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四月

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 行動力と決断力の塊のような姉に、その力を根こそぎ取られてしまったかのように、僕は押しにとても弱かった。きちんと断ったつもりだったのだが、気が付けば彼女は家の前までちゃんと付いてきてしまっていたのだ。
「……あの、本当、警察呼びますよ。ていうか、僕を説得したとしても、両親が許さないと思うんですけど。あの、二人とも、すごく頑固だから。本当、お願いなんで、諦めてください。今なら、まだ、大事にはなりませんから」
「だーいじょうぶだって! 私、神様に直々に命令されて来たんだよ? 魔法……っぽいものも使えるし、記憶ちょこっといじるくらいどうってことないんだから。私はきみのお母さんのお友達の子供で、名前は……ええと、じゃあ、ヒマリ。佐々木ヒマリちゃん! 両親が海外赴任しなきゃいけないから、今日から一年佐藤家にお邪魔することになった……ってことにする。これならいいでしょ?」
「よくないです、というか、一年もいる気なんですか?」
「うん。タイムリミットが三月だからね、ギリギリまで粘ろうかなって」
「粘らなくていい……!」
「ま、いいからいいから!」
 道中ずっとしていた会話を家の前でもう一度繰り返していると、彼女はいきなりインターホンを押した。ぴーんぽーん、と気の抜けた音が響く。うわ、こいつやりやがった、と僕が若干引いた目で彼女を見ると、彼女は僕をまっすぐ見つめて、してやったりとでも言いたげな顔で、下手なウィンクをした。ウィンクというよりは、ただ片目を一生懸命閉じただけと言った方が正しい。思わず少しだけ笑ってしまった。
「はぁい」
 家の中から、くぐもった母の声が聞こえて、僕は少しだけ笑った歪な顔のまま固まる。無情にも玄関はなんの滞りもなく開き、いつも通りの格好をした母が出てきた。
 僕は前を向くことができなかった。自分の息子が女の子一人連れて玄関に立っていることを、ポジティブな母はきっと、恋人を連れてきたと解釈するだろう。どんなに否定したって、恥ずかしがっているだけだと思われるに違いない。向こう一ヶ月はこの話題を持ち出され続け、ご近所さんとの井戸端会議のネタにされ、僕には消えない傷が残るのだ。僕は今後一ヶ月の自分に別れを告げ、できるだけ大事にならないことを神に祈った。
 しかし、いつまで経っても、母の黄色い歓声も、隣の彼女のでしゃばった不可思議な台詞も、全く聞こえない。どうしたのかと思ってチラリと母を確認すると、母は扉を開けた姿勢のまま、目を見開いて静止していた。恋人を連れてきた息子に仰天している、というふうでもない。ぽかんとした間抜けな顔のまま、ただ彼女をじいっと見つめていた。
「……ナツ?」
 先に沈黙を破ったのは、母だった。
「ナツ、ナツなの?」
 彼女を見つめたまま、少しだけ震えた声でそう呟く。やはり母にも彼女は姉に見えるのだろう。姉は、友人や近所の人からナツちゃんと呼ばれていた。
 それからまた、沈黙がしばらく続いた。時間にしておよそ五秒ほどの不思議な間は、今度は彼女によって破られた。
「こんにちは! 今日から一年、よろしくお願いします」
 言うことを聞かない子供に、懇切丁寧に言い聞かせるような声色だった。頭が一瞬、くらりとする。本当に母には佐々木という友人がいて、彼女はその子供で、幼い頃からずっと仲良くしていた……そんな記憶が脳にどっと流れ込んできて、僕はうっすら冷や汗をかいた。
 これが、彼女の言う、魔法。なんて柔らかで温かくて、乱暴な強制なのだろう。穏やかな小川のような顔をして、まるで、水嵩の増した濁流のようだ。物語に出てくるような幸せいっぱいなものとは到底違う、不透明な膜にぐるっと包まれるような、無理矢理なそれが、恐ろしかった。
「……ああ、ヒマリちゃん。そっか、今日からだったわね。いらっしゃい」
「おじゃましまーす」
 正気に戻った母の言葉に、彼女は、勝手知ったるという顔でさっさと奥へ引っ込んでしまった。どうやらさっきの魔法で、彼女は本当に佐々木ヒマリになり、今日から一年間ここに住むことになったらしい。まだ鳥肌が治らない腕をそっとさすり、僕も家の中へ入っていった。
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