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一月
❶
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三学期に入ってから、ヒマリはいきなり僕と行動を共にするようになった。いや、元からことあるごとにひっつかれてはいたのだが、最近それがより顕著になってきたのだ。
休み時間も放課後もべったりで、授業中までこちらをじっと見つめてくるので、僕は帰り道、春輝と雪ちゃんと別れてから彼女に「どうかしたの。僕のこと好きでもなったの?」と訊いてみた。彼女はにこにこしながら僕を叩いて、「ばか」とだけ答えた。
「ひどいな。僕は真剣に訊いてるのに」
「へえ、なに、私に惚れられたいの?」
「うわ、怖い言い方しないでよ」
「へへ。……でも、あんまり私から離れないでほしいかな」
「それはなんで?」
「……私の役目覚えてる?」
「役目……?」
僕は遠くの方から何とか記憶を引き出して、彼女が家に来た一番最初の日を思い出した。思えば、あれからもうすぐ一年が経つ。彼女との別れも近いのだ。
「ああ、神様から何か言われてるんだっけ?」
「そう。世界を救うの。そのためには、亜紀斗くんと一緒にいることが必須条件なんだよ」
「ああ、そう……それは大変だ」
「そう、大変なの」
にへら、と笑った彼女のその発言を、冗談にすべきかどうか図り兼ねて、僕は口を閉じた。
「寒いね、亜紀斗くん」
「……そうだね」
「こんな日は、アイスが食べたくなっちゃうね」
「寒いのに?」
「寒いからだよ。亜紀斗くんは何味のアイスが好き?」
「特には……あ、チョコは好きかな。ヒマリは?」
「バニラ一択! あ、そうだ、コンビニ寄ってアイス買おうよ」
「コンビニ寄るのはいいけど、僕はアイスいらない」
「あっそ」
僕らはそのまま近くのコンビニに入り、彼女はアイスのコーナーへ、僕はレジまで直行してホットスナックの物色を始める。散々悩んでピザまんを買った時には、彼女はもう会計を済ませて店を出ようとしていた。慌てて後を追いかける。彼女の袋の中にはカップアイスが二つ入っていた。「僕は食べないよ」とピザまんを頬張りながら言うと、本日二回目の「ばか」が飛んで来た。
「亜紀斗くんのじゃないよ。これは、真冬さんのぶん」
「へえ。何味を買ったの?」
「私のはバニラ。真冬さんのは抹茶」
「抹茶?」
「うん。だって真冬さん、抹茶好きでしょ」
「……そうなんだ」
また、彼女は、僕の知らない母の好みを、当然の顔をして言ってのけた。夏祭りのりんご飴以降、こういうことが、度々ある。僕はもう、突っ込むことを完全に諦めて、聞き流すことにしていた。
家に帰り、ヒマリがリビングにいる母にアイスを買ってきた旨を報告する。母は驚いた顔をして、それから嬉しそうに「覚えてたのね」と言った。僕らは競い合うように手を洗って、僕は部屋に、彼女はリビングにそれぞれ向かった。そのまま母と二人でアイスを食べるようだ。
しばらくして、僕は喉が渇いて、水かお茶でも飲もうと、台所へ向かった。水を汲んで飲んでいる間、ドア一枚隔てたリビングにいる母とヒマリの話し声が、うっすら聞こえてきていた。とても他愛のない内容だったので、僕は特に気にも止めず、そのまま部屋に戻ろうとして時、母のある発言で、僕はその場に縫い付けられたように動けなくなった。
「……ねえ、ヒマリちゃん」
「どうしたの? 真冬さん。そんな、改まっちゃって。あ、もしかして私なにかした? えー、自覚ないんだけど!」
「そうじゃなくて。……あの、変なこと言うようで申し訳ないんだけどね。……ヒマリちゃんって、その」
「うん」
「……ナツ、なの?」
ぞわ、と寒気がする。同時に、少し嬉しくもあった。母も、ヒマリが姉であると思ったのだ。気が付いたのだ。僕の仲間ができた。僕はそれが、とても心強く感じた。
「……って、そんなわけないわよね。ごめんね、ヒマリちゃん。おばさん、変なこと言ったね。……でも、でもね、ヒマリちゃん。……もし、もし、本当に、あなたがナツなら……」
「真冬さん」
「……あら、なんの話をしてたんだったかしら? いやね、私ももう歳かしら」
「えー、真冬さんはまだ若いでしょ。あ、真冬さん、食べ終わった? 私、カップ捨ててきちゃうね」
「あら、ヒマリちゃん、ありがとうね。アイスも。アキはこんなことしてくれないから、なんだか懐かしい気持ちになったわ」
「えへへ。私が真冬さんとアイス食べたかっただけなのに、なんだか照れちゃうなあ。あ、じゃあ捨ててくるね」
「ええ。ありがとうね」
「こちらこそ」
こちらへ向かって歩いてくる音が聞こえて、僕は足早に階段へ向かった。彼女は、母に魔法を使った。そうに違いなかった。母は、彼女が姉であることを……実の娘であることを、忘れてしまったのだ。僕は恐ろしくて、寂しくて、階段を走って登って、部屋に飛び込んで、そのまま布団に包まった。
