28 / 34
三月
❺
しおりを挟む
「……真冬」
リビングにいる母に、彼女は、そっと声をかけた。振り返った母の顔が、強張るのが見える。
「……ナツ、ナツなの? ……本当に?」
ヒマリは……真夏は、昔によく着ていたのに一番似ている服、と言って、さっきのよりもっと色の濃い、赤に近いピンクのワンピースを着ていた。もしかしたら、魔法にかかりすぎて、思い出してもらえないかもしれないから、と言っていたが、杞憂だったようだ。
「……やだなあ、大好きなお姉ちゃんのこと、忘れちゃうんだ、フユは」
笑い混じりに彼女は言って、それから真面目に続ける。
「……そうだよ。私は、真夏」
「……ナツ。ああ、ナツ。真夏。……真夏が、いる」
「うん。私は、ここにいる」
「……ナツ……」
ぼろ、と、母の目から大粒の涙が溢れ落ちる。
「……じゃあ、やっぱり、そうだったのね。ヒマリちゃんは、ずっと、ナツだったのね」
「うん。……いつから気付いてた?」
「最初からに決まってるじゃない、ばか。ナツのばか」
「うん。私はばかだね」
母が床にへたり込む。
「……もっと、早く言ってよ、ばか」
「うん。ごめんね」
「……私だって、一緒にお祭り行きたかった。ナツと、一緒に」
「ごめん」
「……りんご飴、ありがとう」
「どういたしまして」
「……来年は、絶対、一緒に行くから」
「……来年は、いられないんだ、私」
「どうして?」
「かえらなきゃ」
「ここが家でしょう」
「そうじゃなくて。……お空に」
「……また、私の前から、いなくなるの。川に落ちていった次は、空に登ってくって言うの?」
「……ごめん」
「いや、いやよ。ナツ、ずっとここにいて。一緒にいてよ、ナツ」
真夏は静かに母の前に座って、ハグをした。
彼女も、少し泣いているようだった。
「……ごめんね、フユ。でも、でもね、もう大丈夫だよ。もう、雨は降らない。フユは長生きするよ。フユだけじゃない、亜紀斗くんもパパさんも、フユが大事に思う全ての人が、寿命の最後まで元気に過ごせるからね」
「……そのために、来たの?」
「うん」
「……ばか。……ありがとう、ナツ」
大きくなってしまった妹と、二度と成長できない姉は、それからしばらく抱き合って、泣き続けた。
「……どうしても、行かなくちゃいけないのね」
「うん。そういう約束だから」
「いつ、行くの? もう少し、いられる?」
「……ううん、今日がさいご」
「……そう。じゃあ、今晩は、ナツが好きなもの、いっぱい作るわ。何がいい?」
「……いちご、食べたい。あと、みんなで作るハンバーグ」
「わかった。今から買ってくるから……いや、一緒に行こう。ナツも、アキも、一緒に買い物に行こう」
いきなり名前を呼ばれて、僕は飛び上がる。
「僕も?」
「なに、いやなの? 亜紀斗くん」
「いやじゃない、けど」
そのあと、みんなでスーパーに行って、ひき肉や付け合わせのブロッコリーや、少し値が張ったけど、いちごも買った。雨はまだ降っていたけど、僕らは安全で、幸せだった。
リビングにいる母に、彼女は、そっと声をかけた。振り返った母の顔が、強張るのが見える。
「……ナツ、ナツなの? ……本当に?」
ヒマリは……真夏は、昔によく着ていたのに一番似ている服、と言って、さっきのよりもっと色の濃い、赤に近いピンクのワンピースを着ていた。もしかしたら、魔法にかかりすぎて、思い出してもらえないかもしれないから、と言っていたが、杞憂だったようだ。
「……やだなあ、大好きなお姉ちゃんのこと、忘れちゃうんだ、フユは」
笑い混じりに彼女は言って、それから真面目に続ける。
「……そうだよ。私は、真夏」
「……ナツ。ああ、ナツ。真夏。……真夏が、いる」
「うん。私は、ここにいる」
「……ナツ……」
ぼろ、と、母の目から大粒の涙が溢れ落ちる。
「……じゃあ、やっぱり、そうだったのね。ヒマリちゃんは、ずっと、ナツだったのね」
「うん。……いつから気付いてた?」
「最初からに決まってるじゃない、ばか。ナツのばか」
「うん。私はばかだね」
母が床にへたり込む。
「……もっと、早く言ってよ、ばか」
「うん。ごめんね」
「……私だって、一緒にお祭り行きたかった。ナツと、一緒に」
「ごめん」
「……りんご飴、ありがとう」
「どういたしまして」
「……来年は、絶対、一緒に行くから」
「……来年は、いられないんだ、私」
「どうして?」
「かえらなきゃ」
