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翠の獣人──人形師と依頼

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「……人形師さんからの依頼?」

 特訓も終え、さあ依頼をこなすぞと意気込んだギルドの中。ロイからの言葉に、俺は目を瞬いた。

「宝石の原石の採集をしたいらしい。簡単に言えば護衛も兼ねた依頼だ。魔物は確認されていないものの、念の為に……ということだ」

 もしかすると――と、ロイは一瞬依頼書に目を落として言った。視線は依頼人の欄へ注がれていた、ように見えた。カトラ=クテュール。それが依頼人の名だった。

「原石自体それほど希少ではないとはいえ……数日寝泊まりする覚悟はした方がいいだろう。ユウトさえ良ければ、この依頼を受けたいんだが……」

「いいじゃん! どんな素材か俺も気になるし、受けようよ!」

 初めての任務ならば、討伐よりは入口としてちょうど良いだろう。二つ返事で受け入れれば、ゆる、と頬が緩んで、俺もつられるように笑った。

 そんなやり取りをしたのが数日前。依頼当日となった今日、俺たちは初めて依頼人とギルドで落ち合うこととなっていた。

 待ち合わせ場所である受付の前には、ひとりの青年が静かに佇んでいた。切り揃えられた翠色の髪と気怠げな青い瞳、それと――狼のような耳と尾が生えていた。これまた綺麗な翠色。
 獣人は人口としては決して少なくない。今もギルドを見渡せば何人も目に入るほどだ。しかし、そういった人から依頼を受けるのは初めてだった。ぴんと立った柔らかそうな耳を飾るオレンジの宝石がついたピアスが特徴的だ。

「彼だ」

 ロイがそう言うと、その人も俺たちに気付いたようで伏せていた視線を向けた。

「……貴方たちが、依頼を受けてくれる人?」

「ええ。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします!」

 ロイが慇懃な口調で頭を下げる。俺もつられて頭を下げた。「うん、よろしく」ゆったりと、しかし淡々とした喋り方に、なんだか壁を作っているような──いや、仕事の関係だからそれは当たり前かもしれないが──とにかく、なにか違和感を覚えたのだ。しかし特に触れもせず、俺たちは挨拶もそこそこに採集地へと足を運ぶことにした。


 目的地である洞窟はそれほど遠い場所ではないため、今回魔石の支給はされなかった。それもそうだろう。毎度毎度高価なものを渡していたら、ギルドの経営が破綻してしまうだろうから。ロイに聞いてみたところ、襲撃など事を急ぐ場合にも支給されるようだ。
 歩きながらにはなるが、俺たちは改めて今回の依頼の確認をすることにした。

「今回の依頼は、洞窟にある原石の採集でしたね」

「……うん、装飾に使うから。原石は、こういうの」

「わぁ……」

「一応言っておくと、加工はしてないよ」
 
 例として見せられた小指の爪ほども無い小さなそれは、息を飲むほど美しかった。人の手を入れずとも原石の状態から眩い輝きを放っている。見惚れていると、きらきら光るその中にある物に気付く。一輪の花だ。硬い石の中で眠るように嫋やかに咲いていた。

「閉花石、ですね。何度か見たことがあります」

「へいかせき、……ああ、なるほど。閉花……」

 ロイの言葉に納得する。なるほど、確かに花が閉じ込められている。閉花石という名の通りだ。
 これは、枯れることはないのだろうか。

「ここによく咲く、魔力を有する花が入ってる。石ができていく過程で取り込む。壁とかに埋まってることも多いから、掘って取り出して。ノミとか道具はあるから」

「これは、ずっと咲いたままなんですか?」

「うん。取り込まれた段階から成長することも無い、だからエネルギー源のひとつである魔力を消費しないまま。周りの石を壊さないかぎり、萎れもしない」

「なるほど……」

 なんだか、それはそれで悲しいような。花は枯れるからこそ美しいともいうが、永遠の命を手にした花は一体……いや、難しいことを考えるのはやめよう。柄じゃない。

「重要なパーツになるから、欲しいんだ」

「なるほど……頑張ります」

 重要なパーツを見つけ出す。これは、なかなか責任を感じる依頼だ。どんな依頼でもそうだけど。
 カトラさんの言葉に、俺は心の中で固く拳を握って意気込んだ。


 ほんのり輝く色とりどりの鉱石たちが、薄暗い洞窟の中で光源となっている。なんとも幻想的なその光景に、俺はまた息を飲んだ。先導していたロイが立ち止まり、くるりと俺たちの方へ向き直る。

「まずはこの辺りから探していきましょうか」

「うん。ここも花が咲いているから、探せばあるとは思う」

「わかりました!」

 下に目をやれば、確かに小さく可愛らしい花が群生している。あの宝石の中に入っていたものと同じ花だろう。

「あ、これ……! 見つけたかもしれません!」

「……だめ。確かに同じだけど、輝きが足りない」

「輝き……もっと綺麗なやつ、ですか」

「うん。今回のはあまり人工的な処理をしたくない……そのままカットするから、元から満足いくくらい綺麗じゃないといけない。それに不純物が多い」

 それから探すこと数時間。

「これは小さすぎる。飾りには不十分、もう少し……このくらいあると望ましい」

「これは似てるけど違う」

「だめ」「これもだめ」「違う」

 却下の連続。なるほど、これは長い戦いになりそうだ──不甲斐なさに、情けない声で謝罪した。

「すみません……」

***

「今日はこの辺りにしましょう。そろそろ効率も落ちてくる頃です」

 ロイのひと言を皮切りに、どっと疲れが押し寄せた。簡単に野営の準備を整え、俺たちは囲むようにして食事を共にした。

「カトラさんは、昔から人形がお好きだったんですか?」

 簡易的な夕食を口に運びながら、ふと問いかけた。カトラさんはほんの少しだけ目を丸くして、食事の手を止めていた。

「どうして人形師になろうと思ったのか、ちょっと気になって」

「……そうですね、私も気になります。差し支えなければ、教えて頂けませんか」

 ロイが同調してカトラさんに視線が集まる。彼は考え込むように数秒黙り込んでから、ゆっくり唇を開いた。

「ドールは、好き。ぬいぐるみも……綺麗だし、ギュッてできるし、……何も考えてないから」

「……何も考えてない?」

 思わず聞き返す。彼は何も言わず、ただ視線を落としていた。
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