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街にて

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 そびえ立つ門の前に、俺は立っていた。

 ここがあの、ギルド。胸が高鳴る。
 不安と期待で、酒場の入口にも似たそれが不思議と物々しく見えた。

「な、なあ……冒険者じゃないと入れないとかない?」

「いや。冒険者志望の者だって多くいる、基本的に出入りは自由だ」

「そ、そっか。よかった」

 着いていく形で足を踏み入れる。慣れた足取りの彼に小鴨のように着いていく俺はさぞ不審に映ることだろう。
 そこかしこで人々が神妙な顔で話し合いをしていたり歓談していたりして、なんとも賑やかな印象を受けた。辺りを見渡すと、どうも何人組かで固まっている者が多い。俗に言うパーティというやつだろうか。確かに数人で依頼はこなした方が安全だろう。

 そこまで考えて、はた、と気づく。ロイはパーティを組んではいないのだろうか。後ろから端正な顔を眺める。なんとなく聞きづらい話だ。

「報告してくる。ここで待っているか?」

「あ……じゃあ、うん」

「わかった。すぐに戻る」

 入口の方には依頼書が何枚も貼り付けられたボードがあった。どうやら仕事を受けたいときはこれを剥がして受付に持っていく、という運びらしい。何人もの冒険者が前にたむろし、代わる代わる依頼を受理していく。近くに寄ってぱっと見ただけでも依頼の種類は様々だ。魔物やお尋ね者の討伐や調査、護衛、素材の採取にポーションの調達まで。

「……ちょっといいか?」

 後ろから軽く肩を叩かれる。振り向けば、体格のがっしりした男性が俺を見下ろしていた。

「アンタ、あのロイのパーティメンバー?」

「え? いや、違います違います!」

「なんだ、ちげえのか……」

 がし、と乱雑に頭を搔く。期待が外れたような、それでいて納得したような複雑そうな表情を浮かべていた。

「……ええと、なんかすみません」

「ん? ああいや、悪ぃな。アイツパーティに誘われてもいつも断ってるからよ、ようやく組んだのかと思ったんだ」

「断ってるんですか」

 反射的に聞き返せば、彼はああ、と小さく頷いた。

「大方案内でもされてたってところか。アンタ、ここで見たことねえ顔だよな。冒険者希望? それとも新人か? わかんねえことがあるなら教えるぜ」

「ええと、どちらでもなくて……ロイの付き添いなんですよ。依頼の報告が終わるのを待ってて」

「……付き添い? ロイとどういう関係なんだ?」

 関係?
 それは、俺の自惚れでなければ──

「俺は……ロイの、友だちです」

「……へえ。なるほど、あの朴念仁にも友人がいるなんてな」

 照れを滲ませて応えれば、男性は愉快そうに口の端をつり上げる。朴念仁。そう思われているのか。確かに表情は少しだけ固いような気はするけど。

「ま、なんか困ったことがあったら言えや。いつでも話なら聞いてやるからよ」

 ひらりと手を振られ、同じように返した。いい人だ──しみじみと感じ入りながら振り返ると、ロイがそこには立っていた。なんだか、ぽかんとしたような顔で。

「ロイ、報告は終わったの?」

「……ああ。つい、さっき」

「お疲れ。ギルドってすごいな、想像してたよりもずっと賑やかだった」

「……市場の方はもっと賑わってるぞ。見に行くか?」

「わ、行くよ!」

***

 賑わう街で、子どもたちや大人の明るい声が響く。露天商が様々な物を売っている。武器に杖、果実に魚、それと輝くアクセサリー。

 一際目を引いたのは──真っ赤な指輪。ロイの目の色と同じそれが、つい気になったのだ。

「兄ちゃん、どうだい? 気になる子にでも、自分用にでも!」

「いやあ、綺麗ですけどあいにく手持ちが──」

「買おう。贈らせてくれ」

「おお、さすが色男! 気前がいいね!」

 隣から聞こえてきた声に、耳を疑う。そちらを向けば、ロイはすでに店主とやり取りをしていた。

「え、いやそんな……悪いって」

「助けてくれた礼もあるが。……ユウトは大切な"友人"なんだ。それくらいさせてくれ」

 はにかんだ彼に、俺は何も言えなくなって。ありがとう、とか細い声で返すことしか出来なかった。

 食事処。噴水が目を引く広場。路上で踊る人々。目新しいものに目移りしている最中──ぽつりと、ロイが言葉を漏らした。

「俺がパーティを組んでいないこと、不思議に思ったか」

 それは。

 沈黙を肯定だと受けとったらしい。ふ、と笑ってから、彼は言葉を続けた。

「ここに来る前は、王都のギルドでパーティに所属していたんだ。……だが、ある日突然リーダーから脱退するように言われた」

 ここから王都まではかなり距離があると聞いている。かなり栄えているらしいそこに所属していたのか。しかも、今とは違ってパーティを組んで。

「……なんでか、聞いてもいい?」

 恐る恐る聞けば、彼は凪いだ表情のままで。

「力不足だと言われた。足を引っ張る荷物だから、ここには不要だと。……だから、抜けた」

 力不足。ロイが、荷物だと。
 ぐつりと、腹の底で強い感情が沸きあがる。顔も分からないその相手に、言いようのない憤りが首をもたげた。

「なんだ、それ。ロイのこと荷物なんて……」

「仕方の無いことだ。命を賭ける仕事である以上、足手まといはいない方がいい。生半可な同情でそいつを置いていたら全滅すら有り得る……頭がそう判断したのなら従うだけだ」