「ここが家でしょう」
「そうじゃなくて。……お空に」
「……また、私の前から、いなくなるの。川に落ちていった次は、空に登ってくって言うの?」
「……ごめん」
「いや、いやよ。ナツ、ずっとここにいて。一緒にいてよ、ナツ」
真夏は静かに母の前に座って、ハグをした。
彼女も、少し泣いているようだった。
「……ごめんね、フユ。でも、でもね、もう大丈夫だよ。もう、雨は降らない。フユは長生きするよ。フユだけじゃない、亜紀斗くんもパパさんも、フユが大事に思う全ての人が、寿命の最後まで元気に過ごせるからね」
「……そのために、来たの?」
「うん」
「……ばか。……ありがとう、ナツ」
大きくなってしまった妹と、二度と成長できない姉は、それからしばらく抱き合って、泣き続けた。
「……どうしても、行かなくちゃいけないのね」
「うん。そういう約束だから」
「いつ、行くの? もう少し、いられる?」
「……ううん、今日がさいご」
「……そう。じゃあ、今晩は、ナツが好きなもの、いっぱい作るわ。何がいい?」
「……いちご、食べたい。あと、みんなで作るハンバーグ」
「わかった。今から買ってくるから……いや、一緒に行こう。ナツも、アキも、一緒に買い物に行こう」
いきなり名前を呼ばれて、僕は飛び上がる。
「僕も?」
「なに、いやなの? 亜紀斗くん」
「いやじゃない、けど」
そのあと、みんなでスーパーに行って、ひき肉や付け合わせのブロッコリーや、少し値が張ったけど、いちごも買った。雨はまだ降っていたけど、僕らは安全で、幸せだった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
憧れの空
玉木白見
青春
ある外出禁止の施設。そこで親から離れ子供たちだけで生活する子供たちと、その子たちを優しく育てる先生たち。
外の世界を夢見ながら日々生活するがやがてこの施設の不思議さ、自分たちの不思議さに気が付き始める。子供たちの青春の物語。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
私たち、博麗学園おしがまクラブ(非公認)です! 〜特大膀胱JKたちのおしがま記録〜
赤髪命
青春
街のはずれ、最寄り駅からも少し離れたところにある私立高校、博麗学園。そのある新入生のクラスのお嬢様・高橋玲菜、清楚で真面目・内海栞、人懐っこいギャル・宮内愛海の3人には、膀胱が同年代の女子に比べて非常に大きいという特徴があった。
これは、そんな学校で普段はトイレにほとんど行かない彼女たちの爆尿おしがまの記録。
友情あり、恋愛あり、おしがまあり、そしておもらしもあり!? そんなおしがまクラブのドタバタ青春小説!
ダニエルとロジィ〈翼を見つけた少年たち〉 ~アカシック・ギフト・ストーリー~
花房こはる
青春
「アカシック・ギフト・ストーリー」シリーズ第6弾。
これは、実際の人の過去世(前世)を一つのストーリーとして綴った物語です。
ロジィが10歳を迎えた年、長年、病いのため臥せっていた母親が天に召された。
父親は町の有名な貴族の執事の一人として働いており、家に帰れない日も多々あった。
そのため、父親が執事として仕えている貴族から、ロジィを知り合いの所で住み込みで働かせてみないか?しっかりした侯爵の家系なので安心だ。という誘いにロジィを一人っきりにさせるよりはと、その提案を受け入れた。
数日後、色とりどりのはなふぁ咲き誇るイングリッシュガーデンのその先にある大きな屋敷の扉の前にいた。
ここで、ロジィの新たな生活、そして、かけがえのない人物との新たな出会いが始まった。
女子高生のワタクシが、母になるまで。
あおみなみ
青春
優しくて、物知りで、頼れるカレシ求む!
「私は河野五月。高3で、好きな男性がいて、もう一押しでいい感じになれそう。
なのに、いいところでちょいちょい担任の桐本先生が絡んでくる。
桐本先生は常識人なので、生徒である私にちょっかいを出すとかじゃなくて、
こっちが勝手に意識しているだけではあるんだけれど…
桐本先生は私のこと、一体どう思っているんだろう?」
などと妄想する、少しいい気になっている女子高生のお話です。
タイトルは映画『6才のボクが、大人になるまで。』のもじり。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる