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監視型⑦
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周りの目を盗み、放課後に萌え語りなどを始めてから少し経った頃。
今日も話をするために遅くまで残り、陸奥先輩の教室へと足を踏み入れた。教室には俺たち以外、誰もいない。彼はノートと向き合ったまま、真剣な顔で何かを書いているようだ。
音を殺して、近くに寄る。覗き込めば、紙面には風景が描かれていた。見たところ──教室の外の景色のようだ。陰影は鉛筆の濃淡で見事に表している。まるでモノクロの写真のようですらあった。
「どう? そこそこ描けてるでしょう」
顔を動かさないまま、そう言われて。
「……気づいてたんですか」
「まあね。キミ、気配消すの下手すぎ」
消し方がわからないのだから仕方ないだろう。手を止めた彼はようやく視線を上げ、凝った身体を解すように伸びをした。
「絵、上手いんですね」
「んー、まあ。昔っから絵ばっか描いてたからね」
それにしたって上手だ。きっと研鑽を欠かさなかったのだろう。
「美術部は入らなかったんですか?」
「ウチの学校、結構ガチじゃん。緩くやりたいんだよね、オレは」
確かに──学校の廊下なんかに、たまに油絵が飾ってある。どこの美術家の作品かと思ったが、よくよく見ればそれはウチの美術部の生徒のものだった。コンクールで何人か賞をとったこともあるらしく、力を入れているらしい。美大を志望している生徒もいる、なんて話だって聞くほどだ。趣味でやりたいのなら、部活の空気感は合わないかもしれない。
「これ、絵を描く用のノートですか」
「まあね。見る? アナログよりはデジタル派なんだけど、多少は練習してるんだ」
デジタルとかアナログとかはよくわからないけれど、曖昧に頷く。「意味わかってないでしょ」笑いながらそう言われた。……絵の方面には疎いのだから仕方ない。
指の腹で開いたページを押し、ノートをこちらへ滑らせる。前の方へと紙を捲り──息を飲んだ。
授業中だろう教室の風景。教師の後ろ姿。様々な生徒。動物。どれもが真に迫るほどリアルで、一瞬を切りとったようだった。
思わず、うわあ、と小さく声が漏れる。美術部に入らないのがなんだか勿体なく感じてしまう。彼ならきっとコンクールでも上位に食い込める気がするのに。何も知らない素人だから、呑気にそう思えてしまうのかもしれないが。
他にはどんな絵があるのだろう。後ろの方を見ようと、ページを捲ったそのときだった。
「っあ、やば、まって、そっちのページは──」
「──え?」
焦りの滲む声でされた静止も間に合わず、そこを開いて。思わず、息が止まった。
開いたページには、たくさんの様々な少女たちが描かれていた。それらだけは写実的なタッチではない、アニメ風の絵柄だ。いや、それが理由で驚いたわけではない。俺が驚愕したのは──
そこに描かれていたのは、やんぱらの少女たちで。原作の絵柄まんまだったからだ。似ている、どころではない。細かなところも、僅かなクセも。なにもかもが、一致している。
「…………え? やんぱらの、作者……様……?」
口から、言葉が飛び出ていた。よくよく考えれば、タッチを模倣していたのかもしれない。だけど──自分には、その絵にこもる情熱のようなものが。魂のようなものが、本物だという証明に思えて。目の前の青年が、作者なのだとしか思えなかったのだ。
「……バレちゃった」
陸奥先輩は──否定することなく。焦った様子は消え。へらりと、いつもの笑顔でただ肯定したのだった。
今日も話をするために遅くまで残り、陸奥先輩の教室へと足を踏み入れた。教室には俺たち以外、誰もいない。彼はノートと向き合ったまま、真剣な顔で何かを書いているようだ。
音を殺して、近くに寄る。覗き込めば、紙面には風景が描かれていた。見たところ──教室の外の景色のようだ。陰影は鉛筆の濃淡で見事に表している。まるでモノクロの写真のようですらあった。
「どう? そこそこ描けてるでしょう」
顔を動かさないまま、そう言われて。
「……気づいてたんですか」
「まあね。キミ、気配消すの下手すぎ」
消し方がわからないのだから仕方ないだろう。手を止めた彼はようやく視線を上げ、凝った身体を解すように伸びをした。
「絵、上手いんですね」
「んー、まあ。昔っから絵ばっか描いてたからね」
それにしたって上手だ。きっと研鑽を欠かさなかったのだろう。
「美術部は入らなかったんですか?」
「ウチの学校、結構ガチじゃん。緩くやりたいんだよね、オレは」
確かに──学校の廊下なんかに、たまに油絵が飾ってある。どこの美術家の作品かと思ったが、よくよく見ればそれはウチの美術部の生徒のものだった。コンクールで何人か賞をとったこともあるらしく、力を入れているらしい。美大を志望している生徒もいる、なんて話だって聞くほどだ。趣味でやりたいのなら、部活の空気感は合わないかもしれない。
「これ、絵を描く用のノートですか」
「まあね。見る? アナログよりはデジタル派なんだけど、多少は練習してるんだ」
デジタルとかアナログとかはよくわからないけれど、曖昧に頷く。「意味わかってないでしょ」笑いながらそう言われた。……絵の方面には疎いのだから仕方ない。
指の腹で開いたページを押し、ノートをこちらへ滑らせる。前の方へと紙を捲り──息を飲んだ。
授業中だろう教室の風景。教師の後ろ姿。様々な生徒。動物。どれもが真に迫るほどリアルで、一瞬を切りとったようだった。
思わず、うわあ、と小さく声が漏れる。美術部に入らないのがなんだか勿体なく感じてしまう。彼ならきっとコンクールでも上位に食い込める気がするのに。何も知らない素人だから、呑気にそう思えてしまうのかもしれないが。
他にはどんな絵があるのだろう。後ろの方を見ようと、ページを捲ったそのときだった。
「っあ、やば、まって、そっちのページは──」
「──え?」
焦りの滲む声でされた静止も間に合わず、そこを開いて。思わず、息が止まった。
開いたページには、たくさんの様々な少女たちが描かれていた。それらだけは写実的なタッチではない、アニメ風の絵柄だ。いや、それが理由で驚いたわけではない。俺が驚愕したのは──
そこに描かれていたのは、やんぱらの少女たちで。原作の絵柄まんまだったからだ。似ている、どころではない。細かなところも、僅かなクセも。なにもかもが、一致している。
「…………え? やんぱらの、作者……様……?」
口から、言葉が飛び出ていた。よくよく考えれば、タッチを模倣していたのかもしれない。だけど──自分には、その絵にこもる情熱のようなものが。魂のようなものが、本物だという証明に思えて。目の前の青年が、作者なのだとしか思えなかったのだ。
「……バレちゃった」
陸奥先輩は──否定することなく。焦った様子は消え。へらりと、いつもの笑顔でただ肯定したのだった。
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