上 下
23 / 34
一月

しおりを挟む
 三学期に入ってから、ヒマリはいきなり僕と行動を共にするようになった。いや、元からことあるごとにひっつかれてはいたのだが、最近それがより顕著になってきたのだ。
 休み時間も放課後もべったりで、授業中までこちらをじっと見つめてくるので、僕は帰り道、春輝と雪ちゃんと別れてから彼女に「どうかしたの。僕のこと好きでもなったの?」と訊いてみた。彼女はにこにこしながら僕を叩いて、「ばか」とだけ答えた。
「ひどいな。僕は真剣に訊いてるのに」
「へえ、なに、私に惚れられたいの?」
「うわ、怖い言い方しないでよ」
「へへ。……でも、あんまり私から離れないでほしいかな」
「それはなんで?」
「……私の役目覚えてる?」
「役目……?」
 僕は遠くの方から何とか記憶を引き出して、彼女が家に来た一番最初の日を思い出した。思えば、あれからもうすぐ一年が経つ。彼女との別れも近いのだ。
「ああ、神様から何か言われてるんだっけ?」
「そう。世界を救うの。そのためには、亜紀斗くんと一緒にいることが必須条件なんだよ」
「ああ、そう……それは大変だ」
「そう、大変なの」
 にへら、と笑った彼女のその発言を、冗談にすべきかどうか図り兼ねて、僕は口を閉じた。
「寒いね、亜紀斗くん」
「……そうだね」
「こんな日は、アイスが食べたくなっちゃうね」
「寒いのに?」
「寒いからだよ。亜紀斗くんは何味のアイスが好き?」
「特には……あ、チョコは好きかな。ヒマリは?」
「バニラ一択! あ、そうだ、コンビニ寄ってアイス買おうよ」
「コンビニ寄るのはいいけど、僕はアイスいらない」
「あっそ」
 僕らはそのまま近くのコンビニに入り、彼女はアイスのコーナーへ、僕はレジまで直行してホットスナックの物色を始める。散々悩んでピザまんを買った時には、彼女はもう会計を済ませて店を出ようとしていた。慌てて後を追いかける。彼女の袋の中にはカップアイスが二つ入っていた。「僕は食べないよ」とピザまんを頬張りながら言うと、本日二回目の「ばか」が飛んで来た。
「亜紀斗くんのじゃないよ。これは、真冬さんのぶん」
「へえ。何味を買ったの?」
「私のはバニラ。真冬さんのは抹茶」
「抹茶?」
「うん。だって真冬さん、抹茶好きでしょ」
「……そうなんだ」
 また、彼女は、僕の知らない母の好みを、当然の顔をして言ってのけた。夏祭りのりんご飴以降、こういうことが、度々ある。僕はもう、突っ込むことを完全に諦めて、聞き流すことにしていた。
 家に帰り、ヒマリがリビングにいる母にアイスを買ってきた旨を報告する。母は驚いた顔をして、それから嬉しそうに「覚えてたのね」と言った。僕らは競い合うように手を洗って、僕は部屋に、彼女はリビングにそれぞれ向かった。そのまま母と二人でアイスを食べるようだ。
 しばらくして、僕は喉が渇いて、水かお茶でも飲もうと、台所へ向かった。水を汲んで飲んでいる間、ドア一枚隔てたリビングにいる母とヒマリの話し声が、うっすら聞こえてきていた。とても他愛のない内容だったので、僕は特に気にも止めず、そのまま部屋に戻ろうとして時、母のある発言で、僕はその場に縫い付けられたように動けなくなった。
「……ねえ、ヒマリちゃん」
「どうしたの? 真冬さん。そんな、改まっちゃって。あ、もしかして私なにかした? えー、自覚ないんだけど!」
「そうじゃなくて。……あの、変なこと言うようで申し訳ないんだけどね。……ヒマリちゃんって、その」
「うん」
「……ナツ、なの?」
 ぞわ、と寒気がする。同時に、少し嬉しくもあった。母も、ヒマリが姉であると思ったのだ。気が付いたのだ。僕の仲間ができた。僕はそれが、とても心強く感じた。
「……って、そんなわけないわよね。ごめんね、ヒマリちゃん。おばさん、変なこと言ったね。……でも、でもね、ヒマリちゃん。……もし、もし、本当に、あなたがナツなら……」
「真冬さん」
「……あら、なんの話をしてたんだったかしら? いやね、私ももう歳かしら」
「えー、真冬さんはまだ若いでしょ。あ、真冬さん、食べ終わった? 私、カップ捨ててきちゃうね」
「あら、ヒマリちゃん、ありがとうね。アイスも。アキはこんなことしてくれないから、なんだか懐かしい気持ちになったわ」
「えへへ。私が真冬さんとアイス食べたかっただけなのに、なんだか照れちゃうなあ。あ、じゃあ捨ててくるね」
「ええ。ありがとうね」
「こちらこそ」
 こちらへ向かって歩いてくる音が聞こえて、僕は足早に階段へ向かった。彼女は、母に魔法を使った。そうに違いなかった。母は、彼女が姉であることを……実の娘であることを、忘れてしまったのだ。僕は恐ろしくて、寂しくて、階段を走って登って、部屋に飛び込んで、そのまま布団に包まった。
 僕はこの時、階段に走っていく僕の後ろ姿を彼女が見ていたことに気付かなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

「学校でトイレは1日2回まで」という校則がある女子校の話

赤髪命
大衆娯楽
とある地方の私立女子校、御清水学園には、ある変わった校則があった。 「校内のトイレを使うには、毎朝各個人に2枚ずつ配られるコインを使用しなければならない」 そんな校則の中で生活する少女たちの、おしがまと助け合いの物語

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】碧よりも蒼く

多田莉都
青春
中学二年のときに、陸上競技の男子100m走で全国制覇を成し遂げたことのある深田碧斗は、高校になってからは何の実績もなかった。実績どころか、陸上部にすら所属していなかった。碧斗が走ることを辞めてしまったのにはある理由があった。 それは中学三年の大会で出会ったある才能の前に、碧斗は走ることを諦めてしまったからだった。中学を卒業し、祖父母の住む他県の高校を受験し、故郷の富山を離れた碧斗は無気力な日々を過ごす。 ある日、地元で深田碧斗が陸上の大会に出ていたということを知り、「何のことだ」と陸上雑誌を調べたところ、ある高校の深田碧斗が富山の大会に出場していた記録をみつけだした。 これは一体、どういうことなんだ? 碧斗は一路、富山へと帰り、事実を確かめることにした。

処理中です...