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「もしかしてさ……」

 朝。いつも通り、呆れた視線を向ける翔に、恐る恐る口を開く。

「周りヤンデレばっかだったのにこのゲームやってるのヤバい?」

「おせーよバカ!!」

 吠えるように怒られた。ぐうの音も出ない。

 ……なにせ、このゲームのキャラは、俺の周りの人物ももとになっているのだ。女の子が淀んだ目を向けている。逃れるように画面を消した。
 今日攻略しようとした子は、最近また配信されたばかりなのだが──どんなヤンデレだったのだろう。わからないが、しばらくはプレイをやめておこう。陸奥先輩の話によれば、俺の周りのヤンデレはもう予測ができないようだし。配信された子は、きっと関係の無い子だ。そうに決まっている。
 ならプレイしてもいいような気もするけれど──なんだか、今は怖い。

「本当に──変なやつばかり引き寄せる」

 はあ、と幼馴染が大きなため息をこぼす。……正直、否定のしようがない。

「……おはよう」

 登校してきた文月くんが、控えめに挨拶をしてきた。おはよう、と返すと柔らかく微笑まれる。翔も同様に返すが──物言いたげな視線を向けた。

「噂をすれば……」

「……え、何の、話……?」

 今思えば──確かに、文月くんからヤンデレの連鎖が始まったのだ。菓子に血を入れる暴挙、重い告白、恋人宣言、捕食寸前に監禁騒動、挙句の果てには監視まで。……よく生きているものだ。自分に拍手したい。

「これ以上ヤバいやつ引き寄せるようなら、マジで交友関係にめちゃくちゃ口出すからな!!」

「……過保護な親じゃん」

「……朝から、元気、だね」

 それから。同級生の皆がいつも通り集まって、くだらないことで騒いで。泊まりの話だったり勉強会の計画を考え、先輩や後輩にも連絡をしよう、と言ったところで──あっという間に、予鈴が鳴ってしまったのだった。


 その日はいつもと変わらなかった。最後のホームルームで、進路届が配られるまでは。
 担任が教室内を見回し、プリントが行き届いたことを確認して声を張る。

「進路希望、進学先は第三希望まで。今週の金曜日までに提出するように」

 教室がざわめく。「早くね?」だとか、「なんも考えてないんだけど」と困惑の色を浮かべた声があちこちであがっていた。
 もちろん俺も、例に漏れず。じんわり生まれた焦りとともに、文月くんの方を向いた。

「……文月くん、進路とか考えてる……よね。菓子職人、夢だもんね」

「……うん。一応、家を継ぐつもり、ではあるから……そういう学校、かな……」

 言われて、改めて納得する。やっぱりそうだ。家業の手伝いもしていて、修行のようなものだってしているのだから。それに、夢だって語ってくれた。「……覚えててくれたんだ」口もとを綻ばせて、文月くんは笑った。
 忘れる方が難しいというものだろう。彼が作った美味しい和菓子をたまに食べさせてくれる度、きっとすごい職人になるのだろうと実感しているのだから。

 立派な友人を持つと、自分の考えの無さがなんだか悲しくもなる。……将来の夢も、いつの間にか無くなってしまった。昔は何を目指していたのだか、もう覚えていない。

 真っ白な進路届を前に、頭を悩ませていると──スマホが震えた。メッセージが来たようだ。

『進路希望の紙もらった? 今日部活ないし、久々に俺らだけで遊ぼうぜ。俺の家で進路のやつ話そ』

 どうやら、向こうのクラスでも配られたようだ。『了解』それだけを返して、スリープモードにする。翔の家で遊ぶのも、ふたりで遊ぶのも久々だ。最近は他の子とばかり出かけていたから、なんだか懐かしさすらある。

 嬉しさを押し殺して、放課後までの短いようで長い時間を待った。

 ***

 一度家に帰ってから、楽な格好に着替えて。幼馴染の家までの短い距離を歩いていく。幼い頃と比べると、ほんの少しだけ様子が変わっている。古ぼけたコンビニは潰れて、新しいコンビニができていたり。空き地だった場所には家が建っていたり。
 そんなことも知らないほど、この道を通っていなかったのだ。ぼんやり思いつつ──記憶の中となにひとつ変わらない、幼馴染の家へと着いたのだった。広々としていて、落ち着いた外装。

 チャイムを鳴らせば、扉の向こうから物音がして。数秒置き、がちゃりとドアが開いて翔が顔を覗かせた。

「よ。いらっしゃーい」

「お邪魔します」

 中の様子は、やっぱりほとんど変わっていない。記憶と違うのは玄関に置いてある小物くらいだろうか。翔もラフな服装に着替えていて、自分の部屋へと案内してくれた。

「今日もウチの親いねーから、騒げるぜ」

「へー……仕事?」

「そ。たぶん今日も残業だろーな」

 翔の両親は共働きだ。遊びに来たとき、ご家族に会ったことは数える程しかない。しかし、その数回で子ども思いのいい人だ、と思ったことを覚えている。「ひとりで待つけど、別に寂しくはねーな」どんな会話の流れだったのだろうか。翔がひとりで留守番をすることについて、前にそう言っていた。特段寂しさを覚えないのは、きっとめいっぱいの愛情を与えられているからだろう。

 雑談もそこそこにして。床に置かれたローテーブルに二枚の進路届を広げて──俺たちは、さてどうしたものかと話し合うのだった。
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