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八月
❹
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たこ焼きと焼きそばを二パックずつ持って、信じられない数の人の間を縫って歩く。あまりにも混んでいるため、一旦解散して各々欲しいものを買い、神社で再集合しようということになったのだ。
ヒマリと田中さんは仲良く手を繋いで甘いものを調達しに行き、春輝は「美味そうなもん適当に買ってくるから、被っても怒らないでな!」と元気よく人混みに突っ込んでいった。買えば誰かしら食べるだろうと思って二つずつ買ったが、もし春輝が同じものを同じ思考回路で同じ個数買っていたら持ち帰らなければならなくなるなあ、とぼんやり考える。
神社は、案の定、比較的空いていた。ベンチに座って焼きそばを啜る親子連れや、もう帰るのだろうか、各々フルーツ飴を持って階段を駆け降りていく小学生らしき子供の群れを横目に見つつ、どこか固まって座れる場所を探す。一番上まで階段を登り切って、鳥居に一礼し中に入ると、ちょうどよく、ひとつだけポツンと置かれたベンチが空いているのが見えた。いそいそと座り込んで、席を取った旨を、春輝とヒマリに連絡する。そのままぼーっと待っていると、ヒマリと田中さんが、いちご飴を齧りながら、わたあめやチョコバナナを持って現れた。少しして、何やらレジ袋の中に色々突っ込んできたらしい春輝が、元気よく走ってくる。こいつはどこまで元気なんだろうかと思いつつ、「たこ焼き買った?」と訊くと、これまた元気よく「買った!」と帰ってきたので、僕は思わず笑った。四人もいて、しかもそのうち二人は食べ盛りの男子高校生なのだ。八個入り三パック、計二十四個のたこ焼きなど、すぐ消えるだろう。こんなに元気な春輝もいるのだし。
僕、春輝、ヒマリ、田中さんの順で、ぎゅうぎゅうになりながらひとつのベンチに座り、各々買ってきたものを広げて食べる。くだらない話で盛り上がりつつ、焼きそばの肉をヒマリに盗られつつ、たこ焼きのラスト一個を春輝が掻っ攫いつつ、ゆっくり時間が過ぎていった。とても、楽しかった。
「あー、喉渇いた! 私、自販機行ってくるね」
わたあめを千切って食べながら、ヒマリがそう言った。鞄からウェットティッシュを出して手を拭き、立ち上がる。僕は、ちょい、と春輝を小突いた。お前も行け、二人っきりになれ、そんな機会滅多にないんだから、という意味を込めたそれは、春輝にきちんと伝わったらしく、春輝は、少しだけ緊張したような顔で、「俺も行く。あ、二人のも、買ってくるよ。なんか飲みたいもんある?」と言った。
「ありがとう、山田くん。じゃあ、お茶、お願いしていいかな?」
「僕もお茶。水でもいいけど」
「了解! じゃあ、行こうか、佐々木」
「うん」
二人が自販機に向かって歩いていくのを見届けながら、僕はあることに気がついて、とても焦った。二人を送り出したということは、必然的に田中さんと僕も二人っきりになるということで、それはつまり、さっきの正体不明の緊張と気まずさと、もう一度向き合わないといけないということだ。僕は赤く光る提灯を睨みつけながら、彼女に話しかけるとっかかりを探した。
「……ねえ、佐藤くん」
「……な、に?」
先に口を開いたのは、意外にも、田中さんの方だった。
「佐藤くんは、ヒマリちゃんと、幼馴染み、なんだよね?」
「うん、そうだね」
彼女はしばらく黙って、それから、意を決したように次の言葉を紡いだ。
「……その、あの、嫌だったら、ごめんね。……クラスでさ、四月の頃、二人が、付き合ってるんじゃないかって、噂、あったでしょ?」
「……あったね、そんなこと」
「あれ、ってさ、……本当だったり、するの?」
