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とある剣士の独白②

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 父と母は、褒められた親ではなかった。世間一般の親としては、最低と言っていいほどだっただろう。


 俺は今でも、アイツらを人間だとは思っていない。モンスターだと思っている。……思い込んでいる。

 ああ、そうだ。俺が殺したのは、今まで殺したことがあるのは──間違いなく、だけなんだ。

 物乞いでもしてこいと言われ、都へ覚束無い足取りで向かった日があった。みすぼらしい子どもだったからだろう、汚いものを見る目で一瞥して通行人は去っていく。このままでは帰れない。機嫌が悪くなってまた妹が殴られる。人通りの多いところなら、望みはあるだろうか。
 そうして俺は、とある教会に面した路地へ辿り着いた。荘厳な建物の中から聞こえるのは、賑やかな声。つられるままに重厚な扉をそっと開けて盗み見る。そこでは、清潔感のある黒い衣服を纏う女性が、穏やかな顔で何人もの子へと話をしていた。

『……魔物とそれでない者の線引きは、欲望のまま他者を傷つけることにあります。つまり、自分勝手にして誰かを傷つけるのは魔物と変わらなくなってしまうのです』

 小難しい話をするものだ。そうは思いつつも、不思議と聞き入ってしまう。乾いた喉が水を潤すように、なぜだかもっと続きが聞きたくなっていた。気品と威厳のあるその話し方は、子どもらが食い入るように聞く魅力があったのだ。
 何より。彼女の話す内容が、他人事ではなく思えたからだ。
 
『──決して誰かを傷つけてはなりません。わかりましたか?』

 今思えば、授業のようなものでもしていたのだろう。教えを説くシスターに、裕福そうな服で身を包んだ一人の子どもが勢いよく手を挙げる。

『はいはーい、シスターさん! もし傷つけたらどうなるんですかー?』

『そうですね。相手に辛く、痛く……悲しい思いをさせてしまいます。自分がされて嫌なことはしてはいけません』

『でも、どこだっけ……パパが言ってたけど、遠くでさつじんじけん?があったんでしょ?』

『ねえねえ、さつじんじけんってなに?』

『えと、だれかをすっごく傷つけちゃうことだってパパが言ってた! しちゃだめなんだって!』

『ええ、あれは痛ましい事件でした。……いいですか、皆さん。もし、そういうことをしてしまったら。どんな治癒魔法でも治せないほど、傷つけてしまったら……皆さんの場合は、人間の命を奪ってしまったら──』

 ──その人はという、永遠に消えない罪とスキルを背負うことになるのですよ。どんな理由があろうと罪人は、十字架と共に生きていくのです。


 神のように冷酷に。聖母のように慈悲深く。名前も知らないシスターの凛とした声が、聖堂の中で。そして、頭の中で反射する。転がった物言わぬ二つの肉人形を見下ろしながら、は、と喉が引き攣って乾いた息が漏れた。


 それは紛れもない、父と母。


 殴られて、蹴られて、散々罵られて、吐瀉物を撒き散らして、涙を流して。


 気がつけば、目の前には肉塊があった。


 座り込んで、考える。こいつらは、何が気に食わなかったんだろう。子どもが自分たちに役立ちそうにないスキルを持って生まれたから? それとも、いくつもスキルを持つ奇特さが気に食わなかったのか? それとも単純に、要らない存在だったのだろうか。だったら、産まなければよかったのに。
 考えたところで、もうわからないけれど。


 頭の中で冷静な自分が語りかけてくる。お前は人殺しだと。呪われたスキルはもう消すことが出来ないと。うるさい。うるさい。


『いくら現実から目を逸らして否定したところで、お前の罪は二度と消えない』


 わかっている。わからない。ああ、黙れ、黙ってくれ!

『ああ、なんて無様だ! お前はくだらない存在を消すためだけに、堪え性も、地獄から抜け出す力も知恵もないばかりに自ら罪人に身を落としたんだ! 言い逃れても無駄だ、鑑定スキルを使われたらすぐに暴かれるさ。救いようのない男だとバレてしまうな?』
 
 
 そうだ、他人から見られたら知られてしまう。俺は人殺しだと。どうすればいい。どうすれば、どうすれば俺は妹と共に障壁も無く生きていくことが出来る?やっと他の人間と同じように、普通に生きていけると思ったのに。平穏を脅かす魔物を消せたのに。身体に満ちた力が、スキルの存在を示している。もう消すことは出来ない。なら、なら────


 そうか。だったら──隠してしまえばいい。平凡なスキルの蓑を使って、この命が尽きるまで。


 妹には真実を話した。解放された真珠のような涙が大きな瞳から溢れ、固い抱擁を交わした。そうして、ふたりで旅に出た。早朝、鬱屈とした村を飛び出て、数日さまよった後にほうほうのていでまた別の村に辿り着いた。
 心優しい人が集うそこは、身寄りのない俺たちに居場所を与え、誰も彼も冷たく当たることはなかった。冒険者としての生活も安定し始め、焦がれるほど望んでいた、妹との穏やかな生活が手に入ったのだと浮かれていた。



 依頼から帰って来たある日、魔物に蹂躙され尽くした村を目の当たりにするまでは。



 血に塗れた家屋や無惨な隣人たちの死体に吐くのを堪えながら、妹の名を叫ぶ。喉が痛い。血の味がする。

 開いたままの扉は外側から傷つけられて、原型を留めていなかった。魔物の騒がしい声。衝動のままに飛び込むと、一匹のゴブリンがまさにその瞬間妹を追い詰めていた。自分と同じ色の潤んだ瞳と、目が合う。安堵が広がっていくのが、やけにゆっくり見えて。

『おにいちゃ──』

 鈴を転がすような声は途切れた。振り下ろされた斧が、銀の髪を、赤く、染めて──

 ぷつ、と何かが切れる音がした。







 

 初めて、こんなに気を張らなくていい相手に会えた。もう出会えないだろうと思っていた、真に心を許せる相手に会えた。村を滅ぼされてから忘れた、人間らしい感情を久々に取り戻せたような気がした。
 何もかも失ってばかりの人生だった。だからこそ。今度こそ絶対に、離さないと。醜い執着心が、思考を満たした。






 あの日から消えないパッシブスキル。人間を殺す度、永続的に能力が向上するらしい。ふざけたスキルだ。なんて悪趣味なのだろう。もしも神がいるのなら、人を弄ぶのが趣味なのかと疑うほどに。

 だが、もういい。

 この青年を。ユウトを守れるのなら。そばにいられるのなら──薄暗い過去も、隠し通す。

 何も知らず眠るあどけない想い人を、するりと撫でる。

 剣士の顔には、昏い、どこまでも昏い蔭ができていた。
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