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三月

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「……真冬」
 リビングにいる母に、彼女は、そっと声をかけた。振り返った母の顔が、強張るのが見える。
「……ナツ、ナツなの? ……本当に?」
 ヒマリは……真夏は、昔によく着ていたのに一番似ている服、と言って、さっきのよりもっと色の濃い、赤に近いピンクのワンピースを着ていた。もしかしたら、魔法にかかりすぎて、思い出してもらえないかもしれないから、と言っていたが、杞憂だったようだ。
「……やだなあ、大好きなお姉ちゃんのこと、忘れちゃうんだ、フユは」
 笑い混じりに彼女は言って、それから真面目に続ける。
「……そうだよ。私は、真夏」
「……ナツ。ああ、ナツ。真夏。……真夏が、いる」
「うん。私は、ここにいる」
「……ナツ……」
 ぼろ、と、母の目から大粒の涙が溢れ落ちる。
「……じゃあ、やっぱり、そうだったのね。ヒマリちゃんは、ずっと、ナツだったのね」
「うん。……いつから気付いてた?」
「最初からに決まってるじゃない、ばか。ナツのばか」
「うん。私はばかだね」
 母が床にへたり込む。
「……もっと、早く言ってよ、ばか」
「うん。ごめんね」
「……私だって、一緒にお祭り行きたかった。ナツと、一緒に」
「ごめん」
「……りんご飴、ありがとう」
「どういたしまして」
「……来年は、絶対、一緒に行くから」
「……来年は、いられないんだ、私」
「どうして?」
「かえらなきゃ」
「ここが家でしょう」
「そうじゃなくて。……お空に」
「……また、私の前から、いなくなるの。川に落ちていった次は、空に登ってくって言うの?」
「……ごめん」
「いや、いやよ。ナツ、ずっとここにいて。一緒にいてよ、ナツ」
 真夏は静かに母の前に座って、ハグをした。
 彼女も、少し泣いているようだった。
「……ごめんね、フユ。でも、でもね、もう大丈夫だよ。もう、雨は降らない。フユは長生きするよ。フユだけじゃない、亜紀斗くんもパパさんも、フユが大事に思う全ての人が、寿命の最後まで元気に過ごせるからね」
「……そのために、来たの?」
「うん」
「……ばか。……ありがとう、ナツ」
 大きくなってしまった妹と、二度と成長できない姉は、それからしばらく抱き合って、泣き続けた。
「……どうしても、行かなくちゃいけないのね」
「うん。そういう約束だから」
「いつ、行くの? もう少し、いられる?」
「……ううん、今日がさいご」
「……そう。じゃあ、今晩は、ナツが好きなもの、いっぱい作るわ。何がいい?」
「……いちご、食べたい。あと、みんなで作るハンバーグ」
「わかった。今から買ってくるから……いや、一緒に行こう。ナツも、アキも、一緒に買い物に行こう」
 いきなり名前を呼ばれて、僕は飛び上がる。
「僕も?」
「なに、いやなの? 亜紀斗くん」
「いやじゃない、けど」
 そのあと、みんなでスーパーに行って、ひき肉や付け合わせのブロッコリーや、少し値が張ったけど、いちごも買った。雨はまだ降っていたけど、僕らは安全で、幸せだった。
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