透明人間の殺し方

復活の呪文

文字の大きさ
上 下
5 / 12
第1章:終わる夏

透明な呪い

しおりを挟む
無人の男子トイレ、清掃が行き届いた室内は芳香剤の香りが漂い、人間が排泄する醜悪な香りなどは存在しない。夏樹は試合の直前には、個室に篭るのがルーティーンであった。
人間が文明を発展させる度に、捨て置いて来た動物としての本能。それらが最も身近に、それでいて直接的に現れるのは、トイレであると夏樹は考えていた。その為、トイレに篭もっている間は、自分を取り巻く社会的な柵から抜け出すことができるのだ。加えて、好きなイギリスロックバンドの曲を聞くと、最大限のリラックスをすることができる。夏樹が深呼吸をしていると、扉が開く音と共に、二つの足音が近づいて来た。

「遂に来ちゃったな、明光戦。今日が正念場だな」

「そうだな。けど試合に出ない俺らには関係ないだろ?」

「言えてる」

「あーあ、一度くらい、ベンチ入りしてみたかったよな」

「おい、やめろ。虚しくなるだろ」

二人の口ぶりから察するに、三年生だろうと夏樹は考えた。しかし二人とも声と名前が繋がらない。二人は、用を済ませた後も、鏡の前で話を続けている。

「それも、あの『殺し屋』が来たせいだよ、全部」

「間違い無い。長谷川があいつに壊されてから、全部がおかしくなっちまった。よく部活続けられるよな、あいつ」

夏樹は、薄々気づいていた自分を揶揄する渾名を耳にしたが、特に激情に駆られることもなかった。普段通りイヤホンを装着しようと、ポケットに手を伸ばすと、

「1年生の頃は、楽しかったよなぁ」

その発言を聞いて、手を止めた。

「あの頃は毎日が完成されてた。部活動に行くのが楽しくて仕方無かったもん、俺」

二人が蛇口から流す水の音が、サワサワと溶けていく。排水溝に吸い込まれたその水は、もはやどこに行ったかも分からない。

————そうか。この人達は、んだ。青春という呪いに。

夏樹は、思い出と空想に耽る彼らの表情が見えた気がした。いつか見た、透明な笑顔。
感情が欠落した人形のように、空虚で透き通った、色の無い表情。
笑っては、いる。しかし、その笑顔の根源は、現実やこの瞬間の出来事ではなく、あくまでも存在しない空想や過去であり、目には見えない。その笑顔を携えた人々は、現実を忘却し、甘美な生温い思い出に酔う。彼らが今見ているのは、目の前の友人でも、憎い後輩でもなく、昨年の、輝かしく青い日々だ。彼らはその呪いに取り憑かれ、いつまでも抜け出せずに現実を忘れ、甘く温い思い出の中で生き続けているのだ。

夏樹は心の中で叫んだ。自分はこんな呪いには負けない。絶対に、負けてはならないのだ。彼の中で静かに、しかし強く反発する力が生まれていた。その決意は、手のひらに込められた拳の力となり、彼の身体全体に緊張感を走らせる。排水溝へと流れ込む水が、やがてその音すらも消えていく中で、夏樹は、イヤホンの再生ボタンを押した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

機械娘の機ぐるみを着せないで!

ジャン・幸田
青春
 二十世紀末のOVA(オリジナルビデオアニメ)作品の「ガーディアンガールズ」に憧れていたアラフィフ親父はとんでもない事をしでかした! その作品に登場するパワードスーツを本当に開発してしまった!  そのスーツを娘ばかりでなく友人にも着せ始めた! そのとき、トラブルの幕が上がるのであった。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜

赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。 これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。 友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...