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第1章:終わる夏
南京錠
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大澤夏樹:青城高校部室棟 午前10時22分
「ついに今日は、明光高校との試合だ。昨年のインターハイで当たった時とは変わって、カウンター主体の4―4―
2のフォーメーションになっている。丁度、昔のイタリア代表のような堅守速攻の布陣だな」
グラウンドに併設された選手用の更衣室内で、青白高校サッカー部員は、監督である加藤から最後の伝達事項を伝えられていた。加藤は、十年ものあいだ青城高校サッカー部を牽引し、五度の東京都大会優勝、一度の選手権大会準優勝にも導いた経験のある初老の名将であった。例年熾烈を極める東京都大会であったが、その中でも夏樹たちの代は中々に粒揃いであり、都大会優勝を狙えるチームであると評されていた。
その中でも、三年生ゴールキーパーの宮本、三年生ミッドフィルダーの坂下、そして二年生フォワードの夏樹は、東京都の選抜選手にも選ばれており、三人を中心とした攻守共に隙のない、4―3―1―2の構成であった。
夏樹のポジションは攻撃の最前線、FWである。持ち前の体格とハングリー精神から不動のレギュラーとして定着しており、今大会でもチーム最多の5得点を計上している。
「この布陣の最大の強みは、高い位置でのボール奪取から行われるショートカウンターだ」
各々のロッカー前の席に坐す生徒達の前で、作戦ボードを動かす加藤。サッカーコートを模した盤面では、赤い人型と青い人型が整然と並べられている。青が夏樹達、青城高校であり、赤が明光高校の選手である。
加藤が赤い人型を動かす。盤面の中央の位置には、青色の人型が4人だけなのに対して、赤色は最後尾に4人、中央に4人、合計8人も集まっており、明らかに青色の人型が少ない。この布陣は、1950年代のイタリア代表が用いたイタリア語で『南京錠』を意味する『カテナチオ』と言う戦術であった。ディフェンスの最終ラインを高めに設定する事で、敵フォワードを無力化し、中盤での数的優位を用いてボールを奪う。そして、そのままカウンターを発動し、雪崩れ込むように、短時間でゴールを狙うのだ。
「このように数的優位を作り出して、ゾーンプレスを行う一世を風靡した守備戦術だが、大きな穴が二つある」
一見完璧な布陣を見た生徒達の不安げな表情を鼓舞するように、加藤は断言した。
「一つは、ドリブルによる破壊だ。一度この密集地帯を抜け出せば、その後ろには広大なスペースとキーパーしかない」
加藤が青色の人型を一つ、ボールと共に動かす。密集地隊から向け出すと、そのままキーパーとの一対一まで一瞬で迫り、鮮やかにゴールを決めた。
「しかし、ここを打破するようなドリブラーはなかなか存在しないのも事実だ」
「長谷川がいたらな……」
誰かが小声で話す声を、夏樹は聞き取ってしまった。
「そこで俺達は二つ目を選ぶ。それは、『ワイドプレイ』だ」
加藤は、今度は、青い人型を全て動かした。一人一人の選手の距離を大きく広げ、密集した赤色選手を青色選手で囲い込むような布陣を取る。
すると、先程の状況と反転し、一人の赤色選手に対して青色選手二人で対応する形になった。息の詰まるような盤面に、無人のスペースが点在し始めた。
「今まで練習してきたように、一人一人の選手の距離を広げてワイドなパスサッカーを展開する。そうすると、お相手さんは密集する事もできずに、分散して対応せざるを得なくなると言う算段だ」
夏樹は、この戦術は有効だろうと思った。しかし、懸念点もある。加藤も、そのリスクについて解説を始めた。
「一人一人が距離感を取る事で、余裕が生まれ、裏に存在する広大なスペースをパスで狙うこともできる。ただこの
戦術を成し遂げるには、一人一人のパス精度や個人戦での勝利などが求められる事になる。それに、一度でもミスをすればカウンターの餌食だ」
ボールの形をしたマグネットを動かす加藤。青色選手が繋いでいたそれがあらぬ方向に動くと、赤い選手が抑える。その瞬間一気に全手の赤色選手が動き出してゴールへと迫った。
「一人一人の距離を開けると、パスサッカーをしやすくなる反面、その開いたスペースを相手に逆手に取られることもある」
選手達は生唾を飲み込んだ。自分のミスで失点をするかもしれない、と感じたのだ。
「特に、中盤の中心である坂下とフィニッシャーの夏樹は責任重大だ。くれぐれも昨日のようなミスは本番で行わないように」
夏樹を見つめて断言する加藤。昨日の練習を通して、夏樹は4回、ゴールを逃した。
「はい。改善します」
その返事に頷くと、加藤は連絡を続けた。
「戦術の概要はこんな感じだ。それと、今日の試合には長谷川も見に来るそうだ。皆気を引き締めて行けよ。あいつに勝利を見せてやれ」
