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八月

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 それから、約一ヶ月が、飛ぶように過ぎていった。学校の夏期講習に通ったり、春輝とゲームをしたり、塾に行ったり、ヒマリと二人でコンビニに行ってアイスを食べたりと、特に大きな事件が起こるでもなく、ヒマリが世界を救いに行くでもなく……僕は彼女のその発言は丸切り嘘なのではないかと疑っているが、そうすると彼女の魔法の説明ができなくなるため、便宜上そうであるということにしている……、実に平和で穏やかだった。
 ヒマリも、もうすっかり我が家に馴染んでいて、……と言うより、もうずっと前から自然にそこにいたみたいで、僕はときどき、彼女と出会ってまだ半年も経っていないということを、忘れてしまいそうになる。
 姉が生きていた時の夏休みにそっくりだ。僕は虚しいやら楽しいやらで、どうすればいいのか分からなかった。分からないままでいいと思った。廊下ですれ違ったヒマリに向かって「姉さん」と声をかけそうになったことも、一度や二度ではない。本当は春にも何度かそういうことはあったが、夏休みに入ってから、格段にその回数が増した。
 八月に入ったばかりくらいの頃、「少し早いけど」と言いながら、両親とヒマリと四人で手持ち花火をした。両手に途中でオレンジから緑に色が変わるやつを持って笑っている彼女は、身長も相まって、僕よりずっとずっと幼く見えた。姉も、両手に花火を持つのが好きだった。同時に火をつけて、同時に色が変わって、同時に勢いが弱まるのが面白いんだ、と言っていた気がする。彼女は、両手の花火を一気にバケツに放り込むのがとんでもなく楽しいのだ、とケラケラ笑ってそう言った。ジュッ、と花火の命が途絶える感触が、堪らないのだ、と。
 最後に家族四人で頭突き合わせて、誰の線香花火が最後まで生き残るか勝負をした。その時の、母とヒマリの会話が、頭から離れない。
「線香花火って綺麗ですよね」
「そうねえ。ヒマリちゃんは、昔っから、花火が好きよね」
「真冬さんもそうじゃなかったでしたっけ? みんなで集まってる時は、子供三人でやってたから、実際に遊んでたわけじゃないけど、真冬さん、ずっと見てましたよね」
「やだ、バレてたの? 恥ずかしいわぁ。小さい頃から好きなのよね、ずっと」
「知ってますよぉ。母に、花火ではしゃいでる小さい真冬さんの写真、見せてもらったことがあります。可愛かったなあ」
「えー、あの子、そんなものまで見せてたの? やだわぁ、恥ずかしい」
「ふふ。真冬さんは今も可愛いよ。……ずっと、可愛い」
「もう、ヒマリちゃんたら、口が上手いんだから」
 母に可愛いと囁くその口ぶりが、随分と懐かしそうで、薄らと笑ったその顔が、あまりにも寂しそうで、彼女は母に会いに来たんじゃないかと、僕は思った。
 線香花火は、まだ周りがパチパチ燃え盛っている中、いの一番にヒマリのが落ちた。それからしばらくして、だいぶ火の粉が大人しくなってきた頃に僕のが、それから間も無く父のが、最後に母のがボトリと落ちた。ヒマリは悔しそうに「次は負けない。また今度、やりましょう。残り、取っておいてください」と笑った。よく覚えている。ちょうど、二週間前の話だ。
 そして今日、約束していた夏祭りの当日である。浴衣着るから先行っててと言ったヒマリを容赦無く置いて、僕は一足先に駅前に来ていた。
 学校近くの神社主催のこの夏祭りは、広い場所が確保できるという理由で学校前の桜並木に多くの屋台を連ねており、寧ろ境内に行くよりも桜並木へ来た方が楽しめるまである。
 まだ日の沈む前だというのに、あたりは人でごった返していた。
 焼きそばとたこ焼きは食べようだとか、春輝は射的をやりたがるだろうなだとか、ヒマリに金魚すくいを諦めさせるにはどうしようだとか、そんなことを一人で考えていると、不意にとん、と肩を叩かれ、僕は驚いて振り返った。
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