透明人間の殺し方

復活の呪文

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第1章:終わる夏

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悪夢を見た時は、絶叫をしながら飛び上がるように目覚めるものと思っていたが、実際は違った。悪夢と現実が混濁する中、覚醒途中の脳みそを引き摺って目覚めるのだ。油に浸かったような全身の虚脱を感じながら、夏樹は右足首を確認した。

「……ある」

視線の先には、十六年間連れ添った足首が確かに存在していた。誰かにつかまれた跡もない。夏樹はそのまま、逃げるように、悪夢の苗床であるベッドから這い出た。
脱衣所の壁掛け時計を見る。時刻は7時。あんな悪夢を見たと言うのに、目覚まし時計よりも早く目覚めた。寝汗で湿った寝巻きを洗濯機へと投げ捨て、脂汗にまみれた全身をシャワーで洗い流す。冷水を頭からかぶると、漸く目が覚め、客観的な思考ができるようになって来た。

悪夢をかき消す為に、夏樹は、以前集めた情報を掘り返す。どんな不可解な現象でも、必ず原因と対策が存在し、それらを徹底すれば乗り越えられない困難はないと言うのが、彼の考えだった。
確か、脳の持つ記憶機能のキャパシティは1ペタバイト、つまり100万ギガバイトとするのが通説だ。これは一本当たり4~8バイトを持つ映画およそ25万本にも及ぶ。そして、その膨大な情報を処理する為に、人間は『夢』を使う。必要な情報を瞬時に摘出する為にパソコンのフォルダを整理するように、散らかった情報を、夢を見ることで管理する。その際、溢れ出した断片的な情報が歪につなぎ合わさる事で、悪夢が誕生する。悪夢には、情報処理が敵わなかった記憶やオーバーフローした内容など、脳が忘れるべきと判断した記憶が現れるのだ。

……俺は、忘れたいのだろうか。

自問自答の答えを出す前に、夏樹は冷たく清涼な水の流れを止め、浴室から出た。
水を拭き取りながら自室に戻ると、ハンガーラックから、アイロンのかかったワイシャツ、センタープレスがしっかりと押された紺色のスラックス を取り出す。昨夜のうちに準備していたことが功を奏し、余裕を持って、清潔な状態の制服を着用出来る。
そのまま昨晩手入れしたカンガルー革製のスパイクを専用袋にしまうと、そのまま通学用鞄の中に詰める。そして、卓上の千円札を受け取り、無人の自宅を後にした。
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