一瞬、チームがピリついたように夏樹は感じた。しかし、それも束の間「しゃあ」と言う選手達の掛け声が響いた。
「ついに今日は、明光高校との試合だ。昨年のインターハイで当たった時とは変わって、カウンター主体の4―4―
2のフォーメーションになっている。丁度、昔のイタリア代表のような堅守速攻の布陣だな」
グラウンドに併設された選手用の更衣室内で、青白高校サッカー部員は、監督である加藤から最後の伝達事項を伝えられていた。加藤は、十年ものあいだ青城高校サッカー部を牽引し、五度の東京都大会優勝、一度の選手権大会準優勝にも導いた経験のある初老の名将であった。例年熾烈を極める東京都大会であったが、その中でも夏樹たちの代は中々に粒揃いであり、都大会優勝を狙えるチームであると評されていた。
その中でも、三年生ゴールキーパーの宮本、三年生ミッドフィルダーの坂下、そして二年生フォワードの夏樹は、東京都の選抜選手にも選ばれており、三人を中心とした攻守共に隙のない、4―3―1―2の構成であった。
夏樹のポジションは攻撃の最前線、FWである。持ち前の体格とハングリー精神から不動のレギュラーとして定着しており、今大会でもチーム最多の5得点を計上している。
「この布陣の最大の強みは、高い位置でのボール奪取から行われるショートカウンターだ」
各々のロッカー前の席に坐す生徒達の前で、作戦ボードを動かす加藤。サッカーコートを模した盤面では、赤い人型と青い人型が整然と並べられている。青が夏樹達、青城高校であり、赤が明光高校の選手である。
加藤が赤い人型を動かす。盤面の中央の位置には、青色の人型が4人だけなのに対して、赤色は最後尾に4人、中央に4人、合計8人も集まっており、明らかに青色の人型が少ない。この布陣は、1950年代のイタリア代表が用いたイタリア語で『南京錠』を意味する『カテナチオ』と言う戦術であった。ディフェンスの最終ラインを高めに設定する事で、敵フォワードを無力化し、中盤での数的優位を用いてボールを奪う。そして、そのままカウンターを発動し、雪崩れ込むように、短時間でゴールを狙うのだ。
「このように数的優位を作り出して、ゾーンプレスを行う一世を風靡した守備戦術だが、大きな穴が二つある」
一見完璧な布陣を見た生徒達の不安げな表情を鼓舞するように、加藤は断言した。
「一つは、ドリブルによる破壊だ。一度この密集地帯を抜け出せば、その後ろには広大なスペースとキーパーしかない」
加藤が青色の人型を一つ、ボールと共に動かす。密集地隊から向け出すと、そのままキーパーとの一対一まで一瞬で迫り、鮮やかにゴールを決めた。
「しかし、ここを打破するようなドリブラーはなかなか存在しないのも事実だ」
「長谷川がいたらな……」
誰かが小声で話す声を、夏樹は聞き取ってしまった。
「そこで俺達は二つ目を選ぶ。それは、『ワイドプレイ』だ」
加藤は、今度は、青い人型を全て動かした。一人一人の選手の距離を大きく広げ、密集した赤色選手を青色選手で囲い込むような布陣を取る。
すると、先程の状況と反転し、一人の赤色選手に対して青色選手二人で対応する形になった。息の詰まるような盤面に、無人のスペースが点在し始めた。
「今まで練習してきたように、一人一人の選手の距離を広げてワイドなパスサッカーを展開する。そうすると、お相手さんは密集する事もできずに、分散して対応せざるを得なくなると言う算段だ」
夏樹は、この戦術は有効だろうと思った。しかし、懸念点もある。加藤も、そのリスクについて解説を始めた。
「一人一人が距離感を取る事で、余裕が生まれ、裏に存在する広大なスペースをパスで狙うこともできる。ただこの
戦術を成し遂げるには、一人一人のパス精度や個人戦での勝利などが求められる事になる。それに、一度でもミスをすればカウンターの餌食だ」
ボールの形をしたマグネットを動かす加藤。青色選手が繋いでいたそれがあらぬ方向に動くと、赤い選手が抑える。その瞬間一気に全手の赤色選手が動き出してゴールへと迫った。
「一人一人の距離を開けると、パスサッカーをしやすくなる反面、その開いたスペースを相手に逆手に取られることもある」
選手達は生唾を飲み込んだ。自分のミスで失点をするかもしれない、と感じたのだ。
「特に、中盤の中心である坂下とフィニッシャーの夏樹は責任重大だ。くれぐれも昨日のようなミスは本番で行わないように」
夏樹を見つめて断言する加藤。昨日の練習を通して、夏樹は4回、ゴールを逃した。
「はい。改善します」
その返事に頷くと、加藤は連絡を続けた。
「戦術の概要はこんな感じだ。それと、今日の試合には長谷川も見に来るそうだ。皆気を引き締めて行けよ。あいつに勝利を見せてやれ」
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