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お泊まり会・終幕
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そこからは、意外と難も無く。
リビングで彼ら兄弟と夕ご飯までゲームをして、夜はまた彼らのお母さんが作ってくれた料理に舌鼓を打って。歯を磨いたあと、やって来た眠気に欠伸をする。
ああ、なんとか一日を乗り切れた。思ったよりも自分は失態をしていないし、彼らには慈悲がある。この調子ならば生きたまま帰れそうだ。
お気に入りの抱き枕はないが、まあきっとすぐ勉強の疲れで眠れるだろう。
ふあ、ともうひとつ欠伸をしたそのとき。テレビの傍に行った楓真が、何かを取りだした。
「じゃ、ホラー映画見よっ!! 夜はそのまま雑魚寝でいいよね?」
「え?」
真っ暗な部屋。テレビの明かりだけが、俺たちを照らす。再生されたそれは有名ではないが、なかなかどうして面白い。思わず息を飲んでしまう。
おどろおどろしい画面の中。主人公の男が、物音がした物置に手を伸ばす。中には、人ならざるものがいるのか。それとも、ただ何も無いのか。鼓動に似たBGMが、恐怖をよりいっそう掻き立てる。典型的ではあるが、技巧が巧みであるからこそ余計に恐ろしい。
そうして、主人公が、がらりと勢いよくそこを開けた瞬間──
「わああああああ!! ああああああああああ!!」
「陽、声大きいよ。ご近所の迷惑になっちゃう」
「なってもいいです!!」
隣から陽真くんの叫び声が聞こえてくる。山場がある場面ではずっとそんな調子だった。そうでなくとも、ひ、なんてか細い悲鳴が漏れている。
いつも冷静だから、非科学的なものなんて鼻で笑いそうなのに、予想外の反応だ。
頭まで潜った毛布から、目から上だけを出している。いっそ、見なければ怖いこともないのだろうが──それほど続きが気になるのだろうか。……こんなことを言えば確実にシメられるだろうが、なんか可愛らしい。
ひっ、と小さな声がまた聞こえたそのとき。きゅ、と腕を抱きしめられる感覚がした。
──反射的に、俺の腕を掴んでしまったようだ。一拍置いてから、はっとしたような顔をして。しかし硬直してしまったのか、恐ろしさからか、手を離すことはなくて。
ここで選択肢を間違ったら死ぬ。向こうに恥をかかせない形を取らなければ、俺は終わる。
焦りの滲んだような、複雑な表情を浮かべた陽真くんに──口を開いた。
「……ごめん、俺、実はすごく怖くて。このままでもいいかな」
「…………!」
囁くようにそう言えば、驚いたように目を見開いて。視線をうろつかせてから、彼も口を開く。
「……あ、貴方がそう言うなら、別に。許してあげます」
正解だったらしい。
心の中でガッツポーズを取りながら、また画面へ向き直る。髪の長い血塗れの女が大きく映り込んで、ぎゅうう、と強く腕が掴まれた。……ちょっとだけ痛いけど、弟に頼られている感覚とはこんなものだろうか。
溢れそうになる笑いを堪える。抱きしめられるその強さに、なんだか和んでしまった。
「……俺も、ちょっと怖いかもなあ……」
「優真兄さん、こういうの好きでしょ」
「……むう」
隣では、楓真に抱きつこうと考えたのか。優真さんが駆け引きにあえなく失敗していた。
***
「んー……、んー……?」
外が明るい。いつの間にか寝てしまっていたようだ。楓真の提案通り、そのまま雑魚寝したのか。どうやら、朝が来たらしい。お気に入りの抱き枕をぎゅうと抱きしめる。なんだか温かい。
薄目を開けて──ふと気づく。ああ、俺は昨日、楓真の家に泊めてもらったのだった。陽真くんに勉強を教えてもらったり、優真さんには卵焼きを作って。
楽しかったなあ、とぼんやりしたままの頭で考える。
そしてようやく、気づいた。楓真の家に、俺のお気に入りの抱き枕などあるわけがなく。この感触は、枕のそれではない。
ならば、これは──
「も、茂部、くん……」
困惑したような声。楓真のものだ。
瞬間、思考が止まる。俺は楓真に抱きつくようにして、寝ていたことを知り。
「……茂部くん」
