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小説家②

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「うん? ふむ……ふむ、ふむ!」


 侵入者も回収し、一息ついた頃。ノイギアさんはようやく俺たちの容姿に気がついた、というように──顎に手を当て、頭の先から足の先までじろじろ見つめ、花が咲いたように顔を明るくした。


「いやあ、良いね!! 是非ともキミたちみたいな人物をモデルにしたい!!」


「……モデル?」


「ああそうさ! 例えばキミ! 高い背に程よくついた筋肉! 輝く銀髪に宝石の如く燃える紅い瞳! 世の女性が秋波を送るような甘いマスクの剣士様なんて、英雄となる主人公にピッタリだ!」

 褒め言葉を連ねて、時折頷いて、全身じっくり見ながら彼はロイの周りを回っている。
 ロイはというと、その勢いに圧倒されているのか、ただされるがままにされ固まっていた。

 興奮気味のノイギアさんの視線が、今度はエーベルさんとリュディガーさんへ移る。爛々と輝く瞳は、またいっそうの煌めきを見せた。

「それにそこのふたり! 揃いの金髪に琥珀色の瞳──兄弟かな? 整った顔の、どこか影があるダークエルフの兄弟……うんうん、こりゃあ人気が出るぞ!」

「いやあ、照れちゃうね」

 ふわりと笑って、エーベルさんは特に動じることはなかった。リュディガーさんはなんだか居心地が悪そうにただ瞬きをしているだけ。本当に正反対の双子で、ちょっと面白い。
 
 愉快さを感じながら動向を見つめていれば──標的は、俺に移った。藤色の双眸が俺へ向けられる。どき、と緊張で心臓が大きく跳ねた。


「それで、キミは──」


 言葉を切って、その笑顔は急激になりを潜めた。明らかに三人のときとは反応が違う。上がったテンションがゆっくりと、しかし確実に落ちていくのがわかった。

「……ふむ、パッと見た感じ、これといってピンと来るものは無いな。地味な主人公は何度か書いたこともあるが、今回は向かないからなぁ」

「ぐっ」

 ピンと来るものがない。パッとしない。あまりにも直球の言葉が刺さって、呻き声が漏れた。
 その通りだけど。中の中どころか下くらいの自負はあるけど! 特にロイたちと比べると垢抜けないし相対的に余計地味に見えるけれど!

「気にするな、悠斗。俺は平凡なお前が好きだ」

 リュディガーさんが肩をぽんと叩く。温かい優しさが染みるけれど、平凡は否定してくれなかった。わかってたけれど。
 乾いた笑いしか出せない俺には構わず、ノイギアさんはまた口を開いた。

「僕の作品を読んだことは?」

「……いえ。申し訳ないですが、疎いもので」

「ふむ、それならその地味な主人公を題材にした作品のひとつのあらすじを簡潔に述べようか」

 そうだな。
 考え込むように顎に手を当てた後、人差し指を立てて彼は説明を始めた。痛みが多少は癒えてきた俺は、動作が大きくて面白い人だな、なんて場違いなことを考えていた。

「一番新しい作品で言うと、垢抜けない主人公が己の才能の恵まれなさを嘆き、嫉妬し、葛藤に苛まれ……遂には破滅願望に身を委ね非業の死を遂げる作品を書いたんだ。あまり大衆には受けなかったがね、あれはあれで良い主人公だった。なかなか気に入ってるんだ、人間臭さを前面に押し出していて──」

「陰鬱だなあ」

「こら、兄貴」

 あけすけな物言いに、ノイギアさんは、あっはっはとよく通る笑い声をあげる。

 
「……でも、俺みたい」


 思わず呟いていた。辿る結果はともかくとして──垢抜けない主人公。才能も何も無い。スキルも魔力も無い、俺にそっくりだ。

「……へえ? それはどういうことかな」

「……ユウト」

 興味津々といったノイギアさんの質問。ロイの静かな声。──それは、俺の秘密を言ってもいいのかと、問うような声色で。

「いいんだ。依頼にもあったでしょう」

 彼は刺激を欲している。今回書きたいものらしいそれの条件を満たすことはできないだろうが──スキルも魔力も無い存在は、多少刺激になるだろう。

「ノイギアさん──俺、スキルも魔力もからっきし無いんです」

 目が、大きく見開かれて──好奇心の色が宿る瞬間を、俺は見た。

「……ふうん! 奇遇なものだ、僕がひとつ前に書いた主人公と同じだなんて。スキルも無い、魔力も無い……まあ地味な外見ではあるが、悪い意味で非凡だったんだよ、彼も」

 なにか運命的なものを感じざるを得ないね。

 口角を上げて、酷く愉快そうにそう言って。彼は大きく一歩を踏み出し俺へにじりよる。勢いについ下がろうとすれば、その分また距離が詰められる。

 屈むようにして、下から覗き込む。見定めるような視線に、なにか底知れぬ恐怖を覚えた。

「キミ、劣等感は? 無力感は? 周りの人間や……特に、優秀そうな仲間である彼らと比較して、絶望に苛まれることは無いのかい?」

 心の奥底まで容赦なく掘り下げる質問に、俺は咄嗟に答えることもできず──ただ、黙り込むことしかできなかった。
 だって、それは。そんなことないです、と答えられるほど、俺は綺麗な人間ではなかったから。

 う、と呻きにもならない何かを漏らすことしかできない俺の様子に気づいたのか──ノイギアさんは、一歩下がって小さく笑う。

「……フフ、意地が悪い質問をしてしまったね。すまない、気を悪くしないでもらえるとありがたい……時々、好奇心が行き過ぎてしまうんだ」

「い、いえ……大丈夫です」

 息を吸ってから──綺麗ではない内心を、俺は語る。下手な嘘で隠しても、ノイギアさんの欲求は満たせないだろうから。

「劣等感が……無いと言えば、嘘にはなります。無力感も、あります。足手まといには、なりたくない。俺に夢を与えてくれたからこそ、みんなの力になりたい」

「……ユウトはもう十分、俺の力になってくれている。こちらが返し足りないくらいだ」

「……ありがとう、へへ」

 飾り気の無い褒め言葉に、だらしなく頬が緩む。本当に、仲間に恵まれている。

「……ふうん。いいね、興味深い」

 また、好奇心の色が瞳に浮かんだ。今度は静かな、どこかしっとりとした知的欲求、とでも言うのだろうか。その証拠に、彼は先ほどのような興奮した様子は見せなかった。


「ふむ。──今日の依頼は、なかなか面白い結果になりそうだ」


 くく、と喉で笑う。


 ──もう少し、話をしよう。


 そう言って。眇られた、どこまでも見通すような眼が、俺たち四人を見据えた。

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