 言い切るロイに、俺は不意を突かれた。怒りをぶつける場所が無くなってしまって、上手く言葉が出てこない。

「それは……そうかもしれないけどさ。だからって……なんか、あー、モヤモヤするなぁ……」

 口ごもる俺へいいんだ、と言って彼は小さく首を横に振った。

「今は自分を鍛える修行の途中だが、少しは強くなれた。そのためのきっかけをくれたんだ。感謝している」

 前向きと言うか、なんというか。どこまでもさっぱりとした男だ。
 自分の未熟さを知らされたようで、気恥しさが生まれる。膨らんでいた怒りはみるみるうちに萎んでいった。彼が荷物呼ばわりされたことはうまく飲み込めそうにないが、凛としたその横顔にこれ以上当事者でもない俺が怒りを顕にする必要も無いだろうと悟った。

「……ロイは、しっかりしてるな。俺だったらもうめちゃくちゃ怒りまくって、成長なんて出来てなかったよ」

「っふ、はは。そこまでか」

「俺もしっかりしなきゃな」

「……自惚れでなければ、お前は俺のために怒ってくれたんだろう? その優しさは美点だ。……ありがとう」

「そんな……」

 優しいのはどっちだろう。

「仕方ないとは思ったが、やはり多少はそのことを引き摺ってしまってな。パーティを組むのが、少し怖かったんだ」

「……なんで教えてくれたの?」

「ギルドで不思議そうにしていただろう。何も聞いてこなかったのは有難かったが、ユウトには話したいと思った」

 ほんの僅か、目を眇めて。彼は薄い唇を開いた。

「……ユウトと冒険ができたら、どんなに楽しいのだろうな」

「はは、確かに!」

 彼とどこまでも行って、広い世界を探検する。なんて夢のある話だろうか。

「……でもさ、ロイも言ってたろ。足手まといが居たら全滅する危険があるって」

「……そうだな」

「俺は魔法も何も使えない。それにあの日……ロイと会った日ね。助けを呼ぶ最中に魔狼に襲われたけど、そのまま死を覚悟したくらいには度胸も無いんだ。もし俺のせいでロイが危なくなったら、一生後悔するよ」

「……ああ」

「……俺も、魔法が使えたら。それか、少しくらい剣を扱えたら、ロイの力になれるのにな……」

「……! ユウト、お前が……本当に俺と冒険に出てくれるのなら……俺と、パーティを組んでくれるというのなら――」


「俺と、剣術の訓練をしないか」

「……訓練?」

「ああ。剣の指南を頼まれたこともあるんだ、多少は慣れている」

 なるほど。彼はひとりでも依頼をこなせるほどに強いのだから、納得だ。素人目から見てもロイは凄腕の剣士であることがわかる。

「無理にとは言わない、お前の命だって危険な目に遭う可能性だってある。村に戻って話をした方が良いだろうし、反対されても当然だ。だが……俺はそれほど、本気なんだ」

 ふ、と相好を崩して、また続けた。

「……もし無理でも、また会いに来る。恩も返せていないしな。今生の別れじゃないさ」

 そう、言うけれど。一時的とは言え、ここで離れるのは、なんだか。すごく、嫌だ。

 そう思ってしまうのは、閉ざされていた冒険への道をどこかで諦めきれない子供じみた冒険心故か。それとも、その旅の末、元の世界へ戻る方法が見つかる可能性へのおぞましい執着心のせいだろうか。……そうかもしれない。
 だけど俺は、この青年と旅をしたい。もしも冒険をするなら、彼が、ロイがそばに居て欲しい。その気持ちに偽りは無い。


「……俺はロイと一緒に旅をしたい」



「けど、村に戻って親父さんに話をするよりも前に、ロイに話さなきゃいけないことがあるんだ」

 真剣な顔のまま、彼は黙って言葉の続きを待った。

「俺が旅をするとしたら――ひとつ、目的がある」

「……目的、か」

「うん。……俺が、元々いた場所への帰り道を見つけたい」

「……それは、一体……」

「あのな、俺――この世界じゃないところから来たんだ」

「……は……」

 呆けた顔に、思わず吹き出す。当然の反応だけれど、なんだか面白くて。

「異世界から来たんだ、俺。もし帰る方法があるなら──それを探したい」

 いいかな。

 問いかける。ロイは、視線を少しうろつかせてから──覚悟の決まった目で真っ直ぐ俺を見据えた。

「わかった、約束する。俺も協力させてくれ。だから──それまでは、共に旅をしよう」

 差し出された手を、固く握る。始まる新たな冒険譚とできた友人に、胸が大きく高鳴っていた。
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