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王都・因縁①

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「……王都なら、ここよりも広い。手がかりはあるかもしれない」

 依頼をこなし、日を重ねど。元の世界へ帰る手がかりは、未だ見つからず。街にある図書館の書物を読んでも、元素や魔法だったり。難しいことばかりで理解もできない。
 頭を抱えた俺に、ロイからされた提案。二つ返事で俺たちは王都へと向かった。


「広い!!」

「っふふ、ああ。街よりもずっとな」

 街も賑わっていたが、王都はその比ではない。人口密度は高いし、高い建物も建っている。あそこにあるのは教会だろうか。
 興奮で胸が高鳴る。手がかりを探すのはもちろんだけれど──探索がしてみたい!

「それじゃあ、とりあえず書物でも探しに──」

 ロイにつられ、一歩を踏み出した瞬間だった。

「痛っ!! ……す、すみま──」

「テメェ、ロイか」

 低い声。痛みに気を取られる間もなく、顔を上げる。彫りの深い、顔に傷のある男性。俺に目をくれることもせずに、ロイを睨みつけていた。

 ただごとではない。瞬時に察する。彼は──きっと、ロイのかつてのパーティメンバーなのだと。

「……久々だな、ロイ」

「……ああ」

 忌々しげに友人を睨む男性は唸るように言葉を発した。今にも殴りかかってきそうだと思ってしまうほど、荒々しい怒りが瞳に滲んでいる。

 口を挟んでは、いけないのだ。事情を何も知らない俺が、首を突っ込んでしまえばもっと事が拗れるだろうから。

「よくものうのうとここに戻って来れたもんだ」

「……すまない」

「二度とその面見せるなって言ったはずだが、お前そこまで頭悪かったか?」

 真っ直ぐ面と向かって言葉を受け止めるロイは、俺よりもずっと立派だ。それに、比べて。発される罵詈雑言ひとつひとつに怒りが沸き上がり、顔を伏せていなければ不快感を顕にしてしまう俺はなんて至らない人間なのだろう。固く握った手の内で、爪が食い込み痛みが走った。

 言い返してしまえば、おしまいだ。事を荒立てないためには、ロイに迷惑をかけないためには静かにしているのが最善なのだ。

「ああ、まあ役立たずってことも理解してなかったもんなぁ。お前さ、いい加減冒険者辞めろよ。お前なんかが続けたところで誰の役にも立て――」

 ああ、だけど。

「いい加減に、してください」

 優しい友人が侮辱されても黙っていることが大人だというなら、俺は未熟な人間でもいい。

「……なんだ? お前、コイツのなんなんだよ」

 怪訝な表情でそう言う彼に、緊張で肩を強ばらせながら俺は口を開いた。堂々と――していたようには見えないかもしれないが、しっかり目線を合わせて、決して逸らさないように。

「俺はロイの友人です。それに、一緒にパーティを組んでいる仲間です。……だから、彼を侮辱するような言葉は聞き捨てならないんです。やめてください」

 そうだ。彼がどんな気持ちで冒険者になったか、それを知った上で『誰の役にも立てない』などと言おうとしたのか。もしそうならば神経を疑う。そうでなくとも、平然と人を傷つける言葉を吐ける人間性に嫌気が差した。
 もしかしたら、その言葉の裏には俺には計り知れない事情があるのかもしれない。だからって黙っていられるわけがないのだ。

 ぽかんと数秒、目を丸くして俺を見下ろす。しかしすぐに口角を吊り上げ、嘲笑の声を上げ始めた。

「っは、はは! おい、なんの冗談だよ!!」

「冗談って、なにが――」

「一般人かパシリかと思ったら仲間だと!? っく、ああ、なんだよロイ、お前気の毒だなぁ!? ろくに組む相手も選べなかったのか!」

 息を飲んだ。向けられた悪意に、目を丸くする。

「パッとしねえ奴だな。なあ、お前どんなスキルが使えるんだ? 魔力はどれくらいなんだよ、教えてくれよ! はは、『鑑定』が使えりゃ良かったぜ!」

「っ、それは……」

「ほんっと傑作だ! てめえもなんだかんだ自分より下のやつを見下して悦に浸ってるんじゃねえのか──」

「いい加減にしろ。クロルド」

 俺は一瞬、それが一体誰の声なのかわからなかった。だって地を這うようなその声は、平生の確かに優しさの滲むそれとは全く違っていて。

「ユウトに近付くな」

 呼ばれた名と、後ろから腰を強く引かれたことで、俺はようやくロイが発したのだと理解したのだ。


「以前迷惑をかけたことは申し訳ないと思っている。関わるつもりも毛頭無い。だが、それ以上ユウトを侮辱するのなら――」

 俺はお前を、許せなくなる。

 紅い瞳は、燃える炎のようだった。

 忌々しげに舌打ちをして、踵を返し去っていく。俺は呆然と、後ろ姿を見つめることしかできなかった。

「……すまない。人間相手にあれほど怒りを抱いたのは初めてだった」

「……そう、なんだ」

 胸がむず痒い。そこまで俺のために怒ってくれたのか、などという自惚れは必死に隠していつも通りを装った。正直、少し、いやかなり嬉しいのだが。
 自責感で僅かに表情を歪めるロイは、考え込むように顎に手を当てている。

「怒りを抑えることができないのは未熟な証拠だ。反省しなければいけないな」

「はは、じゃあ俺もだよ。ロイがあんなこと言われてムカついたから口出しちゃったんだもん」

 余計なことしてごめん。

 自省とともにそう言うと、彼は数秒視線を惑わせて口を開いた。その紅い瞳には戸惑いにも似た色が浮かんでいる。

「……だが、俺は……お前がそうしてくれたことが――嬉しいと、そう思ってしまった」

「……それも、一緒だね」

 噛み締めるように呟く。ロイは小さく目を見開いて、ただ「そうか」と微笑んだ。

「ま、反省は後にしようよ。美味しいものでも食べに行こう!」
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