彼女の声は震えていて、それが冷やかしでないことを物語っている。僕は、彼女がそんなことを訊いてくるとは思っていなかったので、驚いてしばらく固まった。喋らない僕を見て、彼女は、見る間に不安そうな顔になっていく。僕は慌てて、「違うよ」と否定した。想像より、ずっと大きくて、上擦った声が出た。
「僕らは、確かに幼馴染みだし、小さい時からずっと一緒にいたけど、でも、恋愛的な目であの子を見たことは、僕は一度もない」
なるべく誠実に、言葉を探しながら、僕はそう宣言した。勘違いしないでほしい、と思った。本当は、この記憶は外付けであるから、この発言はほとんど嘘だけれど、流石にそこまで説明するわけにもいかない。
「……そっか。じゃあ、違うんだね」
彼女は、少しだけ嬉しそうな声色で、そう言った。心底安心したみたいな声だった。
「……なんで、いきなり、そんなこと訊いたの?」
「えっ、あっ、いや、なんでもない! なんでもないのっ」
彼女は手と首を全力で振って、何かを否定した。耳が真っ赤だ。
彼女は、ヒマリを誰かに取られるのが嫌なんだろうか、と僕は思った。嫌だから、噂のある僕を牽制したのだろうか。女子の友情はよく分からない。
「じゃあ、……あ、これは、本当に興味、なんだけど。……佐藤くんにとって、ヒマリちゃんって、どんな存在?」
「どんな存在……」
僕は、少し悩んで、また空気を悪くするかと心配して……でも、田中さんに素直でありたいと思って、明確な答えを口に出した。
「……姉さん」
「お姉さん? ……その、言っちゃ悪いけど、ヒマリちゃんって、どちらかと言えば、妹じゃない?」
「いや。……僕には、三つ上の、姉がいたんだ。……でも、三年前に、交通事故で」
「……そっか」
「その人に、……なんと言うか、似てるんだ、彼女は」
似ている、どころか、瓜二つだけれど。なんなら、当人ではないかと疑ってすらいるけれど。
「大事な、お姉さん、だったんだね」
「うん」
たったった、と走る音がする。ヒマリと春輝が帰ってきたらしい。僕らは慌ててそっぽを向いて、二人の座るスペースを開けた。
ヒマリと田中さんは仲良く手を繋いで甘いものを調達しに行き、春輝は「美味そうなもん適当に買ってくるから、被っても怒らないでな!」と元気よく人混みに突っ込んでいった。買えば誰かしら食べるだろうと思って二つずつ買ったが、もし春輝が同じものを同じ思考回路で同じ個数買っていたら持ち帰らなければならなくなるなあ、とぼんやり考える。
神社は、案の定、比較的空いていた。ベンチに座って焼きそばを啜る親子連れや、もう帰るのだろうか、各々フルーツ飴を持って階段を駆け降りていく小学生らしき子供の群れを横目に見つつ、どこか固まって座れる場所を探す。一番上まで階段を登り切って、鳥居に一礼し中に入ると、ちょうどよく、ひとつだけポツンと置かれたベンチが空いているのが見えた。いそいそと座り込んで、席を取った旨を、春輝とヒマリに連絡する。そのままぼーっと待っていると、ヒマリと田中さんが、いちご飴を齧りながら、わたあめやチョコバナナを持って現れた。少しして、何やらレジ袋の中に色々突っ込んできたらしい春輝が、元気よく走ってくる。こいつはどこまで元気なんだろうかと思いつつ、「たこ焼き買った?」と訊くと、これまた元気よく「買った!」と帰ってきたので、僕は思わず笑った。四人もいて、しかもそのうち二人は食べ盛りの男子高校生なのだ。八個入り三パック、計二十四個のたこ焼きなど、すぐ消えるだろう。こんなに元気な春輝もいるのだし。
僕、春輝、ヒマリ、田中さんの順で、ぎゅうぎゅうになりながらひとつのベンチに座り、各々買ってきたものを広げて食べる。くだらない話で盛り上がりつつ、焼きそばの肉をヒマリに盗られつつ、たこ焼きのラスト一個を春輝が掻っ攫いつつ、ゆっくり時間が過ぎていった。とても、楽しかった。