僕はこの時、階段に走っていく僕の後ろ姿を彼女が見ていたことに気付かなかった。
休み時間も放課後もべったりで、授業中までこちらをじっと見つめてくるので、僕は帰り道、春輝と雪ちゃんと別れてから彼女に「どうかしたの。僕のこと好きでもなったの?」と訊いてみた。彼女はにこにこしながら僕を叩いて、「ばか」とだけ答えた。
「ひどいな。僕は真剣に訊いてるのに」
「へえ、なに、私に惚れられたいの?」
「うわ、怖い言い方しないでよ」
「へへ。……でも、あんまり私から離れないでほしいかな」
「それはなんで?」
「……私の役目覚えてる?」
「役目……?」
僕は遠くの方から何とか記憶を引き出して、彼女が家に来た一番最初の日を思い出した。思えば、あれからもうすぐ一年が経つ。彼女との別れも近いのだ。
「ああ、神様から何か言われてるんだっけ?」
「そう。世界を救うの。そのためには、亜紀斗くんと一緒にいることが必須条件なんだよ」
「ああ、そう……それは大変だ」
「そう、大変なの」
にへら、と笑った彼女のその発言を、冗談にすべきかどうか図り兼ねて、僕は口を閉じた。
「寒いね、亜紀斗くん」
「……そうだね」
「こんな日は、アイスが食べたくなっちゃうね」
「寒いのに?」
「寒いからだよ。亜紀斗くんは何味のアイスが好き?」
「特には……あ、チョコは好きかな。ヒマリは?」
「バニラ一択! あ、そうだ、コンビニ寄ってアイス買おうよ」
「コンビニ寄るのはいいけど、僕はアイスいらない」
「あっそ」
僕らはそのまま近くのコンビニに入り、彼女はアイスのコーナーへ、僕はレジまで直行してホットスナックの物色を始める。散々悩んでピザまんを買った時には、彼女はもう会計を済ませて店を出ようとしていた。慌てて後を追いかける。彼女の袋の中にはカップアイスが二つ入っていた。「僕は食べないよ」とピザまんを頬張りながら言うと、本日二回目の「ばか」が飛んで来た。
「亜紀斗くんのじゃないよ。これは、真冬さんのぶん」
「へえ。何味を買ったの?」
「私のはバニラ。真冬さんのは抹茶」
「抹茶?」
「うん。だって真冬さん、抹茶好きでしょ」
「……そうなんだ」
また、彼女は、僕の知らない母の好みを、当然の顔をして言ってのけた。夏祭りのりんご飴以降、こういうことが、度々ある。僕はもう、突っ込むことを完全に諦めて、聞き流すことにしていた。
家に帰り、ヒマリがリビングにいる母にアイスを買ってきた旨を報告する。母は驚いた顔をして、それから嬉しそうに「覚えてたのね」と言った。僕らは競い合うように手を洗って、僕は部屋に、彼女はリビングにそれぞれ向かった。そのまま母と二人でアイスを食べるようだ。
しばらくして、僕は喉が渇いて、水かお茶でも飲もうと、台所へ向かった。水を汲んで飲んでいる間、ドア一枚隔てたリビングにいる母とヒマリの話し声が、うっすら聞こえてきていた。とても他愛のない内容だったので、僕は特に気にも止めず、そのまま部屋に戻ろうとして時、母のある発言で、僕はその場に縫い付けられたように動けなくなった。
「……ねえ、ヒマリちゃん」
「どうしたの? 真冬さん。そんな、改まっちゃって。あ、もしかして私なにかした? えー、自覚ないんだけど!」
「そうじゃなくて。……あの、変なこと言うようで申し訳ないんだけどね。……ヒマリちゃんって、その」
「うん」
「……ナツ、なの?」
ぞわ、と寒気がする。同時に、少し嬉しくもあった。母も、ヒマリが姉であると思ったのだ。気が付いたのだ。僕の仲間ができた。僕はそれが、とても心強く感じた。
「……って、そんなわけないわよね。ごめんね、ヒマリちゃん。おばさん、変なこと言ったね。……でも、でもね、ヒマリちゃん。……もし、もし、本当に、あなたがナツなら……」
「真冬さん」
「……あら、なんの話をしてたんだったかしら? いやね、私ももう歳かしら」
「えー、真冬さんはまだ若いでしょ。あ、真冬さん、食べ終わった? 私、カップ捨ててきちゃうね」
「あら、ヒマリちゃん、ありがとうね。アイスも。アキはこんなことしてくれないから、なんだか懐かしい気持ちになったわ」
「えへへ。私が真冬さんとアイス食べたかっただけなのに、なんだか照れちゃうなあ。あ、じゃあ捨ててくるね」
「ええ。ありがとうね」
「こちらこそ」
こちらへ向かって歩いてくる音が聞こえて、僕は足早に階段へ向かった。彼女は、母に魔法を使った。そうに違いなかった。母は、彼女が姉であることを……実の娘であることを、忘れてしまったのだ。僕は恐ろしくて、寂しくて、階段を走って登って、部屋に飛び込んで、そのまま布団に包まった。
僕はこの時、階段に走っていく僕の後ろ姿を彼女が見ていたことに気付かなかった。
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