「……茂部さん」
絶対零度の瞳が二対。俺を射殺さんばかりに貫いて。眠気が急速に醒めて、覚醒する。
ああ、なるほど。今日は命日らしい。
「すみませんでしたッ!!!!!!」
すぐに離れて、俺は潔く死を覚悟し土下座した。
家が揺れそうなほどの大声を出した自分に、拍手を送りたかった。咄嗟にしては素晴らしい声量が出たと、そして──最期の姿にしては立派だと。
がんと強く打った額の痛みも、死の恐怖と比べれば全くといっていいほど気にならなかった。
「べ、別に気にしなくていいよ! 本当に!」
「すみませんでした……大切なご兄弟に俺は……」
「……ううん、大丈夫。ただちょっと、驚いちゃっただけだからね」
嘘だ。そのわりに、俺を見る目が怖かった。いつも周囲には物腰が柔らかな態度の優真さんの、感情全てが抜け落ちたような顔。思い出すだけで背筋が凍る。
「…………寝ぼけてたら、誰にでもああやって抱きつくんですか?」
「絶対に、絶っっ対に違います。誤解です。すみません」
冷徹な声。昨日の様子とは正反対だ──なんて失礼なことを考えた自分を、心の中でぶん殴った。
ずるい。
ぽつりと、陽真くんが呟いた。そうだよね。楓真に抱きつきたかったよね、本当にごめん。
「あの……次は、こんな失態しないので……許してくれませんか……」
「次……ってことは、また来てくれるの!? わあ、やったあ!」
「え、いや」
そういう意味の次じゃなくて。語弊で、これからって意味で。
とも、言えず。嬉しそうに笑う楓真は、確実に悲しむだろう。その場合、本当に殺される。もう失態をしたことになる。
「ふふ、今から楽しみにしてるね。ね、兄さん、陽真!」
微笑んだまま、俺の手を取って。同意を求め振り向いた。
彼らは、というと。
「……うん。本当に、楽しみにしてるね」
「……ええ。絶対に来てくださいね。僕達も、待ってるので」
腹の底の読めない笑みでそういうものだから。気を失わないようにするのが、精一杯のまま──波乱万丈のお泊まり会は幕を閉じたのだった。
とりあえず、抱き枕で眠るのは今夜から辞めることにする。次に同じことをしたら──想像するのも恐ろしいから。
リビングで彼ら兄弟と夕ご飯までゲームをして、夜はまた彼らのお母さんが作ってくれた料理に舌鼓を打って。歯を磨いたあと、やって来た眠気に欠伸をする。
ああ、なんとか一日を乗り切れた。思ったよりも自分は失態をしていないし、彼らには慈悲がある。この調子ならば生きたまま帰れそうだ。
お気に入りの抱き枕はないが、まあきっとすぐ勉強の疲れで眠れるだろう。
ふあ、ともうひとつ欠伸をしたそのとき。テレビの傍に行った楓真が、何かを取りだした。
「じゃ、ホラー映画見よっ!! 夜はそのまま雑魚寝でいいよね?」
「え?」
真っ暗な部屋。テレビの明かりだけが、俺たちを照らす。再生されたそれは有名ではないが、なかなかどうして面白い。思わず息を飲んでしまう。
おどろおどろしい画面の中。主人公の男が、物音がした物置に手を伸ばす。中には、人ならざるものがいるのか。それとも、ただ何も無いのか。鼓動に似たBGMが、恐怖をよりいっそう掻き立てる。典型的ではあるが、技巧が巧みであるからこそ余計に恐ろしい。
そうして、主人公が、がらりと勢いよくそこを開けた瞬間──
「わああああああ!! ああああああああああ!!」
「陽、声大きいよ。ご近所の迷惑になっちゃう」
「なってもいいです!!」
隣から陽真くんの叫び声が聞こえてくる。山場がある場面ではずっとそんな調子だった。そうでなくとも、ひ、なんてか細い悲鳴が漏れている。
いつも冷静だから、非科学的なものなんて鼻で笑いそうなのに、予想外の反応だ。
頭まで潜った毛布から、目から上だけを出している。いっそ、見なければ怖いこともないのだろうが──それほど続きが気になるのだろうか。……こんなことを言えば確実にシメられるだろうが、なんか可愛らしい。
ひっ、と小さな声がまた聞こえたそのとき。きゅ、と腕を抱きしめられる感覚がした。
──反射的に、俺の腕を掴んでしまったようだ。一拍置いてから、はっとしたような顔をして。しかし硬直してしまったのか、恐ろしさからか、手を離すことはなくて。