「あー、喉渇いた! 私、自販機行ってくるね」
わたあめを千切って食べながら、ヒマリがそう言った。鞄からウェットティッシュを出して手を拭き、立ち上がる。僕は、ちょい、と春輝を小突いた。お前も行け、二人っきりになれ、そんな機会滅多にないんだから、という意味を込めたそれは、春輝にきちんと伝わったらしく、春輝は、少しだけ緊張したような顔で、「俺も行く。あ、二人のも、買ってくるよ。なんか飲みたいもんある?」と言った。
「ありがとう、山田くん。じゃあ、お茶、お願いしていいかな?」
「僕もお茶。水でもいいけど」
「了解! じゃあ、行こうか、佐々木」
「うん」
二人が自販機に向かって歩いていくのを見届けながら、僕はあることに気がついて、とても焦った。二人を送り出したということは、必然的に田中さんと僕も二人っきりになるということで、それはつまり、さっきの正体不明の緊張と気まずさと、もう一度向き合わないといけないということだ。僕は赤く光る提灯を睨みつけながら、彼女に話しかけるとっかかりを探した。
「……ねえ、佐藤くん」
「……な、に?」
先に口を開いたのは、意外にも、田中さんの方だった。
「佐藤くんは、ヒマリちゃんと、幼馴染み、なんだよね?」
「うん、そうだね」
彼女はしばらく黙って、それから、意を決したように次の言葉を紡いだ。
「……その、あの、嫌だったら、ごめんね。……クラスでさ、四月の頃、二人が、付き合ってるんじゃないかって、噂、あったでしょ?」
「……あったね、そんなこと」
「あれ、ってさ、……本当だったり、するの?」
彼女の声は震えていて、それが冷やかしでないことを物語っている。僕は、彼女がそんなことを訊いてくるとは思っていなかったので、驚いてしばらく固まった。喋らない僕を見て、彼女は、見る間に不安そうな顔になっていく。僕は慌てて、「違うよ」と否定した。想像より、ずっと大きくて、上擦った声が出た。
「僕らは、確かに幼馴染みだし、小さい時からずっと一緒にいたけど、でも、恋愛的な目であの子を見たことは、僕は一度もない」
なるべく誠実に、言葉を探しながら、僕はそう宣言した。勘違いしないでほしい、と思った。本当は、この記憶は外付けであるから、この発言はほとんど嘘だけれど、流石にそこまで説明するわけにもいかない。
「……そっか。じゃあ、違うんだね」
彼女は、少しだけ嬉しそうな声色で、そう言った。心底安心したみたいな声だった。
「……なんで、いきなり、そんなこと訊いたの?」
「えっ、あっ、いや、なんでもない! なんでもないのっ」
彼女は手と首を全力で振って、何かを否定した。耳が真っ赤だ。
彼女は、ヒマリを誰かに取られるのが嫌なんだろうか、と僕は思った。嫌だから、噂のある僕を牽制したのだろうか。女子の友情はよく分からない。
「じゃあ、……あ、これは、本当に興味、なんだけど。……佐藤くんにとって、ヒマリちゃんって、どんな存在?」
「どんな存在……」
僕は、少し悩んで、また空気を悪くするかと心配して……でも、田中さんに素直でありたいと思って、明確な答えを口に出した。
「……姉さん」
「お姉さん? ……その、言っちゃ悪いけど、ヒマリちゃんって、どちらかと言えば、妹じゃない?」
「いや。……僕には、三つ上の、姉がいたんだ。……でも、三年前に、交通事故で」
「……そっか」
「その人に、……なんと言うか、似てるんだ、彼女は」
似ている、どころか、瓜二つだけれど。なんなら、当人ではないかと疑ってすらいるけれど。
「大事な、お姉さん、だったんだね」
「うん」
たったった、と走る音がする。ヒマリと春輝が帰ってきたらしい。僕らは慌ててそっぽを向いて、二人の座るスペースを開けた。
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