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酒と騎士と褒め殺し

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「っぷはー!」

 美味い。ビールは飲めないから少し甘めのお酒しか飲めないけど、普通に美味しい。
 そういえばこの世界に来て初めてお酒を飲んだ気がする。酒場に入ったことも、お酒を買ったこともなかったから。前の世界でも、たまに気分が落ち込んだときに飲んでいたけど──

 また思い出しそうになってしまって、誤魔化すようにジョッキを口へ運んだ。

「いい飲みっぷりじゃん。へへ、飲み比べでもする?」

「いやそれは……倒れたら怖いですし、大丈夫です」

「ちぇ。つまんねーの」

 つまらなそうに口を尖らせてから、笑いを漏らし。ガヤガヤした話し声の中、彼が声を張って話す。視界の端でオレンジ色の明るい髪が揺れた。彼も酒を呷ったようだ。

「ところで名前は?」

「あー……悠斗、です」

「へえ。オレはクレッシタ。騎士団をやってる、今日は久々に休みだから外に出てたんだ」

 ああ、なるほど。道理で鍛えられているわけだ。納得しながら、また酒を口に運ぶ。

「騎士団か……自警団とは、違うんですよね」

「違う。王都直々の団だよ、自警団はそこらの街とかで民間人が自主的にやってる」

「ああ……、なるほど」

 王都直々。なんか、カッコイイ。納得していると、ふふん、と彼が意気込むように口を開いた。

「オレはな、将来騎士団長になるんだ! だから見回りも自主的にしてたんだけどさ……」

 バツが悪そうに口ごもる。そこで子どもが歩いていたから注意をした、ということらしい。はは、と笑って口を開いた。

「まあ、子どもが徘徊してたように見えましたよね」

「ああもう、悪かったっての! ほら、あそこの女の子なんて可愛いじゃん! 話しかけてくるか? 会話に混ざれたら絶対楽しいぜ?」

「え、いやあ……緊張するから大丈夫です……」

「えー? もったいねーの」

 指をさした先には、綺麗なお姉さんがふたり。談笑しながらお酒を飲んでいた。そこに入るなんて、どれだけ勇気があるんだ。すごい人だ。社交性が高すぎる。

 彼なら、少しだけ弱音を吐いてもいいだろうか。たかが酔っぱらいの戯言だと、深刻に受け止めることもないだろうから。

「……俺は、冒険者なんです」

「へえ。いいじゃん」

 切り出せば、表情を変えずに視線だけで続きを促す。それに従うまま、ぽつぽつと心の奥底の憂鬱を吐いていく。

「……今日はあまり、気分が良くなくて。仲間に迷惑をかけちゃったとか、いろいろ考えちゃって……駄目ですね、明るい考えが出てこない」

「ふーん。ま、そんなときもあるよなー。飲んで忘れちまえ」

 予想通りだ。否定することも、かといって重く受け止めることもないその反応に、安堵する。ああ、よかった。自分の面倒臭さに辟易したものの──からりとした明るい言葉が、なんだか今は酷く有難かった。

 飲み干せば新たな酒が補充されていく。またひとくち飲むと、全身がぽかぽかして温かい。思考回路が鈍感になったようで、ワンテンポ遅れてでないと上手く考えられなかった。

「あはは、なんだお前。酔ってきた? なんかすげーぽやぽやした顔してんな、はは!」

「……そう、ですか? 恥ずいな……」

 ふと、思い立って。けらけら笑う彼の全身を見る。俺みたいなちんちくりんとは違って、よっぽど冒険者のように見えるだろう。騎士団で鍛えられているのか、筋肉もついている。前よりは、俺も多少鍛えられたとはいえ──それでも、こうして見るとかなりの違いがあった。

 いいなあ。
 
 呟けば、盃を傾けたまま、不思議そうな顔をした。

「クレッシタさんはガッシリしてて、カッコイイと思って。羨ましい」

「ぶっ」

 小さく吹き出した。気管に入ってしまったのか、忙しなく何度も咳をしている。

「うわ、大丈夫ですか」

「げほ、っごほ、……っんん、なん、とか……」

 喉の調子を整えてから、彼は俺の顔を指さし言った。

「おま、急に褒めんなよ! ビビるだろ! そんなんされたって酒以外は奢んないからな!」

「え、そういうつもりじゃ……お金も出しますし! 普通に、素直にそう思っただけです」

 彼を持ち上げたいわけじゃない。奢って欲しさにそんなことを言う人間だと思われるなんて、誤解にも程がある。
 アルコールのせいで、自分は強気になっているのだろうか。む、と眉根を寄せ、ぼんやりした頭のまま、脊髄反射で言葉を紡いでいく。

「すごくカッコイイですよ。王都の人を守るって、なんか、ヒーローみたいだ」

「……お、う」

「団長になりたいのも、そのために努力をしてるのもすごいですよ。俺、そんな向上心無いですもん。見習わないと」

「……う、あの、うれしーけどさ……」

「ていうか顔も整ってますよね。例えば──」

「もういい! もーいーから!!」

 大袈裟な身振りと大きな声で遮られた。吠えるように言ったあと、ぽつりと消え入りそうな声で彼は言う。

「……なんか、お前みたいな奴、初めて見たわ」

「ははは、言い過ぎですって」

「言い過ぎじゃねーよ、はあ……ばーか……」

「え、なんで……?」

 顔が真っ赤になっている。うう、と呻きながら卓に顔を伏せた。髪から覗く耳も赤く色づいていて、自分も酩酊しながらもこれは飲み過ぎだと察した。

「あー……飲みすぎましたね。すっごい顔赤くなってますよ、そろそろ止めた方が……」

「……、せいだと……」

「すみません、なんて?」

 よく聞こえない。突っ伏したままの彼の横で、会計を済ませる。こんな酔っぱらいに付き合ってくれたお礼として、ふたりぶん払っておいた。

「送ってく。そんくらいしないと、借り作っちまうだろ」

「話聞いてくれただけでも十分……」

「じゃねーの。追い剥ぎにでも襲われたら夢見わりーし!」


 強引な調子に押されながら、なんやかんや──送ってもらうことになったのだった。
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