ここで選択肢を間違ったら死ぬ。向こうに恥をかかせない形を取らなければ、俺は終わる。
焦りの滲んだような、複雑な表情を浮かべた陽真くんに──口を開いた。
「……ごめん、俺、実はすごく怖くて。このままでもいいかな」
「…………!」
囁くようにそう言えば、驚いたように目を見開いて。視線をうろつかせてから、彼も口を開く。
「……あ、貴方がそう言うなら、別に。許してあげます」
正解だったらしい。
心の中でガッツポーズを取りながら、また画面へ向き直る。髪の長い血塗れの女が大きく映り込んで、ぎゅうう、と強く腕が掴まれた。……ちょっとだけ痛いけど、弟に頼られている感覚とはこんなものだろうか。
溢れそうになる笑いを堪える。抱きしめられるその強さに、なんだか和んでしまった。
「……俺も、ちょっと怖いかもなあ……」
「優真兄さん、こういうの好きでしょ」
「……むう」
隣では、楓真に抱きつこうと考えたのか。優真さんが駆け引きにあえなく失敗していた。
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「んー……、んー……?」
外が明るい。いつの間にか寝てしまっていたようだ。楓真の提案通り、そのまま雑魚寝したのか。どうやら、朝が来たらしい。お気に入りの抱き枕をぎゅうと抱きしめる。なんだか温かい。
薄目を開けて──ふと気づく。ああ、俺は昨日、楓真の家に泊めてもらったのだった。陽真くんに勉強を教えてもらったり、優真さんには卵焼きを作って。
楽しかったなあ、とぼんやりしたままの頭で考える。
そしてようやく、気づいた。楓真の家に、俺のお気に入りの抱き枕などあるわけがなく。この感触は、枕のそれではない。
ならば、これは──
「も、茂部、くん……」
困惑したような声。楓真のものだ。
瞬間、思考が止まる。俺は楓真に抱きつくようにして、寝ていたことを知り。
「……茂部くん」
「……茂部さん」
絶対零度の瞳が二対。俺を射殺さんばかりに貫いて。眠気が急速に醒めて、覚醒する。
ああ、なるほど。今日は命日らしい。
「すみませんでしたッ!!!!!!」
すぐに離れて、俺は潔く死を覚悟し土下座した。
家が揺れそうなほどの大声を出した自分に、拍手を送りたかった。咄嗟にしては素晴らしい声量が出たと、そして──最期の姿にしては立派だと。
がんと強く打った額の痛みも、死の恐怖と比べれば全くといっていいほど気にならなかった。
「べ、別に気にしなくていいよ! 本当に!」
「すみませんでした……大切なご兄弟に俺は……」
「……ううん、大丈夫。ただちょっと、驚いちゃっただけだからね」
嘘だ。そのわりに、俺を見る目が怖かった。いつも周囲には物腰が柔らかな態度の優真さんの、感情全てが抜け落ちたような顔。思い出すだけで背筋が凍る。
「…………寝ぼけてたら、誰にでもああやって抱きつくんですか?」
「絶対に、絶っっ対に違います。誤解です。すみません」
冷徹な声。昨日の様子とは正反対だ──なんて失礼なことを考えた自分を、心の中でぶん殴った。
ずるい。
ぽつりと、陽真くんが呟いた。そうだよね。楓真に抱きつきたかったよね、本当にごめん。
「あの……次は、こんな失態しないので……許してくれませんか……」
「次……ってことは、また来てくれるの!? わあ、やったあ!」
「え、いや」
そういう意味の次じゃなくて。語弊で、これからって意味で。
とも、言えず。嬉しそうに笑う楓真は、確実に悲しむだろう。その場合、本当に殺される。もう失態をしたことになる。
「ふふ、今から楽しみにしてるね。ね、兄さん、陽真!」
微笑んだまま、俺の手を取って。同意を求め振り向いた。
彼らは、というと。
「……うん。本当に、楽しみにしてるね」
「……ええ。絶対に来てくださいね。僕達も、待ってるので」
腹の底の読めない笑みでそういうものだから。気を失わないようにするのが、精一杯のまま──波乱万丈のお泊まり会は幕を閉じたのだった。
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