 首を横に振った。喋れないのかな? ずっと少年と呼ぶのもなぁ……名前がないと不便だ。

「言わないと、私が勝手につけちゃうよ」
「……」

 何も言葉を発しない。えー、本当に決めちゃうよ。
 男の子の顔をまじまじ見ると、結構整っている。黒髪に水色の瞳。……何が良いかな。見た目だけで決めるのって難しいね。うーん。
 仮の名前だし…………よし、アカツキにしよう。元の世界に帰れるのが一番良いけど、それが無理なら暗闇じゃなくて夜明けが見たい。私が今望んでいることだ。

「これから君のことは、アカツキ、って呼ぶね」
「……あか、つ、き?」
「なんだ、喋れるんじゃない」

 きょとんとした表情で“アカツキ”と言葉にした男の子は、私が瞬きをした瞬間に消えた。倒れた棚はそのままで、アカツキがいたところには土が少しだけ落ちている。今の出来事は夢じゃない。
 短い間だが人と話せたことで、頑張る気力がわいてきた。どこかには繋がっている、一人じゃないんだ。

 ……あの子幽霊じゃないよね? 嫌な言葉が頭をよぎったけど、生きた人間だと思おう。

「玄関が異世界にでも繋がってるの? ……このドア?」

 廊下を進み玄関を確認するが、どこかに飛ばされるわけでもない。ドアノブをつかみガチャガチャと回してもやはり開かない。
 こうなったら、あの子がもう一度来るのを待ってみるか。ちりとりとホウキを持ってきて土を片付けると、廊下に座り込む。

「来ないなぁ」

 数十分待ってみてもドアが開かれることはなかった。
 これから部屋で過ごすときは廊下の近くにいよう。誰か来てもすぐに対応できる。
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